第20話 密航、そして・・・。
俺は、密航していた。
気が付くと、甲板の上で鐘の音が賑やかに鳴っていた。
うつらうつらと居眠りをしていたので、最初は何の事やら気付かなかったが、ややあって船が見えたという合図だと分かった。
手漕ぎの大櫂が両舷に二十五本ずつ伸びている戦船だ。海上で目立つ帆はとっくに下ろされ、甲板下にいる奴隷達が号令に合わせて懸命に櫂を動かし始めた。船首には海中に突き出すように尖角が取り付けてあり、正面からぶつけて相手の船に突き立てることで相手の船へ乗り込みやすくし、離脱するときには相手の船は穴から大量に浸水するという仕組みだ。
ロンダスの街を出てから、なるべく人目につかないように痕跡を断つため、鋼毛熊のいる山奥に3ヶ月間引き籠もった。それから、人里に寄り付かないよう大きく山野を歩いて西南の沿海州へ抜け、海賊を生業にしている連中の船を見付けて忍び込んだ。
そして、今は長い木箱の中に隠れて横になっている。
見つかったら見つかった時で、ひと暴れするつもりだから緊張も何も無い。
(・・わっ!?)
欠伸を噛み殺していたら、いきなりガツン・・と激しい衝撃がきた。船同士がぶつかったらしい。
「漕ぎ止めっ!」
「右舷、漕ぎ前っ!」
「左舷、漕ぎ逆っ!」
怒鳴り声が甲板下の漕ぎ手達に浴びせられる。わずかな間を置いて、船が向きを変え始めたようだった。
「魔導師がいやがるっ! 火を消せぇーーーっ!」
上の方で、怒鳴り声が賑やかになった。
何かが焼ける臭いが漂い始め、俺は少々不安になってきた。
ここがどの辺りか全く分からない。沈むのは勘弁して欲しい。
「火矢は帆を狙え!」
「右舷、漕ぎ止めぇーー!」
声が聞こえたと思ったら、再び、重たい震動がきた。
どうやら、船体をぶつけているようだ。
「食い込んだっ! 行けるぜっ!」
興奮した男の声に、数人が歓声をあげたようだ。
「斬り込めっ!」
野太い声が響き、男達が口々におらびながら走り始めた。
相手側の船に殺到しているらしく、剣撃のような金属音や怒声、罵声、悲鳴が交錯する。
俺はそろりと木箱の蓋を持ち上げ、隙間から周囲を見回した。
途端、奴隷達の凄まじい体臭が濁流のように流れ込んできて眼をぎゅっと閉じた。
正直、きつかった。
(悪臭耐性あるんだけどな・・)
泣きそうになりながら、号令役の男達の位置を確かめる。
丁度、お誂え向きに、俺が潜んでいる長箱から5メートルほどの所に集まって、上甲板に登るかどうかの相談を始めた。
するりと箱から抜け出すなり、喉、胸、腹の三点突きで、四人の垢だらけの男達を仕留めた。倒れるのをそのままに、甲板上に伸びる縄梯子をするすると登る。
どうやら圧しているらしい。こっちの船の男達は大興奮で声を張り上げ、相手側の船へと鉤の付いた縄を投げたり、どこを狙っているのか矢を射かけたり、忙しくやっていた。
当たり前と言えば当たり前だが、ほぼ全員が相手側の船を注視している。
なので、俺は甲板上に出ると、逆側の船縁へと移動し、男達の視界の外を素早く走って舵取りの居る高櫓によじ登った。
船を見下ろすように船尾に作られた高櫓には、毛むくじゃらの巨漢と歳をとった巨漢がいた。
俺は、斜め後ろから延髄、心の臓、脇腹を貫き徹して二人を斃した。
高価そうな短剣を腰帯ごと抜き取り、死体を海へ放り込む。
(・・う~ん、あっちは燃えてるなぁ)
帆が焼かれたのは仕方無いだろうが、帆柱にまで火が燃え移っていた。
どうも、相手側の方が劣勢らしい。
(・・・見張りか)
ちらと振り仰ぐと、こちらの帆柱のてっぺんに、見張り役らしい男がしがみついている。戦いを見守るのに夢中で、真下で行われた俺の所業には気付いていないらしい。
俺は狩弓に毒矢をつがえて、見張りの男を射抜いた。腰に落下止めの縄を回していたらしい。宙づりになってしまった。
(今から助勢してもな・・あっちの船は沈みそうだし・・海賊の一味に間違われるのがおちだろう)
そうは思うのだが、
(まあ、放って置くと何か寝覚めが悪くなりそうだ)
俺は相手側の船の様子を眺めながら溜息をついた。
ほぼ征圧されたらしく、甲板の上に戦利品が運び上げられている。その中に何人かの少女の姿があった。興奮する海賊達にその場で犯されなかったのは、船が沈みそうになっていたからか・・。
甲板上で殺害された中にも少女が混じっていたようだが、いったいどういう船なのか。
「お頭ぁーーーっ!」
相手の船に乗り込んでいた男達が、俺が立っている高櫓に向かって手を振った。
操船して互いの船を横並びにしないと、強奪した品が積み込めない。そういう合図なんだろう。
「お頭は死にましたよっ・・と」
俺は狩弓を引き絞って矢を放った。
三人、四人と射倒したところで、ようやく男達が騒ぎ出した。
何が起きたのか、やっと理解できたのだ。
相手の船の横腹へ、船首下に取り付けた杭を突き刺すようにしてぶつかっている。乗り込んだ男達がこちらに戻るためには、またその船首からよじ登るしかない。
その船首に俺が立ち塞がっていた。
慌てて戻ってこようとする男達を細剣の一突きで斃して海へと落とす。
「悪いがそのまま沈んでくれ」
「ふ・・ふざけんなっ! てめぇ、何者だっ!」
「そっちの船は沈む。こちらは沈まない。そして、あんたらは戻れない。後は泳ぐしかないね?」
俺は細剣を舞わせて、投げつけられた手斧を巻き落とした。
「後、どのくらい浮いているかな?」
正直、船といえば川船くらいしか乗ったことが無いので良く分からない。
俺は、狩弓に矢をつがえて、男達を狙い打ちにしていった。
「や・・やめろっ」
「てめぇっ、きたねぇぞっ!」
危うく毒矢を避けた男達が罵声を浴びせてくる。だが、わずか15メートルほどから射かけたのだ。避けたと言っても掠り傷は負っている。そして、わずかな掠り傷が致命傷になるのだった。
怒声を張り上げようとしていた男達が相次いで血泡を吹きながら甲板に転がって痙攣を始めた。
さらに、一人、二人と矢で傷を与えていく。
その頃になってようやく理解が及んだ男達が大慌てで物陰を探して視線を左右させた。
ただの矢では無く、毒矢だと気が付いたのだ。
だが、もう帆柱すら燃えている。船に長居はできない。
もしも、矢から逃れられるとすれば、海にでも飛び込むしかない。
「お・・女を楯にしろっ!」
残った13人の男達が血走った眼で、戦利品である少女達を見た。悲鳴をあげる気力すら失って喪心したような少女達に、男達が我先に群がって乱暴に引きずり起こし、自分達の前に並べようとし始める。
「まあ、それしか無いよな」
男達が揃いも揃って女達へ視線を向けた隙に、俺は船に乗り移って背後へ回り込んでいた。
「・・げっ」
俺の声に振り向いた男が喉、胸、腹の三点を刺し貫かれ、踊るように手足を回しながら斃れ伏した。
そのまま、残る男達に何もさせずに仕留めた。
そして、男達が船倉から担ぎ上げていた品々をまとめて収納していった。我ながら実に手際が良い。ほんの数秒間の出来事である。
(さてと・・)
ここまでは良い。簡単な流れ作業だ。
問題は、この少女達・・・いや、よく見れば、ずいぶんと若い、痩せた少女ばかり7人だった。首輪をつけられ、手には木製の枷がつけられている。
「奴隷かぁ・・・う~ん」
意思の無い抜け殻のような顔をしている。これは泳げないだろう。
自分で動けないなら死ぬしか無い。
「一応言っておくけど・・助かりたいなら、あっちの海賊船に行った方が良い。こっちの船はもうすぐ沈むよ」
喪心しているようだし、無駄だろうと思いながらも、ひと声かけておいた。
俺は取りこぼしが無いか確かめるために、黒煙が噴き上がり始めた船倉へと降りた。そのまま忙しく見て回りつつ、気になる品は片っ端から収納していった。
そう、目指せ四千龍貨だ。海賊船を狙って潜り込んでいたのも、海賊が貯め込んでいるだろう財貨を奪う目的だった。この展開は予想外だったけど・・。
金になりそうな物は根こそぎ貰っていく。放っておけば海に沈んでゴミになるのだ。遠慮は無用だった。
(・・こんなところか)
そろそろ危ない感じだ。
俺は、燃え盛る炎を突き破って走りながら、上甲板めがけて急いだ。
その時、
「・・けて」
どこからか、か細い声が聞こえた。
女の声だ。
「助けて・・」
(どこだ?)
俺は大急ぎで周囲を確認した。意識を集中して神眼・双で探る。
崩れ落ちた甲板の下に少女が倒れていた。他の少女と同じように、首輪をつけられ、手枷がはまっていたが、必死にもがいて抜け出そうとしている。
(意思があるなら・・)
助けても良いかもしれない。
俺は分厚い板を持ち上げて少女を引きずり出すと、荷物のように肩に担ぎ上げ、上甲板へと駆け上がっていった。
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