第179話 夜涼み
(おかしいですね・・これは、もしや?)
カンスエルは首を捻っていた。
もしかすると、あの花妖精の身に何かが起こっているのではないだろうか?
レンステッズ、パーリンスを魔人兵団による波状攻撃で圧してみたが、未だに花妖精が姿を見せていないのだ。二度、三度と万単位の魔人兵団を送り込む中で、
損害に比べれば寂しい戦果だったが、それでも少女達の守備を抜いたという点は評価できる。
(このまま、数で圧し続ければ、いつかはパーリンスやレンステッズにも被害が及ぶ・・・そのくらいの脅威は感じて頂けたでしょう)
魔人兵団は、カンスエルの魔力が続く限り、いくらでも造り出せるのだ。
消費は激しいが、魔神を混ぜることも出来る。
いずれも、あの召喚された少女達にとっては、さほどの脅威にもならない程度だが、多勢による間断無い攻めは、守る側にとっては大きな負担となり、いつかは集中力も切れて綻びが生まれる。
戦いにおいて、兵の質はもちろん大事だが、数はそれ以上に大きな力となる。
カンスエルは、
(あと少し・・)
新生した魔王に因子が馴染み、真の覚醒を果たす時が近付いている。
棺で生成している魔王の側近達も数が揃ってきた。すでに現段階でも、数だけでは無く、質においても圧倒できる戦力だろう。だが、念には念を入れねばならない。ここまで慎重に事を運んでおいて、最後の最後で詰めを誤るような無様なことは許されない。
唯一の不安要素である花妖精が、どういうわけか沈黙を保っていた。
(単に手出しを控えているという感じではありませんし・・)
何らかの障害があって、参戦できない状況下にあるのではないか?
(・・試してみましょうか)
そういう思いも湧き起こるが、あの花妖精との交戦は一度きり、新生魔王が覚醒した直後だと決めている。
「閣下・・」
「フォメル、どうしました?」
足元の影から顔を浮かび上がらせたのは、西大陸を攻略中の腹心である。
「カサンリーンに、花妖精旗下の
「・・ほう、こちらで見かけないようでしたが、西へ派遣されていたのですね」
「配下の者が、狼人の勇者に深手を負わせたようですが、仕留める寸前に、
「・・その勇者とやらは、カサンリーンに身を寄せていたのですか?」
「いいえ、意図するところは不明ですが、カサンリーン王都の外、城外にて野営をしておりました」
「ふむ・・意味が分かりませんね」
「はい。他の蜘蛛人の勇者や蝶妖精の勇者はカサンリーン王城にて確認されております」
「・・・配置の意図は分かりませんが、その犬の勇者はどの程度でしたか?」
「盟主にも及びますまい」
「とんだ
カンスエルは嘆息した。
「はい。雑兵に紛れても気が付かない程度です」
記憶しておく価値も無い存在だと、フォメルが告げる。
「西の大陸で注意すべきはカサンリーンのみでしょうか?」
「西端の龍人族は無視できない強さでした。個々の強さは狂王に比肩します」
「ふむ・・」
「ただ、己の武を頼みに単独行を好む性質のようです」
「ならば、どうということはありませんね」
他者との共闘を良しとしない存在は脅威にはならない。
「南海の番人も、龍人族と同種だと思われますが・・」
「フォメルでも手をやくほどとなると、今は
「・・申し訳御座いません」
「まだ確証はありませんが、どうやら花妖精は身動きが取れないようです。カサンリーン攻略を少し本格化して下さい。無論、あの花妖精が出てくるようなら速やかな撤収を」
「畏まりました」
盛り上がっていた顔が、影の中へと沈んで消えて行った。
(あの花妖精が来ないまでも、4人の娘達を散らすことが出来れば・・)
4人娘達は、舌を巻くほどに連携が取れていて、隙らしい隙が無いようだ。平常心では居られないように、揺さぶりをかけなければ攻略は難しいだろう。
(ここを留守に出来ませんからね・・)
どうしても、配下の者を使っての戦いになるのだが・・。
まあ、焦る必要は無いだろう。
元々、花妖精の動きを制し、新生魔王の覚醒までの時間を稼ぐために仕掛けているだけだ。本来なら、危難を避けるためにも、敵対行動を取りたくない相手なのだ。
(それも終わりです。魔王様の覚醒まで、もう数日かからないでしょう)
覚醒をした新生魔王の圧倒的な力を前にしては、花妖精であろうと、南境の女冒険者であろうと、小うるさいカリーナ神殿であろうと平伏せざるを得ない。
この地上において、並び立つ者の居ない絶対的な強者なのだから。
扉が力強く叩かれ、
「お連れしました」
ゼスタ・シードという、近衛として造った魔神が入り口に姿を見せた。真っ赤な重甲冑姿をした偉丈夫だ。赤髪碧眼をした二十歳前後の美しい青年の顔をしている。
外で侍しているジェド・シードも、瓜二つの同じような顔立ちをしていた。
「カンエ、巨神ミルモッドの教育状況は?」
カンスエルの問いかけに、
「あと20日で成体になりますよ~」
ゼスタ・シードの肩に座っていた幼児のような姿の魔神が笑顔で答えた。
「予定より遅れていますね」
「仕方無いよ~、本当ぅ~~っに、頭が悪いんだよ~」
「・・巨人種を素体に選んだのが間違いでした」
カンスエルが眉間に皺を寄せて小さく頭を振った。
「でも、力の方はすんごいよぉ~」
「そうでなくては困ります。素体の量も育成時間も膨大なのですからね」
カンスエルは魔導晶球を見た。
「それでも・・ぎりぎり、御覚醒には間に合うでしょう」
魔神兵の配置図を眺めながら、カンスエルが低く呟いた時、
「閣下・・」
ゼスタ・シードがカンスエルを背に庇うようにして立った。肩に座っていたカンエが小さな手を伸ばすようにして魔法の楯を展開する。
その直上から、激しい炸裂音と共に轟雷が降り注いだ。建屋が粉砕され、飛び散った瓦礫が散乱する中、
「・・でき損ないが来ましたか」
カンスエルは、軽く舌打ちをしつつ上方へ眼を向けると、
「行きますよ」
魔神達に声を掛けて床を蹴った。
左右に、ゼスタ・シード、ジェド・シードが随伴する。カンエは、ゼスタからジェドの肩へと移動していた。青紫に輝く
行く手には、白銀の翼を拡げた人影が浮かんでいた。黄金色の甲冑に身を包んだ天空人だった。手には短槍と小ぶり円楯を持っているようだ。
「ジェド」
カンスエルに促されて、ジェド・シードが劫火を槍状にして投げ打った。一見すれば、ただの火槍のようだったが・・。
途中で無数に分裂するなり、蛇のように身をくねらせる火炎線と変じて包み込む。
わずかな間を置いて、激しい爆発音が轟いた。
同じ高度に達したカンスエル達が等間隔に距離をとって天空人を半包囲する。
「今晩は・・道化師さん。夜涼みに寄らせて貰いましたわ」
薄れ行く爆発煙の中で、薄らと笑って見せたのは、ラキン皇国の皇太后その人だった。
「これはこれは、白凰妃、御自らのお越しとは・・」
カンスエルが慇懃にお辞儀をして見せた。
「随分と懐かしい呼び名だこと・・あの当時を御存知の方がいらっしゃるとは思いませんでした」
「貴女の武勇は聞こえ知っておりますよ。ただ、供を連れず御一人で来られるのは、
ゼスタ・シード、ジェド・シードが長剣を抜き構えた。
「まあ、そうなのですけどね。自分で程度を計っておきませんと判断がつきかねますから」
「我等の力量ですか?」
カンスエルがその手に細身の剣を構えた。
「お
ラキン皇国、ラキン・デス・ライリュール・ミドン・ジィ・リエン・モーラン・ウル・リーエル皇太后が艶然と微笑んで見せた。
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