第23話 護衛の依頼
「エリカ・タカナシです」
「ん?」
不意に声をかけられて、俺は月明かりで読んでいた日記から顔をあげた。航海日誌とは言い難い、絵日記のような覚え書きだった。船長室で見付けた物だ。
やや離れて座っていた少女が、こちらをじっと見つめていた。
「エリカ・タカナシです」
どうやら名乗っているらしいと気が付いた。
「シンだ」
俺も名乗った。
「シンさん・・召喚者なのですか?」
「・・いや」
「私は・・私達は召喚されました。つい最近のことです」
「最近? どこで?」
まさかカリーナ神殿だろうか。
「カリーナ神殿というところです」
「・・あの69人か」
「御存知なのですね・・・もう、みんな散り散りになりましたけど」
「そうなのか」
俺は日記へ視線を戻した。
可哀相な身の上みたいだが、俺には関係無さそうだ。みんなで頑張ってください。
「シンさんを護衛に雇うには、いくらかかりますか?」
「は・・?」
いきなりの質問に、俺は思わず声を漏らしていた。
「私達は、シンさんを護衛に雇いたいのです。幾ら必要なのか教えて下さい」
「護衛・・・なるほど」
少し楽しくなった。この目の前の少女は、なかなか面白い。
俺は日記を閉じて少女の顔を見た。
「他人の護衛をしたことが無いんだ」
「では、私達の護衛が初めてです?」
「なぜ俺を護衛に?」
「私・・いえ、私達は鑑定眼を持っているのに、シンさんの名前も見えません。私より圧倒的に強いか、私達の持っている鑑定眼より上位の技を持っているか・・その両方。私達はそう考えました」
あの人数の女子が集まっていて、意見の統一が出来たとは思えないけど・・。
「・・ふうん」
「今のままでは私達は死にます。シンさんは、明るくなったら泳いで行くつもりですよね?」
「うん、そのつもりだ」
「私達では、おそらく泳ぎ切れません。ここの海は、こう・・ぞわぞわします」
エリカという少女が闇に包まれた海を見回しながら、自分の二の腕のあたりを摩っている。
「ぞわぞわ?・・何か居るということ?」
「そう感じます」
「そうか・・」
「私は死にたくありません。向こうの世界で死期が近い者がこちらへ喚ばれたのだと言われました。けど・・それでも死にたくないんです」
「まあ・・そうだろうな」
「実地訓練で、山賊のような人達に襲われた時、私は・・私達、召喚された者だけでは生きていけないことを思い知りました」
「・・むしろ、その山賊からよく逃れられたな」
「泣いて震えて隠れていたんです。見つかりそうになって・・それでも死にたくないって必死に思っていたら・・」
少女が俺を見つめる眼差しを強くした。
次の瞬間、すうっと姿が消えた。
そして、わずかに横へ50センチほどズレて姿を現した。
どんなに素早く動いても、俺の眼は完全には誤魔化されない。残像くらいは捉えるはずだ。
「瞬間移動です」
「そう・・なんだな。初めて見た」
「この力が現れたおかげで、逃げることが出来ました」
「なるほど・・」
「ほんの短い距離しか移動できません。でも、手を繋いでいる人を一緒に運ぶことが出来ます」
「凄い能力じゃないか」
「でも・・でも、これしか無いんです。戦うと弱いんです。魔法も他の人より少なくて・・体の力も弱いんです」
「それで護衛か」
「自分が駄目なら、他の人にお願いするしかありませんから」
「そうだな」
正しい判断をしている。自分の能力を全部では無いにしろ明かしながら、俺の信用を勝ち得ようとしている。
悪くない。いや、上出来だろう。
「すまない、もう一度、名前を訊いても?」
「エリカです」
「エリカ・・報酬はいくら出せる?」
試しに訊いてみた。
「・・奴隷にされた時、私達は毒か何かで倒れていたので、自分達が幾らで売られたのかを知りません。相場はどのくらいなのでしょう?」
瞬きをしない双眸が見つめ返してくる。
「種類によるらしい」
「種類?」
「労働奴隷、戦闘奴隷、性奴隷・・それら全てをやる奴隷」
売買したことが無いので相場は分からないが・・。
「私達は、繁殖のために買い集められたと聞かされました」
「繁殖?性奴隷では無く?」
「召喚勇者の子孫を産ませて、その子供達を売るんだそうです」
「・・・そんな商売があるのか!」
俺は感嘆した。凄い事を思い付く奴がいるものだ。付加価値というのだろうか。ただの小娘では無く、勇者を産める小娘として売ることが出来るわけだ。
「一度は消えた能力でしたが、ある日、いきなり戻って来ました。それで機会を見付けて逃げだそうと考えていたんです。でも、首につけられた呪具が邪魔して・・」
「ああ、能力が・・」
この子達に毒を盛ったのも、ヨシマサとマサミだったらしい。あの二人は瞬間移動をやらなかったが・・?
「話を戻そうか。幾らで雇う?」
俺が訊ねると、エリカはやや俯いて考え込んだ。
払いを渋るというより、妥当な金額が分からずに言い出しかねている・・といった感じだろう。
「・・すまないが」
俺は立ち上がった。
「船室へ戻っていてくれるか」
「ぇ・・と、あっ・・これって」
エリカが、青ざめた顔で船の周囲を忙しく見回し、何やら謝罪を口にしながら消えて行った。
大量の気配が周囲から押し寄せて来ていた。
神眼・双・・。
闇を見透かすように眼を細めながら、俺は神眼を起こした。
(半魚人・・初めてだな)
微妙に呼称は異なるが、半魚人と海蛇が群がってきていた。神眼・双の視界いっぱいを押し包むほどの大群だった。
鎖帷子を頭からかぶって両脇のベルトで絞る。その上から胸甲を着け、背を護る厚地の短マントを羽織って留め、長靴の上から脛当てを、頭に兜をかぶって顎紐を絞めた。最後に両手に金属籠手をはめる。
左手にはリアンナ女史から贈られた小楯を、右手には細剣を握って夜闇を迫る気配を見回しながら跳ねていた兜の面頬を下ろした。
面頬が鳴らした小さな金属音が猛る気持ちをわずかに抑えてくれる。
船ごと突き崩されれば足場を失って苦戦することになるだろう。
俺が半魚人なら、それをやる。
(・・来たか)
船縁に長い鉤爪の生えた腕が見えたと思った直後、小さな水音をあげて怪異な巨体が船上へと躍り上がってきた。
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