第181話 挨拶

(・・想定以上に厄介ですね)


 光炎翼という聖光属性を付与した高熱の突風は、単純な魔技だったが範囲が広い上に間断なく繰り返し使えるらしく、魔神やカンスエルの闇魔法による防御や魔神組織による再生能力をもってしても、防戦を強いられ、攻勢に転じる隙を得られない。徐々にだが、合成体の魔神達が再生能力を失って灰塵と化し始めていた。


 ラキン皇太后は、微笑すら浮かべたまま白銀の翼を羽ばたかせ続けている。当然、なんら消耗した様子は見られない。


 すでに数の優位性は失われ、逆に、天空人の騎士達によって弱った魔神を一体一体屠られている。


(これ以上の損耗は避けないといけませんが・・)


 ラキン皇太后の双眸が、カンスエルの一挙手一投足を捉えて動かない。


 この場の流れを変えられる存在が、カンスエルしかいないのだと完全に見透かされていた。


 無論、光炎翼による聖属性の熱風など浴びたところで、カンスエル自身はさほど傷を負わない。ただ、造り物の魔神達は無視できない深手を負ってしまう。

 それを承知した上での文字通りの"煽り"だった。


 元々の相性が悪いのだ。


 天空人の居る天空界は、魔神や魔人が立ち入るには厳しい世界だ。

 相容れない属性であり、どれほど滞在したところで耐性すら芽生えない。

 逆もまた然り・・。

 故に、天空人と魔人は互いを宿敵として位置づけながらも、互いの領域には攻め込めなかったのだ。天空界あるいは魔族領にどれほどの強者が現れようとも、不可侵の状態を変えるには到らなかった。


(ラキンの白凰妃・・・正直、ここまでとは思いませんでしたね)


 せいぜい魔神数体で抑え込める程度だと高をくくっていたのだが・・。


 新生魔王の覚醒前に、魔神種・魔人種の合成体により主要な抵抗勢力を減損させ、おおよその道筋をつけておくつもりだったが、どうやら、招かれざる者を刺激してしまったようだ。

 


(花妖精が現れない今の内に、もう少しやっておきたかったのですが、ここは引き際が肝要なようですね)


 ラキン皇太后に、カンスエルを斃せるほどの力があるかどうか不透明だ。本気を出して負けるとは思わないが、無視できないほどの手傷を負いそうだ。覚醒する新生魔王を、傷病の身で迎えるなど許されざる不敬であろう。


(ただ・・こちらも手駒をやられました。ラキンの羽虫も少し刈り取っておきましょうか)


 そう考えて獲物を定めようとすると、するすると距離を詰めた白凰妃の槍が襲って来る。

 ならば・・と、白凰妃を仕留めようとすれば、嘲笑うように後退しながら火炎翼を幾重にも浴びせてくる。時には、火炎翼を目眩ましに槍の武技を放ってくることもある。


 中距離を得意としながら近接戦までこなせるカンスエルだが、それは相手も同様らしかった。


(ジェドとゼスタはやられましたか・・カンエは・・なんとか逃れたようですね)


 あの小さな魔神は、不利を悟って逃走したらしい。あれで上位魔神なのだが、遠距離での魔法戦を得意としていて、入り乱れての乱戦には向かない。逃走は、賢明な判断だろう。


(しかし・・)


 本当に、天空人だけによる襲撃だったのだろうか?


 手練れとは言っても、白凰妃は天空界にある軍事大国の現皇太后である。いくら何でも不用心過ぎるし、国として看過できる事では無い。


 近衛らしい大柄な天空人の強さは、上位魔神程度だ。配下の近衛騎士はそれよりやや劣る。白凰妃の護衛を務めるには、些か物足りない感じがする。それだけ、ラキンの皇太后が抜きんでた強さを持っているということなのだが・・。


(・・・む?)


 召喚した魔蟲に黒霧を噴かせて火炎翼を防ぎつつ、カンスエルはゆっくりと後退した。


(まさか・・)


 眉間に皺が刻まれ、奥歯が軋み音を立てる。


「あらあら、ようやく気が付いたの? 大丈夫よ。いくらあの子達でも、御所には手を出せないでしょう」


 ラキン皇太后が微笑んだ。


「計られましたか・・私としたことが」


 カンスエルはラキン皇太后を睨み付け、すぐに視線を後方の何も無いはずの荒野へ向ける。

 そこに、幻視結界で厳重に隠された"御所"がある。

 どうやら、何者かが忍び込もうとしていたようだった。


「召喚された娘共ですね?」



「そうね」


 白凰妃がくっくっ・・と白い喉を鳴らして笑う。


「天空人が下界の者と共闘ですか?」



「そうかも知れないわね」



「なるほど・・」


 手勢を率いて来ていない訳だ。多くの天空人は下界に住む人間達を蔑み、忌み嫌っている。どれほど力ある人間だろうと対等な者として受け入れる事など無い。だが、ラキン皇太后は、私人として、あの4人の娘達と共闘を企んだらしい。だからこそ、子飼いの10名・・それも独断でついてきたらしい者達しかいないのだ。


 カンスエルや魔神達を上空へと誘い込んでの、御所への侵攻・・。

 しかし、


「あの娘達でも御所の護りは破れませんよ」



「どうすれば破れるのかしら?」



「魔王様が覚醒なされば自然と」



「ふうん・・」


 白凰妃の双眸がカンスエルを見つめた。


「今となっては、この私が斃れたとて同じ事・・・じきに魔王様は覚醒いたします」


 カンスエルが両手を拡げて見せる。



「レイジ・・何とかだったわね?」



「レイジ・コーダ様・・今世の魔王に御座います」



「魔王か・・今度は本物を拝めるのかしら?」



「偽物をご覧になったことが?」



「あるわよ」



「・・ずいぶんと長生きをなさっておいでのようですね」



「ええ、それはもう・・飽きるくらいに」


 白凰妃が口元だけで微笑した。しかし、その眼は笑っていなかった。



「花妖精とは、どのようなご関係ですか?」


 カンスエルは細剣を腰の鞘へ戻しながら別の話題を振った。



「同盟者」



「ほう?」



「不可侵の約定を交わしました」



「・・驚きましたね。天空界きっての武闘派の貴女が・・下界の・・花妖精などと約定とは」



「誰だって我が身が可愛いものよ」



「・・あの花妖精はそれほどの存在ですか」



「まあ・・当時は色々とね。でも・・間違ってはいなかった。彼とは敵対してはいけない。彼を敵にすれば天空界は滅びます」



「魔王を敵にしても、滅びることになると思いますが?」



「それは無いわ」



「・・どうしてでしょう?」



「あの花妖精さんが、魔王を始末してくれるからよ」


 白凰妃が軽く槍を振って見せた。乱れなく集結した天空人達が一気に高空めがけて上昇して行く。


「次は、魔王さんが覚醒した後になるかしら?」



「そうですね。御覚醒後ならば、存分に・・」


 カンスエルは白凰妃を見つめたまま小さく会釈した。

 視線の先を、ラキン皇太后が白銀の残光を残して飛び去って行った。


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