第186話 俺の選択

「・・まあ、こんなところか」


 小さく息をついて、俺は魔王のはこから手を放した。

 ちらと、肩越しに振り返ると、息も止まりそうな形相で、4人の少女がこちらを見つめている。


「ガオォォー・・とでも言って襲いかかれば良いのか?」


 俺は苦笑しながら声を掛けた。


「先生?」


「なんか・・大丈夫?」


 4人がきょろきょろと辺りを見回しつつ近付いて来た。


「その・・何を選んだんです?」


 リコが気遣わしげに訊いてきた。


「何も選ばなかった」


 どれも、あらためて必要になる力では無かったから。

 ただ、将来的に別の何者かが手に入れるようでは面倒になる。


「なので、中身を改変しておいた」


 誰かが規定した"遊び"に付き合う必要は無いのだ。

 今の俺なら、新しい"遊び"を生み出すことだってできる。


「・・そんなことが、出来るようになったんですか?」


「まあ、一時的に・・だろうけど。知識が増えているからな」


 俺は自分の頭を人差し指でつついて見せた。


「それって、神の?」


「別の世界・・次元の生き物が持っていた知識だ」


「聴いたら駄目なやつですよね?」


 ヨーコが訊く。


「ここでは禁忌に触れる知識もある・・かな」


「じゃあ、訊きません」



「・・・今の俺は、お前達を元の世界に帰せる」


 唐突な俺の言葉に、


「えっ!?」


 全員が弾かれたように顔を向けた。


「ただし、お前達が召喚でさらわれて来てから80年・・くらい経過した世界になるようだ」


「は、はちじゅう~・・・」


 サナエが白目をいた。


「まあ、戻るって話は無いですね」


「友達がみんな平均寿命を超えちゃってる」


 エリカが唸った。


「黙っていようと思ったけど、やっぱりな・・った以上は伝えておかないと、お前達には選ぶ自由があるんだから」


「残る自由もありますよね?」


 リコが俺の眼を見ながらたずねる。


「もちろんだ」


 俺は頷いた。


「行って戻るって、できますか?」


「どうかな・・たぶん、理屈の上ではできると思うけど・・召喚の方は偶発的な事故を利用した装置になっているから、あまり確率が良くないらしい」


 俺は腕組みをして考え込んだ。


「え?・・召喚って、事故なんですか?」


 ヨーコが眼を見開いた。


「さっき80年と言ったのは、この世界から、お前達の世界へ移動するためにかかる時間だ。本来は倍以上の時間がかかるらしいが、色々と他の技術を用いれば80年にまで短縮できる」


 ただ、不定期ながら世界と世界の距離が縮まる時がある。さらに、世界間を巡る"風"のようなものが発生し、ごく短時間での渡界が成功することがあるそうだ。


「召喚装置というのは、その風に乗って漂流している生命体を採取するための仕掛けだ。最初の頃は無作為に何でも拾っていたようだが、人間が漂着したことを切っ掛けに、人間だけを選んで採取ピッキングするように改造されたらしい」


 キルミス達による"遊び"の一環だったらしい。他にも、あの連中が造った玩具があちらこちらに遺棄されている。


 この世界、キルミスがカルファルドと呼んでいる世界は、別の世界に居る少しばかり知識の豊富な連中が遊びながら創った玩具箱のようなものだった。

 それなりに規則を設けて手出しをしないように決められているが、表立ってやっていないというだけで、キルミスのように越界してきて遊んでいる連中は他にも居るのだろう。



「先生の、その知識は時間で消えるんですか?」


 リコが訊いてきた。


「一時的に預けられているだけで、いずれは取り上げられるだろう」


 この世界にあってはならないはずの知識だ。さすがに見逃しはしないだろう。


「そうですか・・」


「まあ、生きて行く上では不必要な知識ばかりだ。無くて困ることは無い」


 無論、何かしらの抵抗はするつもりだが・・。


「・・ですよね」


「お前達を無事に元の世界に帰してやれればと思っていたんだけど・・どうも、難しそうだ」


 期待させたようで悪かったと、みんなに向かって頭を下げた。


「先生ぇ・・そんなの気にしないで良いですよぉ~」


 サナエが笑った。


「無理なら無理で・・それが分かれば良いんです」


「ちゃんと言って貰えて良かった。先生が言ってくれたから、なんか納得できました」


 エリカとリコも微笑する。


「俺としては、別の世界というのが彼方此方あちらこちらにあるという事実が驚きだった」


「あ・・そういば、先生って転生者なんでしょう? 何か思い出せました?」


 エリカがいてきた。


「ん・・ああ・・まあ、そうだな」


 途端、俺の顔に苦い笑いが浮かぶ。


「もしかして、転生者じゃなかった?」


「いや・・転生なのは間違いない。ただ・・」


 召喚装置によって採取されず、"風"に乗って漂着した末に、召喚の儀式をやった連中が、偶発的に拾い上げて、花妖精の身体に転生させるという稀有な事象の産物だった。


「なんだか難しい事になってますね」


 ヨーコがまとめる。

 言ってみれば、ごく低確率で発生した完全なる異分子である。


「まあ・・な。それも今となっては・・」


 厄災種を取り込み、薔薇ノ王となり、魔神種や天空人、黒龍・・そして、他次元の知的生命体を喰らってきた。今の姿を保っているのは、俺がこの姿のまま変わりたくなかったからだ。自分自身、今の自分が何者なのか分からなくなっている。

 目覚めて以来、神眼で自分の情報が視えなくなってしまった。


「薔薇は消えなかったが・・」


 俺は小さく愚痴を口にした。


「え?」


「いや・・さて、この場にはもう用が無い。そろそろ上に戻らないと、みんな心配しているだろう」


「そうですね」


「心配っていうかぁ・・みんな遺書とか書いてそうですけどぉ?」


「空の上の方から、ちらちら見られてるし・・先生が、これから何をしようとするのか伝えないと五月蠅うるさくなるかも」


 ヨーコが上の方を指さす。


「ただ静かに暮らしたいと言っても・・・まあ、信じて貰えないだろうな」


 俺は自分の手の平を見つめた。左手の厄災種、右手の薔薇瘡・・俺自身の特異な武技群。俺は、何者かと戦って打ち倒すために存在しているようだ。


「私達は信じますけど?」


 エリカが小首を傾げる。


「ラキンの皇太后は信じないだろう」


「あの人は、何を言っても信じないと思いますよ?」


 リコが笑った。


「でも、先生が無事な間は、ちゃんと協力してくれたし、頼み事もできそうな感じでした」


「あいつがそう言ったのか?」


 脳裏に、ラキン皇太后の顔を思い浮かべてみるが、高飛車な印象しか無く、あまり好印象は残っていない。


「それっぽいこと言ってましたよ?」


「ふうん・・」


「カンスエルという魔王の手下を誘き出してくれたりしたんですよ?」


 防戦一方なのに業を煮やして、4人で魔王の御所へ忍び込もうとした時、陽動の役を買って出てくれたのだ。まあ、結局、御所への侵入は失敗したのだが・・。


「そうか・・それは礼を言っておかないといけないな」


 何か対価を要求されそうだが、多少のことなら受け入れても良いか・・。


「アイーシャさんや・・カリーナの人達も戦ってくれています。東大陸には、かなり広範囲に魔物が溢れかえっているようですけど、神殿騎士の手に負えないほどの魔物は少ないみたいです」


 エリカが各地の概況を手短に説明してくれた。


「数が問題か」


「はい」


「神殿騎士の手に負える程度なら、工夫次第でどうにでもなるな。後は・・カンスエルが使っていたという合成体を生み出す道具を探さないといけない」


 キルミスとの約束に期限は無いが・・。俺は、あいつが口にした事を総て信じた訳じゃ無い。

 カンスエルやレイジにしても、あいつが糸を引いていたんじゃないかと疑っていた。魔王の因子がどうこうという話だって、ただの作り話かもしれない。


(・・道具というのも、カンスエルが盗んだのでは無く、キルミスが与えたという可能性だってある)


 魔王の目的が何だったのかは不明だが、世の中を混乱したさせる事には成功していた。

 各国の王国貴族は西大陸を目指して遁走している。自国に踏みとどまって魔物に抵抗しているのは、自前の騎士団や兵に自信がある武門の貴族達だろう。食糧などを少し支援すれば盛り返せるはずだ。


 問題となるのは・・。


「魔神とかを造った道具ですね?」


「形も大きさも分からないけどな・・魔神くらい、俺達にとっては問題無いけど」


 並の装備の騎士団では討伐が困難だろう。結界を張れる魔術師が居なければ、城壁くらい一撃で破られてしまう。半日足らずで城が落ちるだろう。


「あはは・・先生、普通に無理だから。魔神の前に、魔人・・それも、格無しの魔人だけでも全滅しますって」


 ヨーコが苦笑する。


「・・そうなのか?」


 魔人・・それも、盟主や狂王より弱いような奴を相手に騎士団が全滅するなど有り得るだろうか?


「そうなると、魔物の方も・・少しは間引いた方が良いのかな?」


「やった方が良いと思いますよ? 特に、パーリンス周辺とか・・この辺には、寄りつかないから良いですけど」


 リコが空中に大陸の地図を描きながら説明する。


「ふうん・・レンステッズ、パーリンスを中心に・・・ああ、ラースをその辺りで遊ばせておこうか」


 遊びついでに魔物を間引くだろう。と言うより、ラースがうろつくだけで大半の魔物は姿をくらまして近寄らなくなるはずだ。


「良いですね! ついでに、うちらの龍も遊ばせて良いですか?」


 ヨーコが眼を輝かせた。

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