第187話 遊ぶ神


「北の魔族領に行ってみよう」


 俺の提案に、食卓で夕食を食べていた面々が一瞬だけ動きを止めてから、すぐに食事を再開した。


「カンスエル達は北を目指していた。何かの理由があったはずだ」


 合成体を生み出す装置が見つからない。

 それらしい物や場所はあったのだが、どうも模造品っぽいのだ。何かを真似て造ったような粗悪品ばかりだった。

 それでも、魔人に相当する合成体を生み出していたのだが、キルミスのような異次元の生命体から盗み出した物にしては粗末に過ぎる。


「カサンリーンを攻めておった奴は、どうなったかの?」


「おまえが斬ったんだろ?」


 俺は、オリヌシの顔を見た。


「うむ・・だが、影に逃げ込みおった。例の血魂を遺しとらん」


「・・なら、そいつは生きてると考えておくべきか」


 カサンリーンのラオンやリザにとっては脅威になるだろう。

 オリヌシの大剣を受けて即死しなかったとなると、上位の魔神だろうか?


「カンスエルの創造した魔神だろうな・・まだ他にも残存していると考えるべきか」


 俺は酸味のある果実水を手に考え込んだ。

 

「先生」


 リコが挙手した。


「ん?」


「ヤガール王国・・の王城へ行ってみませんか?」


「ヤガールに?」


「はっきりした理由とか無いんですけど・・どうしても気になって」


「うん、私も行ってみたい」


 エリカも賛同の声をあげた。


「ヤガールか」


 中央平原では歴史のある国家だ。今となっては、ただ古いだけの国のような気もするが・・。


「王だの貴族だのは残っとるのか?」


 オリヌシがリコを見た。


「分かりません。けど、城で生き延びてる人達が居るみたいです」


 エリカが答えた。


「・・オリヌシ、カサンリーンはしばらく保つか?」


「おう、向こうは問題無いぞ。ラオンも、リザも逞しくなった。戦士達もなかなかだ」


「ゾール?」


「パーリンス周辺は落ち着いております。沿岸部では、ルカート商国の船団が寄港地を探して航行しているようですが、未だ上陸を果たせておりません」


「ルカートか・・」


 ほろ苦い想い出と共に、島での生活が思い出される。


(海にも魔物が増えているだろうに・・商人というのは逞しいな)


 俺は果実水を飲み干すと、小さく息をついた。


「私達を召喚した装置・・あれを使う知識があって、他にも勇者の血で動かせる魔導器があるって、王国の兵士が言ってました」


 エリカが記憶を探るようにして言った。


「・・確かに」


 すっかり忘却していたが、魔人でも天空人でも無い、ただの人間達の国が召喚装置の使用方法や使用時期を識っているのは腑に落ちない。召喚装置の作動に必要な魔力は膨大なものだ。しかも、一度作動させると、数年の間は使用不能な状態になる。

 生命体が漂流してくるタイミングで作動しなければ全てが無駄になってしまうのだ。

 そのタイミングを識る方法を持ち、召喚装置を作動させる膨大な魔力を集める方法を有し、大陸でも稀少な装置を使用する権利を持っている。


(ヤガール王国か・・)


 他の人間の国と同列視しない方が良いのかもしれない。

 

(魔王は・・レイジは四大王国と言っていた)


 ヤガール、エイプラス、カンルーラ、ウォルダンという四王国のことを魔王レイジは識っていた。滅ぼそうとはせず、同盟という形を作ろうとしていた気がする。


「召喚装置の使用は、輪番だったのか?」


 ゾールに訊ねてみた。この男が識らなければ、他の誰も識らないだろう。


「ヤガール、カンルーラ、ウォルダンの三国が輪番で行っていたようです」


「・・エイプラスは?」


「四大王国の中では新興国で、召喚の儀には加わらなかったようです」


「そうか・・召喚は、三国だけが行っていたんだな?」


「はい」


「装置の管理はカリーナ神殿?」


「アマンダ神官長が個人で管理なさっているようです」


「・・召喚装置は、アマンダさんの私物なのか?」


「そのようですね」


 召喚とは名ばかりで、異世界から漂流してきた生命体を拾い上げる採取装置だが・・。


「世に二つと無い稀少な品ですが、アマンダ神官長が使用しないまま放っているため、カリーナ神殿がアマンダ神官長から借り受ける形で、三王国に使用権を売っていたようです」


「・・そうだったのか」


 使用に適した時期・・すなわち、異界からの漂流者が接近して来る時期を識る方法はあるのだろうか?


「それは明かされておりません。星占の類いだと漏れ聞いてはおりますが・・」


「占いで・・?」


 さすがにそれは無い。何世代かに一度しかない貴重なタイミングを、星占いで決定するなど有り得ないだろう。


「案外、そうなのかも?」


 エリカが呟いた。


「占いで・・か?」


「そういう魔法があるのかも。星占いの魔法・・とか?」


「占い・・魔法」


 俺は首を捻った。


「行ってみれば分かりますよ!」


 ヨーコが食卓に身を乗り出して見つめてくる。


「そうだな・・しかし、占いか・・占い」


「信じるものはぁ~、救われるぅ~」


 サナエが歌うように言いながら、無限収納から大きな水晶球を取りだして宙に浮かべた。


「ナムナムダァ~、ゲッキョウダァ~、ホウレンダァ~、リンカイビョウトウシャ~・・」


 呪文らしきものを口にしつつ、水晶球を聖光で包み込んでいく。


「むむぅ~・・出ましたぁ~!」


 大袈裟に声をあげるサナエを横目に、各人が食事を口に運ぶ。


「・・ここで放置ぃ~? 酷くなぁ~い?」


 抗議の声をあげたサナエを手で制して、


「本当に、出たわよ」


 リコが上方を見上げた。


 そこに、白金髪をした綺麗な顔立ちの少年が浮かんでいた。

 にこにこと笑顔で手を振っている。


「・・キルミス」


 俺は静かに席を立った。



「やあ、今晩は」


 にこやかに挨拶をしながら、少年がゆっくりと降りて来た。



「こちらに干渉しないんじゃなかったか?」


 訊きながら、キルミスの正面に立った。



「あはは・・まあ、硬いことは言いっこ無しで・・って、嫌だなぁ、そんな怖い顔しないでよぉ~」


 キルミスが笑い声を立てながら食卓に腰掛ける。



「カンスエルが持ち出したという道具は見つかっていないぞ?」



「うん、知ってるよ。カンスエルは上手に仕掛けたみたいだねぇ」



「・・おまえ、在処ありかを知っているな?」



「そりゃあそうさ。僕は大概のことを知ってるよ?」


 キルミスが片目をつむってみせる。



「・・それで?」



「魔族領との境目を消したから、報せておこうと思ってさ」



「・・境界を消した?」



「うん、そうだよぉ。ほら、あれって邪魔じゃん? あっち側から渡ってくると弱くなっちゃうし、それじゃ物足りないでしょ?」



「そうだな・・あの壁はおまえが創ったんだったな」



「まあね」



「なぜ、今になって消した?」



「う~ん・・面白そうだから?」


 キルミスがにこりと笑みを見せる。



「・・そうか」



「あれ? 今ので、絶対斬りかかってくるって思ったんだけど」



「おまえは何がやりたいんだ?」



「そりゃあ、楽しい事さ。つまんないんだよねぇ・・もう、色々と飽きちゃってて」



「俺に何をさせたいんだ?」



「僕と遊ぼうよ」



「遊ぶ?」



「何度も言ってるけど、そろそろ飽きちゃったんだよねぇ・・カルファルドで遊ぶのも、そろそろお終いかなぁ」



「・・なら、さっさと消えろ」



「うふふ・・最期に思いっきり楽しんでからね?」



「なにを・・」


 と言いかけて、俺は勢いよく振り返るなり、離れて見守っている少女達に向かって走った。



「ぇ・・?」


 いきなりの事に戸惑いながら、俺の険しい表情に反応して少女達が思い思いに回避行動をとる。



 しかし、



「ぅっ・・!?」

 

 リコの右腕が斬り飛ばされて宙を舞っていた。いや、腕だけでは無い。腕ごと腰を切断されていた。


「リコっ!」


 ヨーコが声をあげながら背にかばって前に出る。サナエが聖術を唱えながら崩れるリコにしがみついた。


 いつの間にか、リコの背後に、大鎌を手にした黒衣の男が湧き出るようにして出現していた。すぐに姿が消え去り、駆けつけたヨーコの薙刀は空を斬る。



「サナッ!」


 エリカが短刀を手に跳んだ。

 サナエの首を狙った大鎌がエリカの短刀によってらされた。しかし、強引に身を入れたためエリカが胸元から肩口まで斬り裂かれてしまい、鮮血を噴きながら尻餅をつくようにして座り込む。

 追撃の大鎌は、オリヌシの大剣が防いだ。

 すかさず、ゾールが短剣で襲う。


 しかし、瞬間移動で黒衣の男が宙へ消えていた。


 次の瞬間、


「がぁっ!?」


 短い苦鳴を漏らして、大鎌を持った男が宙で身を折る形で姿を現した。

 別空間へと潜り込んだまま、俺の細剣によって喉元を貫かれたのだ。



「あちゃ~、カンスエルちゃん、深追いし過ぎたねぇ・・シン君の攻撃、他の空間まで届いちゃうから。でも、約束は果たしたからね? ちゃんと目を引いたからね? 化けて出ないでねぇ?」


 キルミスがひらひらと手を振りながら宙に溶けるようにして消えていく。



「ちっ!」


 俺は鋭く舌打ちをしながら、左腕に方形楯を握って頭上へ掲げた。

 直後に、凄まじい衝撃が楯を襲い、わずかに姿勢を乱される。逃げ去ったように見せて、キルミスが何処からか攻撃を仕掛けてきたのだ。重たい打撃だけが降ってきたような攻撃だった。

 その一瞬、細剣に貫かれていた黒衣の男が手にした大鎌を投げつけて細剣から逃れ出た。

 



「・・災禍のハコよ・・我を喰らうアギトを開けっ! すべてを呪えっ!」


 苦しげに言い放った男の首をゾールが刎ね、体をヨーコの薙刀が叩き斬った。



「・・キルミス!」


 俺は楯を構えたまま声を張り上げた。



「あははは・・・カンスエルちゃんが魔封じのハコを開けちゃったぁ~・・これはもうお祭りになっちゃうなぁ~」



「どこだっ?」



「カルファルドから魔法が消えちゃうよぉ? 楽しくなっちゃうねぇ? 魔族領の境界も無くなっちゃったしねぇ?」



「・・そこか」


 俺は何も無い空間に向かって細剣の刺突を放った。



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