第189話 危険な香り

 星が降ってきた。


 炎の尾を長く曳いた小さな隕石群が、遙かな高空から地上めがけて降り注いできた。

 東西の大陸、その全土を満遍まんべんなく網羅して落下してきた小隕石が地表を深々とえぐって大地を震動させ、あちこちで爆風が吹き荒れ、鉄をも溶かす熱風が大地を灼き払う。


 草木が一瞬にして灰になり、水分を失った砂石が荒れ狂う爆風に乗って雲より高く噴き上がっていく。

 やがて高空まで舞い上がった木石が再び地上へと降り注ぐのだが、拳大の石が雨のように降ってくれば、それはもう天災そのものだった。

 

 隕石の爆発を運良く免れた者も、広範囲に降り注いでくる石で重傷を負い、あるいは頭部を破壊されて斃れる。高空から降り注いだ石は、板屋根を打ち抜いて家屋に逃げ込んだ人々まで襲った。



『う~ん・・賑やかな事になったねぇ~ でも、これでボクの力は信じて貰えたかなぁ? まだ、創造神だって信じなぁ~い? じゃあねぇ・・』



 上空で、キルミスの幻影が首を傾げる。



『そうだねぇ・・うん、魔王を創っちゃおう! ボクがちゃんと創造できるって証明になるし・・後は、魔王のお城かなぁ』



「やりたい放題だな」


 俺は小さく首を振って嘆息した。


(しかし・・)


 無から有は生み出せない。何かを消費して、こうした現象を引き起こしているはずだ。


(魔素だけじゃ、形ある物は生み出せないからな・・)


 隕石の落下は、実際にある隕石を召喚した結果だ。

 魔王を創るというのは、カンスエルが持ち出したという装置を使うのだろう。

 魔王の城はすでにある何かを再利用・・といったところか。

 どれも、それほど驚くような事じゃない。


(キルミスには、この世界の摂理を変える力は無い。あくまでも、今の摂理の中でしか力を使えないはずだ)


 俺の中に残っている"知識"が正しいなら、キルミス自身には世の中を根源から変えるような力は無い。

 創造云々というのは、様々な目的のために造られた魔導の装置を数多く所持し、それらを使いこなしているという事だ。



「先生」


 ヨーコが声を掛けてきた。


「どうした?」


「リコとエリカの意識が戻りました」


「分かった。すぐに・・」


 立ち上がりかけた俺を、ヨーコが身振りで抑えた。


「今、ちょっと着替えたりしてるんです。もうちょっと待って下さい」


「ん・・そうか。会えるようになったら教えてくれ」


「はい」


 ヨーコが笑顔で頷いて去って行く。その足取りが軽い。


(そうか・・眼を覚ましたか)


 ほっと安堵の息が漏れる。

 体の傷は癒えたようだったが、意識が戻らないまま、じりじりとした時間が過ぎていたのだ。


(空間を移動しての不意打ち・・また別の手駒を使って仕掛けてくるかもしれないな)


 ただ、もう無策のままやられはしない。別の空間だろうと異次元だろうと・・。細剣を繰り出す一瞬だけ繋げて貫く方法を会得した。次は仕留める自信がある。


(この体も・・だいぶ分かってきた)


 花妖精だった頃との感覚のズレは、かなり修正できている。この身に宿る厄災も、意思ある薔薇も・・総てを従えることが出来てきた。

 魔法効果の減衰は大きなマイナスだが、魔人相手なら十分に戦える状態だ。


(魔封じのはこ・・あれ以上の物は無いだろう)


 俺はそう考えていた。

 各地で封印されている黒い立法体を見て回った訳では無いが・・。カンスエルが最期の切り札に選んだ装置だ。他にあるなら、そちらを使っただろう。


(対価は、カンスエルの命だった)


 ヨーコとゾールによってカンスエルが仕留められた直後、作為的な魔素の流れが生み出されていた。あれこそが"魔封じのはこ"を作動させるための燃料だろう。

 もしかすると、カンスエルが害したリコやエリカなどの命を対価に作動させるつもりだったのかもしれないが、サナエの聖術が速すぎたために、作動の機会をいっしたのではないだろうか?


 それに・・。


(リコを狙ったのは"眼"の存在を嫌ったからだ)


 恐らくは、キルミスの指示だろう。この後に、様々な装置を仕掛け、引き起こされる混乱を見て楽しむためには、広域を見渡し、隠蔽を看破するリコの"眼"は厄介だと考えたはずだ。


(しかし・・)


 大きな対価を必要とする装置・・。


 キルミス単身で設置して回れるものだろうか?


(協力者が・・まあ、居るんだろうな)


 キルミスと同じく別世界の存在か、こちらの世界で生み出した者達か・・その両方か。


(リコを仕留めきれないまでも"眼"が無い時間を作り出せたことで、あいつは自由に動き回っているわけか)


 レンステッズからパーリンスにかけては、ラースが巡っているし、ゾールが眼を光らせている。


 魔人の侵攻で、混乱が起きる北辺や南辺では無いはずだ。

 西大陸は有り得る。オリヌシが仕留め損なった魔神が生き残って居るとすれば、何らかの仕込みをやっている可能性がある。

 

 だが、何処よりも胡散臭いのが、ヤガール王国だ。


 キルミスが出現し奇襲してくる直前、食卓での話し合いの中で、北の魔族領では無く、ヤガール王国に行くことが決まっていた。


 そう言えば、あの時にヤガール行きを提案したのはリコだった。


 偶然だろうか?

 ヤガール王国に向かいそうになった俺達を牽制に来たとは考えられないか?


(キルミスは幻影を使って、俺がレンステッズに居ると大陸中に報せた)


 当然、俺の命を狙う者、勢力はレンステッズを狙って集まってくる。

 俺がレンステッズを護ろうとするなら、動きが制限されるだろう・・と、考えたのか? ヤガールに行こうとする動きを遅延させるために?

 

(いや・・それにしては、大袈裟すぎる)


 魔物に怯えて細々と生きている人間の軍隊が集まってきたところで、何の足枷にもならない。即日、大地の肥やしに変えてしまうだけだ。


 キルミスのような長々とこの世界で遊んできた奴が、今更人間の殺し合う様子などを眺めても楽しめないだろう。


 ただの攪乱と考えるべきか?

 ヤガール王国はただの偶然か?


 しかし・・。


 ヤガール王国に何かがあったとして、結局のところ、キルミスは何がやりたいのか?


(俺の・・俺が奪った知識を、いつまで放置するつもりだ?)


 動機や考えは分からないが、俺の中にはキルミスの世界についての知識がある。厄災触手で大勢を喰ったのだ。雑多ながら様々な知識を得ることができた。そして、未だに知識は奪われずに俺の中に残っている。


(キルミスにとっては不利になる知識なのに、どうして放っている?)


 奪う力が無いのか? そもそも奪う事が不可能なのものなのか?


(そんなものに関係無く、俺を仕留める自信があるということか?)


 確かに、カンスエルの奇襲は油断ならないものだったし、大勢に同時にやられると防ぎきるのは至難だが・・。


 差は僅かだろう。

 今は、僅かにキルミスの方が強い。

 しかし、その差は勝敗を分けるほどの差では無さそうだ。戦い方で埋められるだろう。


(・・・居場所を悟られないように移動を繰り返し、手駒を使ってこちらを攪乱しながらの隙待ち・・かな?)


 少しでも安全に俺の命を狙うのなら、それが妥当な線かもしれない。


「先生・・」


 呼ばれて顔を向けると、リコとエリカが立っていた。それぞれ、ヨーコとサナエが付き添っている。


「ご心配をお掛けしました」


 2人が畏まった言葉を口にして頭を下げた。


「心配したが・・生きていてくれて良かった」


 まだ顔色の良くない2人を見比べながら、俺はほっと息をついた。


「魔法が弱体化された中で、サナエが頑張ってくれたぞ」


「ええ、聴きました。悔しいけど、サナには頭があがりません」


 リコが疲れの滲む顔で苦笑する。


「先生に貰った身代わりの魔導具の効果がありませんでした。魔導具にも制限が?」


 エリカがいてくる。


「カンスエルが使っていた大鎌に、魔導具を無効化する効果が付与されていた」


「・・そうなんですね」


「それに、これからは、魔法、魔技、魔導具・・すべて効果は100分の1未満、消費する魔力は100倍らしい」


「うわぁ・・」


 エリカが小さく声を漏らして絶句した。


「武技は使えるんですよね?」


 リコが訊く。


「今のところ影響は無い。ただ、追加で武技を封じてくる可能性はある」


「やりたい放題ですね」


「神だからな」


 俺は小さく笑った。


「先生を狙ってるんですか?」


「それだけなら良いんだけど・・どうもな」


「なんか、やり方がひねくれてますよ」


 ヨーコが唇をとがらせる。


 あれこれ、回りくどい事をやる意味は無い。戦いを申し込まれれば即座に受ける。


 強い・・とは思う。


 だが、勝てないとは思わない。


 神を称しているが全知全能の存在では無いし、それほど変わった事ができるわけでは無い。装置・・仕掛けによって、天変地異の真似事をやって見せたり、摂理の改変を演じているが、実はそうした装置は、キルミスが作った物では無いのだ。他者が作った物を流用しているだけだった。


(カンスエルの仕掛け・・)


 俺に何か実害が起こるだろうか? 単に合成体を生み出すだけなら、放っておいても問題ない。それが厄災種だろうが、仮に魔王だったとしても脅威にはならない。


(しかし、それだと、面白くないだろう・・キルミスにとっては)


 俺に与えたという魔王鏖殺の特性がまがい物という可能性があるか? その上で、魔王を合成する?


(さして面白いとは思えないが・・?)


 合成体を生み出す道具があるのは事実だろう。実際、カンスエルが大量に作っていたのだ。


(・・化け物の軍団でも造る気か?)


 何万、何十万という合成体の魔王を行軍させるとか、キルミスならやるかもしれない。

 ただ、それに何の意味がある?


(死ぬのが、早いか遅いかだけなのにな・・)



「ねぇ、リッちゃ~ん?」


「無理だから」


 リコが即答する。


「だってぇ~、じゃあどうするのぉ~?」


 サナエがリコを前に押し出すようにして背中に隠れた。


 視線の先で彼女達の先生が、赤黒い煙のように揺らぐ何かを立ち昇らせている。どこからか淡く薔薇バラの香りが匂っていた。


「・・なんで先生が魔王じゃなかったの?」


 エリカが、ヨーコにささやいた。


「先着順だったんじゃない?」


 ヨーコがささやき返す。


 姿形は変わらない。いつもの先生のままだったが・・。


「これ、ヤバイって・・」


 4人共、本能的なおびえで身がすくみ、互いに手や腕を掴み合ったまま震えていた。

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