第19話 報告と旅立ち
「銀狼を仕留めましたか」
簡単な俺の報告を聴いて、リアンナが言った。
「銀狼?」
「魔人がいませんでしたか?」
「・・ああ、頭が犬になったやつですか?」
ひたすら素早いだけの犬頭の魔人だ。細剣技で倒れてからは哀れなくらい一方的な状態だった。あれが、銀狼なのだろうか?
「ええ、それです」
「仕留めました」
「石は?」
血魂石のことだろう。
「貫いたら、マンドラゴラみたいな悲鳴をあげて粉になりました」
俺は小さな瓶に入れた砂鉄のような粉を取り出して見せた。
「見事です。あの銀狼は逃げ足が速くて鬱陶しいのです。なかなか近付いてこない上に、こちらを見付けると直ぐ逃げ出す臆病者です。あれを仕留めた功績はとても大きい」
珍しく、リアンナ女史が手放しで褒めてくれた。
「そういうわけで、ドージェスとロートレン・・隣国の辺境伯ですか、その辺りから売られた喧嘩を買ったので、少し町を離れようかと思います」
「それが良いでしょう。行く先は決めましたか?」
「それは・・」
俺は、少し離れた場所で長椅子に座っている筋肉ダルマを横目に見た。
あいつが居る場所で喋るわけにはいかない。
「なら、これを」
「手紙でしょうか?」
「使うも使わないも、貴方が決めなさい」
「・・分かりました。ありがとうございます」
どうやら何らかの書状を準備してあったらしい。さすがのリアンナ女史である。
中を確かめたいところだが・・。
「しかし、あの銀狼を殺れるなら・・」
リアンナ女史が切れの長い目で、筋肉ダルマを捉えた。背中を向けているくせに、しっかり聞き耳を立てている。その筋肉隆々たる逞しい背中が、女帝の視線を感じてびくりと縮むように痙攣した。
「ああ・・」
俺も、筋肉ダルマを見た。
いつも五月蠅いのに、今日はえらく静かにしている。
行きがけの駄賃に、始末しておいた方が良いだろうか?
「二、三年は寝込むくらいまで追い込めるでしょう」
「まだ、そのくらいですか」
俺は自分にがっかりした。本当にがっかりした。
無駄に頑丈な筋肉ダルマめ・・。
だけど、二年も寝込ませることができれば、世の平和のためには良いのかもしれない。
「貴方が旅に出ることは、アマンダに伝えておきます。冒険者協会として、ドージェス・ゴードンの町で起きた全てのこと、および先日の山での狂乱騒動は身を護るための正当な防衛行為として認めます。正式な証紙はこれに・・」
リアンナの美しい署名がされた書状の向きを変えて俺に読ませ、それを畳んで蜜蝋で封印する。
辺境にあって、これ以上の効力がある文書は無いのだ。
この一通の書面で、俺の無罪は確定である。
「感謝します」
俺は深々と頭をさげた。
「その・・」
「なんですか?」
「ええと・・・つまらない物ですけど、これを」
俺は布の包みを差し出した。
「・・開けても?」
「はい」
頷いた俺の顔を不思議そうに見ながら、リアンナ女史が布の口紐を解いて中身を取り出した。金というより真鍮に近い色合いの金属を透かし彫りにした笄で、茨の蔦のような模様の合間に青い石が小さな薔薇のようにちりばめてある。
「・・シン君?」
リアンナ女史が繊麗な彫金の笄を手に俺を見つめた。
「盗品とかじゃないです。ちゃんと素材から集めて、自分で彫りました。ええと・・たぶん、この街には戻れないと思うので、なにか・・形にしておきたいと思ったんです。リアンナさん、これまで本当にお世話になりました」
俺は真摯な感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げた。
金品の贈り物はもとより、宝飾品の数々を一切受け取らず、あっさり鋳つぶすことで有名な女帝である。ただ、とにかく何か御礼がしたかった。元々は、自分の細剣を飾り付けるために覚えた彫金細工だったが・・。
このまま、ゴミ箱に放り込まれても文句を言うつもりは無かった。
しかし、
「ありがとう。シン君・・」
思いの他、素直な礼の言葉と共に受け取ってもらえた。
「護符になっているのね」
さすがリアンナ女史である。一目で見抜いたらしい。
「聖と光がこう・・循環しているお守りです。練度が低いので、効果は気休め程度ですけど・・」
彫金の細工物としては、会心の逸品だと思う。
「とても綺麗・・大切にしますね」
リアンナ女史に御礼を言われて、俺は照れて視線を伏せた。
「これほどの物・・手紙一枚では釣り合いませんね」
そう前置いて、リアンナ女史が立ち上がった。
すらりとした優美な肢体は、優に俺より頭二つ分くらい丈高い。
「今の貴方には少し早い・・・でも、これほど見事な護符を見せられてはね」
そう呟くように言ったかと思うと、リアンナ女史がすっと手を振るようにした。
途端、どこからともなく、飾り気の無い青銅のような質感の小さな方形楯が現れた。
(・・収納魔法っ!?)
瞠目して言葉を失った俺に、リアンナ女史が小さな方形楯を差し出した。
こんな身近に、収納魔法の使い手が居たとは・・。
「これは・・?」
俺は動揺しつつ、小さな方形楯を受け取ってみた。思ったほど重くない。裏側にある腕通しに手を差し入れ、取っ手のような握りを掴む。
「ぁあ・・これ、凄いですね」
俺は楯から流れ込むような力を感じていた。
「盗品ではありませんよ? 以前、旅をしていた時に、大きなトカゲから貰った品です。楯を使わないので、わたしが持っていても死蔵になってしまいますから。シン君にあげましょう」
さっき言った俺の台詞を踏襲するように言って、リアンナ女史が証書のようなものを手早く書き上げてくれた。
「素直に嬉しいです!ありがとうございます!」
「出所をとやかくいう者がいれば、わたしからの貰ったものだと答えなさい。こちらで対応します」
出所にいわくのある品なのだろうか?
「なんか凄い品なんですね?」
「凄いかどうか・・わたしは使ったことが無いので評価ができません」
リアンナは大鎌や双刀を好んで使う魔導師だ。そう・・魔導師だ。魔導師なのだが、素手で、そこにいる筋肉ダルマを粉砕する・・というより、素で筋肉ダルマよりも腕力がある。とっても危ない人なのだ。
「楯はそれで良いにしても・・細剣は耐久性に劣る武器です。魔法が付与された品など、よりよい物を探した方が良いでしょう。結局、それが節約につながります」
折れやすいからと予備を用意するというのは間違いじゃありませんが、そのままでは芸がありませんよ?・・と含みのある言い方をされた。
「確かに・・その通りだと痛感しました」
実際、何本も予備剣を用意して、しかも使い果たしている。ひどい出費になった。
「法外な値を取りますが、間違いの無い品を扱っている店があります。紹介状を書いておきましょう。必要に感じたのなら行ってみなさい」
「・・おいくらぐらいの店です?」
「最低でも、五百龍貨。ほどほどの品が四千龍貨ほどです」
リアンナが眼だけで笑った。
「・・・はは・・精進します」
俺は頬を引き攣らせながら頭を掻いた。
一龍貨で、街の武具屋で一番良い剣が五百本近く買えるのだ。
先ほど贈った彫金細工が今更ながらに恥ずかしくなってくる。細工の出来栄えには自信があるが、市場の価値で測ると・・。
(先は長いな・・)
悔しいような嬉しいような・・。
リアンナ女史に見送られて、俺は手を振り振り冒険者協会から旅立った。
この時、その様子を遠巻きに見守っていた大勢の冒険者が、驚きに眼を剥いて声を失ったそうだ。
女帝が優しげな表情で微笑んでいたらしい
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