第188話 ウォンテッド!?


(カンスエル・・まるで違う顔をしていた)


 合成体キメラの男とは別人だ。

 この世界の生き物ですら無い。キルミスと同種の存在だったらしい。


(魔法が消える・・?)


 キルミスが残した言葉だ。


 俺は自分の手を見つめながら、ふと視線を並べられた寝台へ向けた。

 

 寝台の上で、リコとエリカが眠っている。

 どちらもサナエの聖術によって命だけは取り留めた。大鎌に強力な悪疫効果があったようだが、ぎりぎりのところでサナエの聖術が上回ったのだ。


「先生、大丈夫です」


 護衛で立っているヨーコが言った。


「リコもエリカも強いから・・だから、大丈夫なんです」


 ヨーコが、強張った笑みを浮かべて見せる。


「・・そうだな」


 俺は視線をリコやエリカの横顔へ向けた。

 

 危うく2人を失うところだった。

 いや、どちらも即死していた。サナエの聖術だからこそ、奇跡的に生を拾えただけだ。生命活動を終える寸前に、強引に活力を与え、肉体を復元する間をもたせたのだ。


「お早うございますぅ~」


 サナエが部屋に入ってきた。全力で聖術を使った後、意識を失って別室で眠っていたのだ。

 護衛役のゾールとオリヌシも部屋に入ってきた。


「魔法はどうだ?」


「魔法全てが無くなったのでは無く、大幅に威力や効果が減衰したようです」


 ゾールが答えた。


「・・どの程度?」


「う~ん・・たぶん、9割減ですねぇ~ これがお菓子のセールなら大喜びなんだけどなぁ」


 サナエが大きく伸びをしながら、ちらとヨーコを見る。


「また倒れるかもだからぁ・・」


「任せて」


「優しく取り扱ってくれたまえよぉ~」


 サナエが、まずはリコの枕元へと近付いて行った。


(・・強くなったな)


 無論、無理をして軽口を叩いているのだろうが、ヨーコもサナエも取り乱したところを見せず、泣き言を言わずに、やるべき事をやっている。


「先生ぇ、休んで貰って大丈夫ですよぉ? 前と違って時間はかかっちゃうけど、ちゃんと治しますよぉ?」


「ああ、それは信頼している。俺は、ただの護衛だ」


「あいつ・・また来ますぅ?」


「来てくれると良いんだが・・」


 俺は薄く笑った。


「うはは・・でも、先生の剣が当たったんですよねぇ?」


「そうだな」


 別空間へ逃れる寸前に、細剣の切っ先がキルミスの体を捉えていた。当たり所にもよるが、決して軽い傷では無い。


「まあ、しぶとそうですから、すぐに回復して遊びに来そうですけどね」


 ヨーコが底光りする双眸で周囲を見回す。


「転移術は魔力の消耗もそうですが、距離や時間の制約が出来たようです」


 ゾールが魔法をいくつか試用した結果を報告書に纏めていた。


 ざっと目を通してみると、消費魔力が従来の100倍、発動にかかる時間が100倍、効果範囲が100分の1、効果が100分の1・・と、軒並み弱体化されていた。


「なお、この減衰数値は個人差があるようです」


「・・そうなのか?」


「儂の場合は、もっと酷いぞ。正直、実戦では使い物にならんのぅ」


 オリヌシが不満げに声をあげた。


「魔技や魔導具はどうだ?」


「魔法と同様の減衰率です。魔導具は根本的に造り直しが必要かと」


 ゾールが答えた。


「なるほど・・魔法が消える・・そういうことか」


「武技は従来通りに・・」


「今の状態で慣熟訓練をしておく必要があるな」


 頭での理解では無く、感覚として体に理解させる必要がありそうだ。


「他に異変は?」


 俺は、ゾールの顔を見た。


「あのキルミスという者が申したとおり、北辺の魔族領が解放されました。おそらく、南辺も同様かと思われます」


「・・魔技も魔導具も使わずに、魔人と戦える人間がどのくらい居るかが問題になるな」


「あまり楽観できる人数では無いかと」


「そうかもしれないな」


 実戦慣れしたカリーナ神殿の神殿騎士でさえ、聖術や魔導具を封じられると危ういだろう。


「また国が減りそうだのぅ」


 オリヌシが頭を掻きながら言った。

 そもそも、魔王騒ぎで王侯貴族が国を棄てて西大陸へと逃亡している。残った国々、そこを差配している者達はそれなりに肝の据わった人間達だろうが・・。


「どんなに勇敢でも・・な」


「転移を大幅に制限されたとなると、救援、救出もこれまでのようには出来なくなります」


「キルミスの遊びに付き合わされることになるな」


「こちらの戦力を分散させることが狙いでしょうか?」


「護ろうとすれば、どうしても分散することになる。しかも、魔法を弱体化されてしまったとなると・・」


 そう言いかけて、俺は口を噤んだ。ゾール、オリヌシと視線を交わす。


「儂は外に出よう」


 オリヌシが大剣を手に部屋から出て行った。


「屋内を」


 ゾールも出て行く。


「鬼装・・」


 漆黒の鎧を身に纏いながら、方形楯と細剣を取り出す。

 ヨーコも白銀の神鎧を纏い、愛用の薙刀を手に油断無く周囲へ視線を配っていた。サナエだけは、周囲に目もくれず、懸命に聖術を使い続けている。



 シン・・と、緊張で静まりかえった中、




 ・・・キ~ン・・コ~ン・・カ~ン・・コ~ン・・・




 唐突に、鐘の音が大音量で鳴り響いた。



『やあ、箱庭の皆さん、こんにちは、そして今晩は・・創造神のキルミスですよぉ』



 目を閉じていても、にこやかに笑う美少年の顔が脳裏に浮かぶ。



『いきなりだけど、魔王が死んじゃいましたぁ』



 にこやかな声と共に、ラッパやら笛、太鼓の鳴り物が賑やかな音を立てる。



『魔王を斃したのは、シンという花妖精さんと愉快なお友達でぇ~す。いやぁ、お見事でしたねぇ・・ボク、とっても感動しちゃいましたぁ~』



 再び、鳴り物が賑やかに響く。



『本来なら、さんざん暴れ回った魔王を、ボクが斃してお終いになるという神話だったんだけどねぇ・・なんだか、見せ場をさらわれちゃった感じぃ? なので、ちょっぴり意地悪をしちゃおうと思いまぁ~す』



「先生・・」


 窓辺に寄ったヨーコが、窓を開けて空を指さした。


 上空に、大きくキルミスの姿が映し出されている。魔王レイジの時の何倍も鮮明で、、圧倒的な威圧感を持った幻影だった。



『もう知ってるかな? 魔族領との境界線を解除しましたぁ~ なので、魔族が雪崩れ込んでいるかもしれないねぇ? おっと・・そういえば魔法も使えなくしちゃったので、剣とか槍とかで魔族と戦ってねぇ~』


 白金髪の美少年が無邪気な笑みを見せて手を振る。



『いやぁ・・大変だなぁ~ 魔族に勝てるのかなぁ~? というか、無理っぽいよねぇ? なんだか可哀相になっちゃってさ』



「あいつ・・腹立つなぁ」


 ヨーコが低く怒りの籠もった声で呟く。



『だから、哀れな人間達に一つ贈り物をあげよう』



 どこを見るとも無く話をしていたキルミスの眼が、下から見上げている俺へ向けられた。その薄い唇がひっそりと歪む。



『花妖精のシン君が死んだら、ボクが魔族を消し去ってあげる。この世界から、魔物も魔人も・・ぜぇ~んぶ消滅させてあげる・・・どうかな? 良い提案でしょう? シン君はねぇ、レンステッズって町に居るよぉ~ 急がないと逃げられちゃうよぉ~』


 にんまりと笑いながら、


『あ・・そうだ。ボクの力を教えておいてあげよう。ちゃんと出来るって事を見せておかないとね』


 キルミスの幻影が、軽く片目をつむって見せた。


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