第180話 白凰妃
炎の翼が夜空を赤々と焦がしてゼスタ・シード、ジェド・シードの両魔神を打ち払った。楯で防ぎながら、少しでも早く場を逃れ出ようと右へ左へ飛翔するのだが・・。
「ガッ・・」
くぐもった苦鳴を漏らしつつ、ゼスタ・シードが半身に体をよじりながら弾かれた。その右肩が大きく抉りとられて喪失している。
「ジェド、距離を取って防障に努めなさい。カンエ?」
「招集しましたぁ! みんな上がって来ますよぉ~」
棺に眠る作品群が次々に目覚めて高空めがけて上昇してくる。
復元した右腕を触手状に分裂させ、ゼスタ・シードが、黄金甲冑姿のラキン皇太后めがけて突進した。その周囲に、ジェド・シードが展開した魔法防壁が浮かび上がる。
本来なら、相手の魔法攻撃は防ぎ、こちらから一方的に攻撃を加えることができるはずだが・・。
「お遊戯が上手だこと」
笑みを浮かべたラキン皇太后が槍の一旋で魔法防壁を消し去り、同時に刺突の武技を繰り出している。
突進したゼスタ・シードの体躯が半壊して弾け飛んでいた。
「・・やれやれ、白凰妃は健在ですか」
カンスエルが苦笑しつつ、細剣を手に前に出た。
迎えて、無数の炎蛇が方々から出現してカンスエルめがけて襲いかかったが、黒い球が無数に浮かび上がって炎蛇を吸い込んで消し去る。
その間に、距離を詰めたカンスエルを、ラキン皇太后の槍が襲った。
小さく衝突音を弾かせ、カンスエルが槍穂を受け流しながら半身に踏み込んで刺突を繰り出した。ラキン皇太后が、小楯で切っ先を滑らせつつ、槍の柄で横殴りに殴りつける。下をかいくぐって連続した突きを繰り出そうとするカンスエルを、石突きを繰り出して牽制しつつ、左右から迫ろうとする両魔神を衝撃波の魔法で弾き退ける。
瞬く間の攻防を交わし、互いに炎と暗黒の魔法を放ちながら距離を取った。
「噂に名高い召喚術は温存ですか?」
カンスエルの問いかけに、
「使いたくなるほどの価値を示してご覧なさい」
ラキン皇太后が微笑で応じた。
「・・天空界を留守になさって宜しいのですか?」
「さあ? 私は後添えの皇太后ですからね。前皇太后の御子息達が宜しくやっているのでしょう」
「実質的な支配者だと思っておりましたが・・」
カンスエルが目顔で指示をして、ゼスタ・シードとジェド・シードを自分の後方へと移動させた。
「そのような立場の者が、こうして単独で散歩など致しませんよ?」
「例の花妖精にでも依頼をされれば、有り得るのでは無いかと・・邪推ですかな?」
「そうね・・あの怖い坊やには、恩の一つ二つ売っておきたいところですわね」
ラキン皇太后が
「・・貴女から見ても、あれは怖い・・と?」
「ええ、とても怖い子です。あの子が居る限り、私が・・ラキン皇国が下界にちょっかいを出すことは無いでしょう」
「我等・・新生した魔王は怖くないと申されますか?」
カンスエルが薄く笑みを浮かべた。
「そうね・・あの子に比べれば怖くないわ」
「ほう?」
僅かに首を傾げて見せるカンスエルの周囲に、地上から昇ってきた魔神達が次々に到着した。その数、62体。すべて、魔神種の組織から生み出された合成体の魔神である。いずれも、ゼスタ、ジェドよりも高位の魔神だった。
「あらあら、賑やかですこと」
ラキン皇太后が侮蔑するように
「・・余裕がお有りのようですな?」
「多勢に無勢・・歴史を紐解けば、武勇を誇る多くの武人達は雑兵に狩られておりますもの。十分に脅威を感じておりますよ?」
「そうですか。では・・」
カンスエルが魔神達に命令を下そうとした時、
「お出でなさい、可愛い下僕達」
ラキン皇太后が歌うように声を放ち、宙空を手招いた。
途端、数百という数の火炎鳥が辺りに出現していった。
ほぼ同時に、
「・・・我が命に応えよ」
カンスエルが細剣を指揮棒のように踊らせて呪を唱えた。
無数の魔法円が夜空を埋め尽くし、ずるり・・と抜け出すようにして黒々とした大きな管蟲が生み出されていった。
「品の無い蟲ね・・道化に似合いだわ」
「褒めて頂いたと喜んでおきましょうか」
嘯きながら、カンスエルが上方を見上げた。白翼の天空人の集団が舞い降りて来ていた。
「わずか、10騎ほどですか」
「差分は私が埋めるから問題無いわ」
「なるほど・・」
「とりあえず・・」
ラキン皇太后が白銀の翼を大きく羽ばたかせた。
「・・む!?」
カンスエルが双眸を厳しくして身構える。
「光炎翼と呼ばれているわ」
微笑を浮かべたままのラキン皇太后から、眩い光に包まれた火炎が噴出した。
追随して、数百という火炎鳥が紅蓮の炎を放っていた。
「ジュエン!」
カンスエルが鋭く声を発した。
応じて、上昇してきた魔神の1人が、六本の腕を前に突き出して魔法の障壁を張り巡らせる。
さらに、
「忌み子の贄を捧げて祈る。汚れ
カンスエル自身が呪を口にすると、喚び出した黒蟲達が真っ黒い霧を噴射し始めた。
光炎が魔法障壁を粉砕し、黒々とした霧にぶつかる。さらには、火炎鳥の炎が覆い尽くした。
「あら・・凄いわね」
感心したように呟いたのは、ラキン皇国の皇太后だった。
多少の火傷こそ負っていたが、魔神達はほぼ無傷のままだった。
そこへ、
「遅参致しました」
ラキン皇太后の背後へと、天空人の騎士達が舞い降りて来た。1人は、以前に花妖精の館を訪ねた事もあるダマノスという巨漢の騎士だ。
「こいつら、なかなかよ。心してかかりなさい」
「はっ!」
ダマノスが短く応じて、長剣を手に皇太后の前に出た。他の9騎も追随して前進する。
「破邪の光翼、噂ほどではありませんでしたな」
「そう? 残念だわ」
ラキン皇太后が軽く肩を
瞬間、再び、光炎翼がカンスエル達めがけて噴き付けてきた。いや、一度だけでは無く、重ねるようにして、二度三度と繰り返しての羽ばたきだった。
魔神達の護りが破られ、たちまち灼かれ、炭化して崩れる魔神が出始める。
そこへ、ダマノスを筆頭に天空人の騎士達が斬り込んで行った。
「道化さんは、私が相手をしましょう」
言いながら、ラキン皇太后が手にした槍を繰り出す。無数に残像を残した槍の穂先を、手早く細剣を動かして受けきり、カンスエルが前へと踏み出そうという様子を見せて、すぐに上へと垂直に跳び上がっていた。その足元ぎりぎりを、横殴りの風の刃が斬り裂いて抜ける。
「やれやれ・・楽はさせて貰えませんか」
カンスエルが苦笑した。
「神を
ラキン皇太后が槍を構えたまま問いかけた。
「なに、ちょっと世界が欲しくなっただけですよ」
「世界・・ね」
「世迷い言に聞こえるでしょうが・・・覚醒した魔王にならば容易く成せることです」
「魔王とは、あのレイジ
ラキン皇太后が小首を傾げた。
「些末な障害にしかなりません。真なる魔王に対抗できるのは、神のみ・・いかな花妖精であろうと、どうしようも無いのです。それが、この世界に設けられた摂理なのですから」
「摂理を識り、それを口にする貴方は、どうして自ら魔王になろうとしないのかしら?」
「魔王の因子とは望んで得られる物では無いからですよ」
カンスエルが笑みを浮かべた。
「過去にも魔王が居たことは御存知?」
「無論です。神によって滅せられたことも、その経緯を
歴代の魔王全ての軌跡を辿れたわけでは無いが、200年ほど前に地上に顕現した魔王については多くの資料が残されていた。
「そう・・ならば、もう一度問うわ。魔王を蘇らせて、何をさせようとしているのかしら?」
ラキン皇国の皇太后が冷え冷えとした冷厳な眼差しで見つめた。
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