第128話 リュンカ

「王子っ! 前に出過ぎですっ!」


 鋭く声をかけ、真っ赤な髪をした獣人の女戦士が前に身を投げ出すようにして吹き付けてきた火炎を浴びた。


「リュンカ!?」


 慌てた声をあげたのはラオンである。

 火だるまになった獣人の女戦士が、自ら地面を転がって火を消す。


「王子をお守りしろっ!」


 焼けた肌身に構わず、リュンカが声を荒げた。

 その声に、慌てて獣人の戦士達がラオンの前に壁を作って楯を並べる。


「リュ・・リュンカを助けろっ!」


 ラオンが目の前の戦士達を押しのけるように前に出ようとするが、大柄な戦士達が厳しい形相で押さえ付ける。


 曲刀を手に、火傷で無惨な姿になったリュンカが地面に片膝を着いたまま迫りくる敵を睨んだ。


 両肩から蛇頭を生やした魔人がゆったりとした足取りで近付いて来ていた。

 後ろには、見るからに強そうな甲冑姿の巨漢が控えているのが見える。あれも魔人だろう。

 手勢の妖鬼達が、これまでの小鬼や犬鬼とは別もので恐ろしく手強く、個々の武に絶対の自信を持っていた獣人の戦士達が、一対一では圧し負けてしまう。そんな妖鬼達が、数千という数で押し寄せて闇の中に犇めいている。


 ここは、獣人の古種が土妖精の王から贈られたという地下城である。

 地上を逐われ、不完全な転移門を使いながら、命からがら逃げ込んだのだが、転移門の起動とその後の魔導の暴走で、頼みのリザノートが昏倒してしまい、治癒術の使い手がリュンカとラオンだけになっていた。


 地下の中とは思えない巨大な空洞内に、赤光を宿した妖鬼の双眸がじわりじわりと増えていく。

 ラオンが手勢を連れて、打ち崩された内郭の穴から外郭部へと出ようとしてリュンカに制されたのだが・・。

 上空から狙い撃たれた火槍の魔法からラオンを庇うために前に出て、リュンカ1人が崩れた城壁の外に取り残される形になった。


「おいっ! どけっ!」


 ラオンが騒ぐが、


「王子を護って下がりなさいっ!」


 リュンカの闘志の籠もった声に打ち消される。



「ふん・・雌猫が勇ましいことだ」


 両肩から蛇頭を生やした魔人が血の色をした瞳で冷厳に見据えながら、なんとか立ち上がろうとしているリュンカを指さした。その指先に、ポツンと小さな火の玉が灯り、みるみる内に大きな火球へと膨れていく。


「リュンカぁーーーー!」


 ラオンの悲痛な叫びがあがった。


「灰となれ・・哀れな雌猫よ」


 魔人が薄く笑みを浮かべ、膨れあがった巨大な火炎球が魔人の指先から放たれた。


 直後だった。

 異様な風鳴り音が聞こえたかと思った瞬間、重々しい地響きを立てて大剣が地面を深々と断ち割っていた。


「待たせたのぅ」


 大剣を手に怒りを含んだ声を漏らしたのはオリヌシだった。

 その足元で、蛇頭を生やした魔人が両断され、灰になって崩れていく。


「ごめん、なかなか見付けられなくって」


 謝ったのはリコだ。魔人が放った火炎球はリコによってかき消されている。


「はい、もう治ったよぉ」


 サナエが、リュンカの背を支えるようにして治癒を完了させていた。

 

「リュンカ! 下がって王子を護っておれ!」


 オリヌシが声を張り上げた。


「は・・はいっ!」


 喜色満面、リュンカがオリヌシをじっと見つめてから、身を翻してラオン達の方へと駆け去って行く。


「恩にきる、リコ殿、サナエ殿!」


 オリヌシが吼えるように礼を言った。

 

「友達だから良いんですよぉ」


 サナエが未だ聖光を残した双眸で、蠢く妖鬼達を見回しながら言った。


「オリヌシさん、エリの合図で行きます」


 リコが長剣と楯を手にオリヌシを抑えるように前に出た。


「おう!」


 オリヌシが素直に下がって大剣を担ぐように構える。


 直後に、


「きたこれ・・」


 サナエが呟いた。


 聞こえるか聞こえないかの羽音が上方から押し包むように迫ってくる。

 直後に、数千、数万という黒の矢が、びっしりと蠢く妖鬼の群れの中へ降り注いでいった。


「行きます!」


 宣言と共に、リコが地を蹴った。

 地下がどういう構造になっているのか判らないから、広域殲滅の魔法は使わないよう指示されている。やり過ぎて岩盤が崩落でもしたら面倒なことになるからだ。


「炎舞、地走蛇っ!」


 鋭く踏み込みざまに、リコが長剣を鋭く前へ突き出した。細い光のようなものが前方へ向けて地面を蛇行しながら奔り抜けていく。

 その先では、降り注いだ黒矢で地面に縫い刺しにされた妖鬼達が、苦悶の形相で矢を引き抜こうと暴れている。


 そこへ、するすると地を滑って奔る光の蛇が、途中から枝分かれして放射状に拡散し数を増やしながら近付いていった。

 やや間を置いて、光る蛇が躍り上がるように跳ねて動けない妖鬼の首に巻き付いて炎で包んだ。


「斬り込みますっ!」


 リコが号令を下した。

 

 直後、待ちかねたとばかり、オリヌシが地面を蹴って突進を開始した。すぐ後ろへリコ、そしてサナエが続く。


 オリヌシの剛剣が邪魔になる妖鬼を薙ぎ払い、勢いそのまま、正面に立っている甲冑姿の魔人めがけて真っ向から斬りかかった。

 応じて、甲冑姿の魔人が鞘を払いざまに長剣を振り下ろす。


 互いに袈裟に斬りつけ合う形で剣と剣が打ち合わされ、激しい金属音を鳴らした。

 体格差はほとんど無い。

 だが、弾かれたように圧されたのは魔人の方だった。構え遅れたぶん、オリヌシの剣撃の方が勝っていた。



 カァァァァァァーーーーー



 仰け反るように姿勢を崩した甲冑の魔人が吠え声をあげて横殴りに長剣を振ろうとする、その腕が肘の辺りから叩き斬られた。長剣を握った腕が宙を跳んで地面へと落ちていく。

 斬ったのは、リコの長剣だ。

 擦れ違うように走り抜けながら斬りつけた長剣が甲冑ごと魔人の腕を断ち斬っていた。


「よいしょぉ~」


 サナエの棍棒が振り下ろされて、地面に落ちた腕を聖光で粉砕した。

 斬れた肉体の一部から復活する魔人がいるので、その予防措置である。何しろ、魔人相手の場数が違う。あの手この手で蘇生しようとする魔人の手法を幾通りも学んでいるのだった。


 再び、地響きがするほどの斬り込みが行われて、兜の頭部から股間まで叩き割られた魔人が地面に倒れ伏した。

 すかさず、リコとサナエの魔法がトドメをさす。


「護りの障壁を張って、一度、城まで退きます!」


 リコが、オリヌシに声を掛けた。


「おうっ!」


 オリヌシが迷い無く従って、大剣を担ぐなり身を翻す。その背をサナエが護るように追いかけながら走る。


「エリ・・?」


「うん」


 リコの呼び掛けに応じて、どこからともなくエリカとヨーコが手を繋いで姿を現した。


「先生は?」


「天井に潜んでた魔人を追って上に行ったよ。なんか強そうな奴だったな」


 ヨーコがちらと上方を振り仰ぎつつ言った。


「・・そう」


「城の護りを固めて、負傷者の治療をやるように・・って」


 エリカに促され、


「うん、そうしよう」


 何処に、どんな奴が潜んでいるのか分からない。

 用心しておかないと、隙を突いて強大な魔法を撃ち込まれると、リコ達はともかく他の獣人達は死んでしまう。


 リコは小さく頷きつつ、足元へ長剣を突き立てて結界の魔法を唱え始めた。やや詠唱に時間が掛かるがその間はエリカとヨーコが護りにつく。

 やがて、周囲に展開された魔法の防壁は、魔法適性が無い者ですら目視できるほどに膨大な魔力を注がれた分厚い膜となって城がある空洞全体を覆い尽くしていた。


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