第190話 救世騎士団

 ヤガール王国の王城前に、救世騎士団と称する軍団が集結していた。


 早馬で4ヶ月ほどの場所にあるレンステッズ導校を攻撃し、そこに潜むという花妖精を殺害するために結成された騎士団である。


 周辺に点在する城塞などで生き残って居た騎士、従士、兵士から有志を募った結果、8000名ほどの騎士団となっていた。武装の統一は出来ず、そのままでは掻き集めた混成軍といった感じがありありと出てしまうため、揃いの真っ赤な胴衣を武具の上から着込んで統一感を出している。


 創造神だと称する少年の正体については様々意見は別れるが、レンステッズの花妖精については、カーゼス、シャーラ、トレーグなどの残兵にとっては仇敵そのものだ。これに、レンステッズに共闘を申し入れて素気なくあしらわれた国々が加わって、打倒レンステッズの声をあげている。


 束ねとしてヤガール王国の騎士団が加わって、神儀官を前に必勝の誓いを奉じていた。


 しかし・・。



「東方の山岳地に、魔物の大群が出現しましたっ!」


 駆け込んできた伝令兵によって、厳かに進められていた祭儀が中断された。

 俄に騒然となる中、物見に出た兵士が次々に情報を持ち帰る。


「地を這う大型の地龍ロックドラゴンが散見されますっ!」


「後方より甲冑姿の大鬼トロルの集団がっ・・」


「大型の犬に跨がった妖鬼の軍団が北の森林地帯から現れましたっ!」


「猿鬼、約5000・・走竜にて西門へ向かって迂回中っ!」



 即座に討って出るべし・・と意気軒昂だった騎士団が、しだいに声を落とし、互いの顔を見合わせるようにして静かになっていく。


 卑怯な事に、魔物達は魔法や魔技をこれまで通りに使えるのだ。

 対して、こちらは魔法も魔技も使えず、頼みの魔導兵器も起動すらできず、旧世に立ち返って弓と槍のみで応戦しなければならない。


「静まれぇーーーっ!」


 悲鳴のような報告が叫ばれる中、ヤガール王国の王太子が声を張り上げた。


「ヤガールの結界は生きている! 落ち着いて応戦すれば落ちることは無いっ! 北門と西門へ別れて防衛に当たれっ! 東門には、ゴレムを向かわせるっ!」


 手にした長剣を指揮棒のように振って矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 すでに魔物の姿がはっきりと見えるほどの距離だ。結界めがけ、牽制の火炎魔法が飛来して爆散を始めている。

 騎士達が従士や兵をつれて門周りへと移動を開始し始めた。

 その様子を見ながら、


「神殿からの返答はあったか?」


 王太子が副官に訊ねた。


 カリーナの聖女などが、花妖精と交友があるらしいと情報を得ていたため、カリーナ神殿に対して、ヤガールに賛同し、レンステッズの花妖精討伐に協力するよう依頼したのだ。


「御座いました」


「それで?」


「今後、一切の関わりを断ち、あらゆる面において敵対勢力として取り扱う・・と」


「ほうっ! それは頼もしいでは無いか!」


 王太子が表情明るく破顔した。


「我ら・・ヤガールに対して・・で御座います」


 副官が沈痛な表情で頭を垂れた。


「・・・なんだと!?」


 王太子が驚愕で眼を剥いた。

 

 まさか・・の返答である。


 賛同の拒否くらいは覚悟をしていたが、真っ向から敵対すると宣言されるとは・・。


「それは・・確かなのか?」


「中央平原南のマールス河を境に定め、我が方の渡河を一切認めない旨、カリーナ本殿より正式に文書が届きまして御座います」


「・・し、信じられん」


 長い歴史をかけて積み上げてきたヤガール王国とカリーナ神殿との関係を、たった一人の花妖精に突き崩された形だ。難色を示すどころか、即座に敵対を宣言されるなど、ヤガールの宰相以下、誰1人として想像すらしていなかった。


「すでに、対岸に沿って神旗が立てられ、防柵の設営が始まっているとのこと・・」


「馬鹿な・・なぜだっ・・いや、このような危機にひんした状況下で、あの祈り屋共めが・・何を考えているっ!」


 憤慨する王太子を側近達が気まずそうに見ながら沈黙した。


「・・花妖精について、調べた報告書があったな?」


「はっ」


「素性は・・どこの生まれだ? 親は何をやっている? 親戚か、その辺の筋から交渉できないのか?」


 王太子が苛立たしげに訊ねる。


「幼小の時分については不明。南境の大森林を彷徨さまよっていたところを冒険者達によって保護されたようですが・・」


「孤児だというのか?」


「少なくとも、血の繋がった者は確認できませんでした」


「・・その南境の町で親しくしていた者はどうだ? 花妖精が男なら、付き合っていた女の1人や2人居るだろう?」


「報告によれば、リアンナという女冒険者と親しい間柄であると」


「ならば簡単だろう。そのリアンナとやらを引きずってでも連れて参れ! 金でも何でもくれてやって、花妖精をおびき出させろ!」


「国が滅びまする」


 控えていた初老の騎士が口を挟んだ。


「・・なんだと?」


「リアンナと申す者は、災禍の女王・・史上最強の冒険者であり、この大陸にマールス河を生み出した張本人で御座います」


災禍ディザスターの・・」


 王太子や側近達が沈黙した。リアンナという名前は忘れていても、災禍の女王と称される冒険者の足跡は、王族であれば誰もが教え込まれている。様々な文献が様々な書き方をしているが、つまるところは、寄るな、触るな、近づくな・・だ。


「カリーナ神殿の動きは、あの女帝をおもんばかっての事だと?」


 側近の1人の問いかけに、


「まず、間違い無く・・」


 初老の騎士が答えた。


「まて・・すると、花妖精を攻撃しようとする我々は・・我らは災禍の女王と敵対することになるのではないか?」


 王太子の問いに、


「あの女帝は南境を動きませぬ。南方へ手出しを控えれば、こちらの動きに干渉してくることは無いかと」


 騎士が低頭したまま答えた。伏せられた顔が沈痛げに歪んでいる。

 敵対も何も・・。花妖精にとっては、こちらの騎士団など地を這う小虫だ。認識すらされずに、焼き払われて終わる。


 カリーナ神殿の判断は極めて正しい。

 そうするべきなのだ。


「だが・・しかし、誰かがやらねば・・あの花妖精の首を差し出せば、世に平穏が戻るのならば・・やらねばなるまい」


 王太子が唇を噛む。


「御不興を承知で申し上げますが・・」


 初老の騎士が王太子を正面に見た。その眼光が厳しい。


「仮に、100万、200万の軍勢をもってしても、レンステッズの花妖精には傷一つ与えられませぬ」


「なにを馬鹿な・・たかだか1人の花妖精だぞ? 魔法が使えぬ、魔技が使えぬ今となっては、花妖精など・・いや、存外、災禍の女王にしても弱者と成り果てておるのでは無いか?」


 王太子が一笑に付した。


「すでに討伐する旨、レンステッズには布告済みだ。この期に及んで惰弱な言は慎め」


 側近が苦い顔で吐き捨てる。


「・・では」


 初老の騎士が小さく低頭して踵を返した。周囲の騎士達もそれに習って後ろへ続く。


「待てっ! どこへ行くつもりだ?」


「我らは国王陛下の親衛騎士。王の下へ参ります」


 半身に振り返った初老の騎士が答えた。


 その時、




 ・・ゴォーーーーーン・・・




 どこかで雷鳴のような音が轟いた。


「魔物共か・・?」


 王太子が音の聞こえた方角を確かめようと首を巡らせた時、




 ・・ゴッ、ゴォーーーーン・・・




 重たげな衝突音が重なって聞こえてきた。


 激しい振動音に振り返った視界を、右から左へ・・巨大な物体が突き抜けて行った。


「な、なんだ・・」


 もうもうと立ち昇った噴煙が晴れてくるに従って、鱗に覆われた岩山のような巨体をした魔物の姿が見えてきた。


「ド・・ドラゴ・・」


 側近の1人が呻き声を漏らした。

 

 それは、地龍と呼ばれる巨大な魔物だった。ヤガールの防衛用の石の巨像が、玩具の人形のように、巨大な地龍ロックドラゴンの脚にしがみついている。


 大きさが違い過ぎた。


 身の丈7メートル近い、石の巨像が地龍の膝丈にすら届いていないのだ。


 あまりに地龍が巨大過ぎ、視界が遮られてしまって本来見えるはずの王城が隠されている。




 ・・ドォーーーーン・・・




 轟音と共に、激しい地揺れに襲われて王太子以下、側近達が跳ね転がった。

 登っていた指揮所が崩落して数メートルしたへ散らばり落ちる。

 痛む体を堪えつつ顔をあげた王太子達の視界を、第2、第3の地龍が城壁を突き破って城下町を粉砕して突き進んで行く。2階建て、3階建ての家屋が粉砕され、打ち倒される。積み木の家でも転がすように・・。


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