第191話 北領蹂躙
「オリヌシ」
「応っ!」
号令に即応して、大剣を担いだオリヌシが地を蹴った。
何かが爆ぜたような音と土煙を残し、オリヌシの巨躯が数百メートルを一呼吸で駆け抜け、前方に群れている魔人の集団に斬り込んだ。
「ヨーコ」
「はいっ!」
続いて、薙刀を手にしたヨーコが突撃する。
オリヌシが粉砕しながら圧し込んだ魔人の集団を、流麗に流れる銀光が切断して抜ける。2人とも、武技も魔技も使わずに斬り込んでいた。
「リコ、右の大きい連中」
「はい!」
リコが長剣と円楯を手に跳び出した。
「サナエは、地面に潜んでいる奴を仕留めろ」
「お任せあれぇ!」
片手棍棒を振り回しながら、サナエが駆けていく。
エリカとゾールの弓が、遠距離からの狙撃を開始した。こちらも、武技や魔技を使っていないため、放たれる矢の威力は弓の剛さに依存する。2人とも神鉄で造られた大型の強弓を使っていた。
(・・ここもハズレかな?)
魔族領の境界が消えた事で、リコの眼により見渡せるようになった。お陰で、こうして深部にある魔人の城塞群を見つけて襲うことができる。
人が思い描く町のようなものは地下に造られ、地上にはサボテンのような奇怪な形をした建物がある。ここで322箇所目だが、規模の大小はあれど、どこも似たような感じだった。
(大きさだけなら、ここが一番大きいんだけどな・・)
形状からは、ここが城なのか、ただの町なのか判断できないが・・。
何やら寄声を放って突進してきた大きい何かを殴り飛ばし、飛来する火球、雷撃を手で払って、弓手の邪魔にならないように守る。
「財貨は全て回収する」
大勢が見えてきた戦場を眺めながら、ゾールとエリカに声をかけた。
貨幣から鋼材、武器防具、宝飾品、装身具、石版から植木らしき物まで根こそぎ奪っていた。魔族領の魔人達からすれば
「ここも、他と変わらない感じですね」
エリカが弓を引き絞りながら呟いた。
「せいぜい、煌王くらいだな」
「魔神も出ませんね」
エリカが首を傾げる。未だに2体にしか遭遇していない。
魔神の数を揃えて主戦力として運用してくるだろうと考えてたのだが、どうも、これまでのところは肩すかしだ。
「主力が人間の町へ侵攻して出払っているにしても、守りが薄過ぎます」
ゾールが近づいて来た。
今頃、中央平原めがけて魔人の軍勢が押し寄せているだろう。まさか、守兵を
あまりにも脆い。
リコの"眼"で捉えた城塞らしき建造物は、おおよそ500箇所だ。すでに、300以上を潰して回っているというのに、抵抗らしい抵抗が無いというのは、どうしたことか。
ヨーコ、オリヌシが大柄な魔人を仕留め、血魂石の絶叫が響き渡った。
(残兵は・・)
物陰を伝って逃げようとしていた魔人に、ゾールとエリカの矢が突き立ち、サナエの棍棒が振り下ろされる。牛だか羊だか分からない頭部をした巨人が、リコの長剣で刻まれ辺り一面を体液で染め上げる。完全に一方的な虐殺だったが、誰もが徹底的に容赦無く掃討し続けていた。
「先生、あちらから魔人の集団が来ます」
リコが血濡れた長剣で北東方面を指し示した。
「数は?」
「数千・・です」
リコが小首を傾げながら苦笑した。姿形がばらばらで、一体と数えるかどうか迷うような形状のものが居て、正確には数えられないのだ。
「手強そうなのは見えないか?」
「大きさだけなら、甲羅のついた蜘蛛みたいなのが・・ラースちゃんくらいあります」
「蜘蛛か。周囲の魔人は?」
「オリヌシさんより大きいですね。虫っぽい頭をした魔人が多いですが・・」
言いながら、リコが後方を振り返った。そこに湧き出るように姿を現した煙状の魔人を長剣の一振りで斬り捨て、ほぼ同時に血魂石を楯で粉砕して絶叫を響かせた。
「・・来ました。煌王より強そうな魔人です」
「数は?」
「8体です」
「少ないな・・」
俺は踏みつぶした魔人の頭から角を
ほぼ間を置かずに、遠方で轟音が鳴る。
「どう?」
「・・4体が即死、2体が半壊、残り2体は軽傷」
リコが虚空を見つめるようにして答える。
「弱いな」
俺は眉をしかめながら呟くと、半死半生で弱々しく
「1体が回避・・逃走に移りました」
「エリカ、ゾール」
「はい」
エリカが強弓を引き絞り、静かに矢を放った。
「命中・・血魂石が出ました」
リコが呟いた直後、ゾールが矢を放った。
遠くで、物悲しい絶叫が響き渡った。
「虫の方は?」
俺は、騒々しく土埃が上がっている方向へ眼を向けた。
オリヌシとヨーコ、サナエが参戦して、文字通りに殲滅戦をやっていた。
来れば来るだけ屠っている。
そして、どんな数で押し寄せようとも、この程度で疲労を感じるほど脆弱な面々では無い。魔人や魔神だのとは、平素からの鍛え方が違うのだ。
「リコ、エリカ、ゾールも斬り込んでくれ」
号令一下、
「はい!」
「はっ」
3人が放たれた矢のような勢いで虫頭の魔人達めがけて斬り込んで行った。
当然、ぽつんと立っている俺を狙って、魔人達が襲ってくるのだが、片っ端から塵芥となって消えている。
(ゾエ・・)
『御館様?』
(以前に迷い込んだ、神羅の門というのは・・ここからは行けないのか?)
『魔界と魔族領の行き来はできないと記憶しております。ただ、長い年月が経っておりますから・・』
(そういう方法を見つけているかもな)
『はい。魔法操作に長けた魔人達ならば・・恐らく』
(それにしては、魔神が少ない・・おかしくないか?)
俺の想定では、北領の魔人達は、神羅門から魔神を喚び出して一大勢力となっているはずだったのだが・・。だからこそ、その"門"を根本的に潰しておくために、魔族領を死の大地に変えて回っているのだ。
『それは、その・・』
ゾエが珍しく言い淀む。
(どうした?何か、懸念点が?)
『えぇ・・っと、誠に申し上げ難いことなのですが・・』
(なんだ? 何でも言ってくれ)
『これは、あくまで私の憶測なので・・』
(構わない)
『そのぅ・・以前に、神羅の門へお行きになった際、御館様が厄災触手をお使いになられ・・・魔神を手当たり次第にお食べになったので・・』
ゾエが言い辛そうに告げる。
(・・む?)
そう言えば・・。
あの時、厄災種の暴走を抑えられず、意識を飛ばしたりしていた。
(そんなに食べたのか?)
『元々、魔神という存在は数が少ないのですが・・』
神羅の門を侵食して生え伸びた厄災触手が樹の根のように張り巡らされて行き、触れる生き物、建造物など総てを喰らい尽くしていったらしい。
(まさか・・根絶させたのか?)
『神羅の門で封じられていた魔神は・・恐らく、完食されたのでは無いかと』
(・・完食)
俺は、そっと左手を持ち上げて見た。
(まあ・・そうは言っても、他にも似たような空間とかあるんだろう?)
『・・・』
(ゾエ?)
『・・魔神は・・供物を対価に召喚され、こちらの世界で一定期間のみ力を行使できます。基本的には、低位の魔神しか召喚されることは御座いません』
(・・うん)
『ある一定以上に力をつけた魔神となると、地域の伝承などでは破壊神や荒神として語り継がれるような災害を引き起こしてしまいます』
(・・うん)
『そうした高位の魔神に到るまでには、気が遠くなるような歳月が必要なはずです』
(・・うん)
『根絶はしていないと思います。未だ、この世の何処かには魔神が生き残っていると思いますから』
(・・そうだな)
『ただ、その魔神が神羅の門に封じられるほどに昇華するまでには
(そう・・だな)
『それに、御館様の左手は、門そのものを
(・・そうか)
俺は、魔神の行く末に大きな障害が発生したことを悟った。
そして、今、魔人の行く末にも大きな障害をもたらそうとしている。
ゾエとの対話中に、魔人の掃討を終えた面々が戻って来て整列している。
俺は、ちら・・と、サナエの顔を見た。
視線に気が付いたサナエが小さく首を傾げて目顔で
「いや・・どうもな・・少し、やり過ぎたかもしれない」
俺は頭を掻いた。
「先生ぇ・・ジチョウダイジですよぉ~?」
サナエが、にっ・・と、白い歯を見せて笑った。
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