第22話 解呪と漂流
「ありがとうございました!」
少女達が俺の前に勢揃いして頭をさげていた。
「まあ・・良かったな」
俺は歯切れ悪く言って、手元に残った手鏡だった品を眺めた。
あろうことか、ちょうど全員の解呪を終えた時に、小さな破砕音と共に壊れてしまったのだ。そう、壊れてしまったのだ。粉々になって壊れてしまったのだ!
(こいつら全員を売り飛ばすより高値がついたかもしれないのに・・)
悔やんでも悔やみきれない。
(・・直らないよなぁ?)
俺は柄だけになった手鏡を手に嘆息しつつ夜闇に沈んだ海原を見回した。
漕ぎ手の奴隷達は休ませている。どこへ向かっているのか分からないのに漕げというのはちょっと残酷だろう。
「あ、あの・・」
なにか切羽詰まった感じで少女が声をかけてきた。
「・・なに?」
「この船はどこへ向かっているのですか?」
「知らない」
「・・えと、それはどういう?」
「俺、密航していただけだから、何処へ向かっていたのか知らないんだ。余所者だし、地名を聴いても分からないしね」
嘘偽り無く、俺はただの密航者だ。
「じゃあ、この船って漂流してるの? どうなるの、これから?」
別の少女が騒ぎ始める。たちまち、他の少女達まで不安の声を漏らし始めた。
「死ぬんじゃないかな」
俺はにこやかに伝えた。
生きている間に陸地へ着かなければ死ぬということだ。死ねば、それでお終いだ。
「じょ、冗談じゃないわよっ!」
一人が金切り声をあげる。
「操舵輪はあそこ。回せば船の向きが変わる。今は流されているのかどうか分からないけど・・朝になったら、下の奴隷に言って漕いで貰えば速く進むよ」
俺はざっと船の仕組みを説明して、後は少女達に任せて船室へと入った。
いい加減腹が減っていた。
船がどうとか、この先がぁ・・とか、今はどうでも良い。
まずは何かを食べないと体がもたない。
少女同士で何やら口論っぽく騒ぎ始めたのを良いことに、俺は船長室に立てこもって扉を閉めた。きちんと内から鍵をかけてから、収納から干し肉を取り出して囓り囓り、真水を満たした樽を取り出して喉を潤した。
船には、調理をするような場所は無かった。
案外、陸地に近いところで、仕事をやっていたんじゃないかと思う。
まあ、今は潮流なんかに流されて、とんでもなく沖に出たのかもしれないけど・・。
塩からい干し肉でも、食べないよりマシだ。
俺は本を取り出して、適当に頁をめくりながら、肉の味が出尽くすまで、じっくりと噛み続けた。それから乾燥果実だ。これには、少し砂糖をつけてみた。
(魔法について書いてあるんだろうけど・・半分も読めないな)
残念ながら、俺の知識では理解は困難だった。
指を舐め舐め、次の乾燥果実を摘まもうとした時、
「すいません!」
扉が外から叩かれた。
「・・はい?」
俺は扉越に返事をした。正直、相手をするのが面倒である。
少女達で好きに操船するなり、海に飛び込むなりしてくれれば良いのに・・。
「飲み水を分けて頂けないでしょうか」
「御免なさい」
俺は即座に断った。
すぐに、扉の外で、ぎゃーぎゃーと興奮した抗議の声があがる。
(こいつら馬鹿か? 何様のつもりで要求とかしてるんだ?)
海上での真水は一口で金貨が動くほどの価値がある。対価も提示せずに何のつもりだろうか。漂流しているのは俺も一緒だ。金貨を積んでも飲み水は手に入らないというのに・・。貴族だって、もっと遠慮するだろう。
俺は顔をしかめながら、水樽を収納した。もちろん、干し肉や乾燥果実も収納した。
扉を蹴破ってきそうな雰囲気である。
「あのっ、私達本当に困ってて、水と食べ物が欲しいんです!」
扉越しに、恐ろしい要求をしてきた。
水だけでも吃驚なのに、食べ物までっ!? なんて強欲なんだ!
「海には魚がいるんじゃないかな」
俺は穏やかに助言した。
こいつら、被害者のような顔をして繋がれていたが、もしかしたら夜盗や山賊の類いかもしれない。性奴隷かと思ったら、犯罪奴隷だったのか!?
「魚なんて・・どうやって取ったら良いんですかっ? 道具がありますか?」
「さあ、船だし、どっかにあるんじゃない?」
面倒臭くなってきたので、適当に答えながら俺は寝台に横になった。
短剣を握ったまま静かに眠りについた。
しかし、すぐに扉を叩く音で起こされた。
「釣り具とか・・網も無くって、どうしたら良いですかっ?」
「もう・・寝たら良いんじゃない?」
その内、冷たくなったら海鳥が食べに来てくれるでしょ・・。
俺は欠伸混じりに答えて、再び眠りに落ちていった。
その時、とてつもない揺れがきた。
扉の外に集まっていたらしい少女達が悲鳴をあげる。
俺は大急ぎで収納から楯と細剣を取り出して装備した。念の為、兜だけはかぶって、床に屈みながら船の揺れに気を配った。
急いで扉を開けて、跳ね転がっている少女達の間を駆け抜け下甲板へと飛び出す。
「ぉ・・」
目の前に陸地があった。というか、陸地の周辺にある海中から突き出た岩に、船が乗り上げていた。いわゆる座礁というやつだ。
暗いが、俺の眼には白波の合間に突き出たゴツゴツした岩が無数に見えている。陸地はすぐそこだが、ここで海に入ると波に揉まれて岩で擦り潰される。沈むぎりぎりまで船上で粘って、明るくなるのを待ってから、潮止まりを狙って飛び込む・・。
(それしかないかな)
距離にして、わずか1キロメートル程度だ。岩に打ち寄せる潮さえ気をつければ問題なく泳げるだろう。
「これ、奴隷達が危ないな」
俺は甲板下を覗いて、すぐに下へ飛び降りた。大量に浸水してきて、鎖で繋がれたままの奴隷達が溺れかかっていた。俺は、大急ぎで短剣を使って鎖を断ち切って回った。
「自由だっ! 好きにしろ!」
大声で叫んで聴かせながら、次々に鎖から解放していく。
何人かはすでに溺れ死んでいたが、50名近い奴隷の内、38名は無事に解放できた。
「とりあえず、甲板の上にあがった方が良い。まあ・・死ぬのも自由だけどな」
俺は、怪我をした男達を甲板の上に連れてあがった。続いて、自由になった男達の内、何人かが上へとよじ登り始めた。
いつ沈み始めるか分からない。
このまま、甲板に出ていた方が良さそうだ。
俺は、高櫓へと登った。変に舵が動いては具合が悪いので、止め具を差し込んで固定しておく。
どうやら少女達は俺に代わって船長室のある船室区に立てこもったらしく、内から扉を閉めていた。
沈没すれば船もろともだが、今、解き放った奴隷の男達から身を護ることを考えれば適切かもしれない。繋がれていた奴隷達が人格者とは限らないのだから・・。
見ていると、男達は泳ぎに自信があるのか、次々に船縁から海中へと飛び込んでいた。すぐに浮かび上がって抜き手をきって陸地めざして泳ぎ去っていく。元船乗りなのかもしれない。なかなかの泳ぎ達者だった。
だが、すぐに思った方向に泳げなくなり、斜めに流されながら波が激しく打ち付ける岩礁帯へと吸い込まれていった。櫛の歯のように岩が突き出した場所があり、その辺りだけ潮が速さを増して流れ込んでいくのだ。あの急流に乗ったらもう戻れない。
それでも、俺が数えただけで6人が激しい流れを脱して陸へと泳ぎ去って行った。
(長く繋がれていたんだろうに・・案外、体力が残ってたんだな)
俺は感心しながら、下甲板を見回した。
あれだけ居て、誰1人として船には残らなかった。実に潔い。
(まだ三時間くらいあるか)
俺は月を探して日の出までの時間を確認した。
干し肉でも囓ろうかと収納へ手を入れかけて、ふと気配に気付いて振り向いた。
そこに、少女が立っていた。
十四、五歳くらいの整った顔に、切れの長い双眸が硬く張り詰めたように見開かれている。
「驚いた。気付かなかったな・・」
まるで気配に気付けなかった。最近では、滅多に無いことだった。
「沈みそうなので、高いところに居させて下さい」
少女が睨むように俺を見たまま言った。
「ああ、どうぞ」
俺は頷いた。
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