第21話 奴隷少女達
「まさかね・・」
そう、まさかなのだった。
死人のような眼をしていた少女達が、どういうわけか海賊達の船へと移動していた。
全員である。
(・・有り得ないだろう)
俺は船倉から助け出した少女を肩に担いだまま、どうしたものかと、居並んだ少女達を見回した。7人全員が燃える船から、海賊船の方へ移って来ていた。
相変わらず、眼は死んでいる。
およそ生き残ろうとか、そういう希望など消え失せた瞳ばかりだ。
なのに、燃えて沈む船から、まだ無事な海賊船の方へと移動して来ている。
「・・なんか不気味だけど・・まあいい。その辺に座っててくれ。揺れて海に落ちたら拾えないから」
少女達に声をかけて、俺は担いでいた少女を甲板に下ろした。取り急ぎ、甲板下にいる奴隷達に船を漕いで貰わないと、燃えている船の沈没に巻き込まれそうだ。
俺は下甲板に開いている出入り口から下を覗き込んだ。
ぼんやりとした眼で奴隷達が見上げていた。
「後ろにさがりたいんだけど」
反応が無い。
「後ろだ」
俺は少し声を大きくして言った。
それで、ようやく伝わったのか、のろのろと体を移動させて櫂を動かし始めた。
軽く船全体が震動し、少しすると移動している感じが伝わり始める。
燃えている船との距離が徐々に広がり始めた。
海面を覗き込んだが、こちらの船首は少し焦げた程度で気になるような傷みは見られなかった。
(後は、川船といっしょだろ?)
俺は高櫓にある操舵輪へと駆け寄ると、ゆっくりと回して、舵の効きを確かめてみた。少し回したくらいでは今ひとつ効果が感じられない。
(もう少し大きく?)
舵輪をくるくると回してみる。途端、船全体を軋ませるような震動があって、船尾を振るようにして船が弧を描き始めた。
(ぉ・・いけた。でも、ちょっと大きく動かし過ぎだな)
俺は大急ぎで、甲板下の出入り口まで走った。なにしろ、伝令役がいない。下の奴隷達にやらせたいことは自分で走って行って伝えないといけなかった。
「前だっ!前、前っ!ゆっくりで良いから!」
大声で指示をして、そのまま高櫓へと駆け戻る。
待つことしばし・・。
船が前へと進み始めた。
俺は舵輪を回して、とりあえず燃えている船から離れた。
(方角がまるっきり分からないんだけど・・)
船乗りは太陽とか色々な位置を見れば船の向きが分かるとか何とか・・。
俺だって、太陽の位置くらいは分かる。
ただ、どこを向いてどう進んでいるのかとか、まったく見当もつかなかった。どちらの方角に進めば陸地があるのか知らないのだ。右を向いても左を向いても果てしない大海原である。島影も見当たらないし、海鳥も飛んでいない。星が見えるようになるには、あと数時間かかるだろうか・・。
そもそも、どこの港から、どちらを向いて出航したのかすら分かっていなかった。
(困ったな・・)
とりあえず、どちらに向かって進んでも同じなので、俺は操舵輪に止め具を引っ掛けて回らないようにすると、高櫓の手すりを蹴って下甲板にいる少女達の前に飛び降りた。
(船長室を探せば海図の1枚くらいあるだろ?)
俺は下甲板から入れる船室へと向かった。が、すぐに思い返して、少女達のところへ戻ると、短剣を使って手枷を叩き斬って回った。最後に、船倉で助けた少女の手枷を切って壊すと、俺はそのまま声も掛けずに船室へと向かった。
心が壊れた人間相手にお話しをしている場合では無い。
取りあえずの安全を確保できたら声をかけて反応を見てみるつもりだった。
たいして大きな船じゃない。
船長室らしい部屋はすぐに分かった。
(あった)
海図は机に拡げて置いてあった。古びて擦り切れたような表面だが、なんとか読める。
(これだけじゃ分からないな)
地図上には大陸の海岸線らしい境界線が引いてあり、何カ所か印がつけてある。
そのどれかが港町で、どれかは、こいつらの寄港する港なのだろう。
・・が、
薄汚れた羊皮紙の、ほぼ中央を上から下にかけて波打った境界線で区切ってあるだけの地図だ。その境界線のどっちが陸地なのか、海なのか・・それすらもはっきりしない。
そして、今、どこに浮かんでいるのかさっぱりだ。
なので、地図を見ても、どうにもならない・・ということが分かった。
(海賊のくせに、本があるのか)
作り付けの小さな書棚だったが、分厚い本が五冊並べられていた。手に取って見ると、魔法に関する本ばかりである。
(魔法使いなんか居たか?)
気付かない内に斃してしまったのだろうか?魔法が使えない人間が読んだところで、意味不明の怪しげな模様やら図形ばかりが描いてある。本・・それも魔法の書は物凄く高価だ。まさか原書では無いだろうが、写本であっても金貨数枚にはなる。
(他には・・)
宝石のついた短刀、金貨が詰まった金箱、宝飾品が詰まった木箱、それと魔導具らしい手鏡のような物が見つかった。あとは、殴り書いたような書き付けが数枚・・これらも収納する。
船長室を出ると、隣の部屋へと入った。
こちらは酒や煙草、塩、胡椒、砂糖、乾燥果実が棚に並んでいた。
さらに隣の部屋には、剣、短槍、弓・・と武器庫になっていて、通路を挟んで向かいの部屋には革製の防具が転がっていた。棚に整然と積まれていたのは、芯棒へ巻き付けた色々な種類の布地だった。
(結構な実入りになったかな)
根こそぎ収納して、俺は少し満足した。
あとは、どこでも良いので陸地へ辿り着けば・・。
(・・ここも、部屋?)
俺はふと足を止めて、人が出入りするには狭い扉を見つめた。ここに入って来た時に、下甲板からの扉裏になっていて気が付かなかったが・・。
(納戸かな?)
ちょっとした物入れかもしれない。
俺は短剣を隙間へ入れて掛け鍵を跳ね上げた。
(へぇ・・)
並べられていたのは、魔法用の杖や錫杖だった。
どうやら、本当に魔法使いが乗船していたらしい。ちゃんと魔法が使えるのなら、黙っていても貴族が召し抱えてくれるだろうに、どうしてわざわざ海賊なんかをやっていたのだろう。
(魔法使い?)
どう考えても、それらしい奴が思い出せない。
蛮声をあげて斬り込んでいた連中では無いだろう。帆柱の見張りも違うと思う。
船長・・は、もしかしたら魔法の一つ二つ使えたのかもしれないが、それにしては杖の本数が多い。こんな下甲板付近に収納しているのも変だ。
船長と一緒に居た老人は、操舵手のようだったし・・。
(・・もしかして?)
俺は甲板下で最初に斃した連中のことを思い出した。
杖と錫杖、魔導具っぽい珠をが付いた板きれを収納しつつ、足早に甲板に戻って海の上を見回す。
今のところ何も無い。
俺は甲板下へと飛び降りた。あの臭いに意識が飛びそうになったが、ぐっと踏みとどまって、息絶えた男達の装備品をたしかめる。
驚いたことに、四人が四人とも魔法使いらしい。治癒の魔法でも使ったのか、瀕死のままギリギリで息をしていた。どう頑張っても、もう助からないだろうに・・。
どの程度の魔法使いだったのかは知らないが、こんな強烈に臭う船倉で働く魔法使いとか聴いたことが無い。もう少し、優雅な暮らしができるはずだ。
そう思った俺だったが、ふと四人の男達に黒い首飾りがついていることに気が付いた。銀の細鎖で、一見すると装飾品のように見えたが・・。
(呪い・・?)
神眼・双が鑑定をしてくれた。
呪法具の一種らしい。込められている呪術は"隷属"だ。
(なるほどな・・)
すると、この奴隷にした魔法使い達を、船長あたりが操っていたということか。
神眼・双を使って念入りに呪法具を調べてから、試しに引きちぎってみた。
呪術が発動した気配があって、細鎖を中心に黒々とした煙のようなものが噴き出し、男の顔が溶解して崩れてしまった。
(毒や酸じゃないな)
触れたはずの俺の指は何ともなかった。対象者を限定した呪術らしい。
(聖を付与してみるか?)
次の男の首飾りは、聖と光を付与した短剣で切ってきた。
しかし、同じように呪法が発動して、やっぱり男の首から上が溶解してしまった。
(船長室にあった本か)
あれに何か記載があるのだろう。
俺は、残る二人を甲板上まで担ぎ上げた。そのまま高櫓まで引きずりあげる。
色々試すにしても、船倉の悪臭の中ではきつい。船長室に引き籠もると、見張りがおろそかになる。
舵輪の近くで、ちらちら海原を眺めながら、呪法具弄りをやることにした。
「・・って、いきなり書いてある」
船長室にあった日記のようなものに、たぶん何かの本の写しだろう、呪法具について覚え書きのように記してあった。思ったより単純な仕組みらしい。呪法そのものを仕込むのは大変だし、呪法具そのものを解呪するための魔法もそれなりの使い手にしか操れないそうだ。しかし、裏技として、呪いを解くための魔導具があったのだ。
それが、
(これか・・)
船長室で見付けた手鏡のような魔導具である。
収納から魔導具を取り出して、とりあえず日記に書いてあるように、呪法具の方へ鏡面を向けて近づけてみる。首飾りから例の黒いものが噴き出すこと無く、乾いた音をたてて首飾りが切れて落ちた。
(・・なるほど)
神眼・双で手鏡のような魔導具を鑑定する。解呪では無く、破邪の手鏡という名称だった。古びて汚れていたが、結構値打ち物かもしれない。
俺は、二人の魔法使いを海へ落とした。
(ん・・?)
俺は下甲板の上で呆然と立ったままの少女達を見た。
あの感情の抜け落ちた感じは、隷属の呪いなのだろうか?
(鏡で解呪するか? でもなぁ・・)
万が一、手鏡が壊れたりしたら、非常に勿体ない。
それに、全員を解呪できずに、途中で壊れたりしたら、それはそれで鬱陶しい騒ぎになりそうだ。
俺は、ちらりと大海原を見た。
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