第184話 魔王


 カンスエル以下、上位魔神達が爪牙で襲いかかり、大剣や呪槍で攻撃を加え、離れては極大魔法を撃ち込み、呪を浴びせ、毒息や酸血を降りかける。



 だが・・。



「おのれっ・・化け物めっ!」


 カンスエルが奇声に近い、絶叫をあげて手にした剣で突きかかった。


 最高の威力をもった刺突が、狙い違わずに花妖精の喉元を捉えた。



 だが・・。



「・・くっ!」


 今度は、花妖精の目玉を狙った。乾いた音が鳴って、剣の切っ先が弾かれていた。


 花妖精は微動だにせず、黙々と細剣技を打ち放ち続けている。爆音が轟き、火混じりの煙が周囲に噴出する中、巨大な戦斧を振りかぶった巨人種の魔神が渾身の一撃を浴びせた。



 だが・・。



「ご・・御所をっ! 魔王様を御護りしろっ!」


 半狂乱のカンスエルが声を張り上げた。

 何体かの魔神が御所を護るべく、花妖精の細剣の前に立ち塞がったが、あえなく爆散して消え去る。半秒と経たずに、次の細剣技が轟音高らかに放たれるのだ。


 魔法が効かない!


 武器が効かない!


 呪いも毒も溶解液も・・。


 カンスエルが識る限りの攻撃手段を繰り出すのだが、掠り傷すら負わせられないまま、御所に対する攻撃をされ続けていた。


 すでに、御所だった場所は跡形も無く、大きく陥没し、構造物は粉砕されて散らばり、魔法陣も魔導の仕掛けも何もかもが砕かれ、破壊されていた。



 新生魔王の寝所、覚醒の間は地上には無い。

 それどころか、地上とは隔絶された空間に隠されている。本来なら、御所の建物を壊されようとも気にする必要は無いのだ。



 だが・・。



 カンスエルの眼には、花妖精の細剣技が空間を突き抜けて行く様子が見て取れた。

 寝所を護る絶対防壁が喰い破られ、中にまで攻撃が届いてしまっているのだ。

 シーズイールとユーレン・ボーが新生魔王レイジ・コーダの手当をしながら、打ち込まれる細剣技を必死に回避しているが、狙いすまされた異様なくらいに正確な一撃が逃避を許さない。

 すでに、シーズイールも、ユーレン・ボーも満身創痍で長くは保たない様子だった。


 カンスエルは捨て身の攻撃を仕掛けることに決め、秘薬を口に入れた。

 わずか数十秒間だが、己の能力を十数倍にも引き上げる薬だった。薬の効果が切れる時には肉体が崩落してしまうという文字通りの最期の手段だ。



 オオオォォォォォーーーーー



 カンスエルは狂気の雄叫びをあげた。数倍に膨れあがった右腕を振りかぶり、絶叫と共に花妖精の顔面めがけて殴りかかる。激しい痛みを感じながら、左腕で殴りつけ、その後は駄々をこねる子供のように腕を振り回して叫び続けた。



 だが・・。



「レイ・・ジ・・」


 薬が切れ、肉体が萎れて灰燼となる中、カンスエルは掠れ声を振り絞り、花妖精を見つめ続けていた。



 何の痛痒も与えられなかった。毛ほどの傷すら付けることが叶わなかった。

 死を賭した攻撃だったというのに・・。


 花妖精はカンスエルには眼を向けることもなく、御所を・・その向こうにある別空間を見つめて細剣技を打ち続けている。



「・・まお・・」


 カンスエルは、掠れ声を漏らしながら、血魂石を遺して消えていった。



「同情しちゃうな・・でも、ごめんね」


 ヨーコが薙刀の一旋で血魂石を断ち割って留めを刺す。



 ァガガァァァァァァァーーーーー



 物悲しい絶叫が辺りに木霊して消えていった。



「すべてを喰らえ・・」


 呟きを聴くなり、ヨーコが大急ぎで現場を離れた。



「やばい・・先生、やばいっ!」


 いつも快活なヨーコが、青ざめた顔でエリカを見る。


「魔神がゴミみたい」


 エリカが自分で傷の手当てをしながら呟いた。


「どうする?」


 リコがみんなの顔を見回す。


「はぁい」


 サナエが手を挙げた。


「サナ?」


「家に帰りましょう~?」


「・・家に?」


「だってぇ、先生が起きたんだし、もうやること無いよぉ~?」


「それは・・まあ、そうよね」


 リコが、ちら・・と彼女達の先生を見る。


 左腕を前に差し伸ばしているが、前のように触手が生え伸びた様子は見られない。だが、眼では捉えられない何かが大量に蠢いている気配だけは伝わってくる。その圧倒的な禍々しい気配だけで、先ほどから少女達の背は冷えた汗に濡れて震えている。


 これまでに感じたこと無いほどの危険な気配だった。


「これ、世界が終わる?」


 エリカがヨーコを見た。


「うははぁ~、いいじゃん、このまま世界ぶっつぶそうぜぇ~」


 サナエが悪のりしてエリカに抱きついた。


「まだ駄目でしょ? 飽きるまで生きてないよ」


 エリカが口を尖らせる。


「むむぅ・・確かにそうですのぅ~」


「・・先生を止めよう」


 ヨーコが提案した。

 このままだと、本当に世界が破滅する。そう信じ切っている顔だった。


「どうやってぇ~?」


「先生の所に行って説得する」


「待って・・ヨーコ、まだ大丈夫よ。先生、厄災を完全に操ってるわ」


 リコが軽く手をあげて落ち着くようにと3人を宥める。


「本当? 厄災を・・完全に支配しちゃったの?」


 ヨーコとエリカが顔を見合わせた。


「たぶん、レイジという魔王を狙ってる」


「魔王って、私達が入れなかった所?」


「いやいや・・もう、吹っ飛んでるでしょ? 粉々じゃん?」


 あれだけ粉砕されたら、結界も何もあったものじゃない。


「先生の厄災手・・こっちに無いの」


 リコが眼を眇めながら呟いた。

 こことは別の空間、別の世界へと厄災の触手を送り込んでいるらしい。


「あ・・」


「あぁ・・」


 ヨーコとサナエが眼と口を開けた。


 いったい、何処から掴み出したのか、彼女達の先生の左手に1人の青年がぶら下がっていた。喉を握られ、壊れた人形のように力なく吊されている。


 それは、レイジ・コーダと名乗った魔王だった。

 彼女達の先生が、厄災手によって、どこかの別空間から掴み出して来たのだ。



「魔王は楽しめたか?」


 先生が問いかけた声がはっきりと耳に届いた。


「・・カ・・カンスエ・・」


 青年の弱々しい呻き声が聞こえた。


 直後、ズルッ・・という擬音が聞こえてきそうな勢いで、先生の左腕の中へとレイジ・コーダが吸われて消えていった。


 わずかに遅れて、



 ウアァァァァァァァーーーーーーー



 1人の青年の悲痛な叫びが聞こえてきた。

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