第127話 捜査線

「行方知れず・・か」


 ラオン達が身を寄せていたという山砦は魔物の襲撃によって陥落し、城壁や城館も突き崩された上に灼かれた痕があった。


「リュンカの奴が一緒なら、そう易々と命を落とさんと思うが・・」


 オリヌシが唸りながら惨状を見回している。


「リコ?」


「見える範囲には・・何も」


 リコが首を振った。

 今のリコは、半径10キロを見渡せる。その"眼"が何も捉えられないとなると・・。


「このやられ方は、かなりの大群だ。遠くへ落ち延びるのは困難だのぅ」


 オリヌシが太い眉をしかめた。


 この場で魔物の大群に襲われたのなら、まず逃れ落ちることはできなかっただろう。ちょっと小高い丘の上で、周囲の見晴らしも良く、大群で包囲されると砦を出ようにも身の隠しようが無い場所だ。


 この惨状で生きているとすれば、地下に秘密の通路でもあるか、転移系の魔導を使うくらいしか方法が無いだろう。地下だとすれば、今もなお魔物達に追われている可能性が高い。


「地上に見えないなら地下だろう。まず、地下への逃げ道が無いか調べよう」


 俺はヨーコ達に指示をして山塞を調べさせることにした。オリヌシやアマリス達も加わって建物跡地を調べ始める。


(砦を造るには半端な高地だから・・何かあると思うんだけど)


 リコを呼んで周辺の地形を聴きながら、地形図を描いていく。

 魔物から逃れているとすれば、臭いによる追跡を振り切ったと言うことになる。自然の物を利用したのなら、断崖を渡るか、水を渡るか・・。


(獣人は魔導が苦手だと言うし・・)


 ラオンはかなりの魔法や魔技を覚えていたが、あれは一般的じゃあないのだろう。転移術を習得している可能性は低いように思える。

 

「ここを襲った魔物達はどっちへ向かったんだろう?」


 リコの"眼"とエリカの転移を使いながらの移動だったが、それらしい軍勢を見かけることは無かった。


「先生っ!」


 ヨーコが声をあげた。

 急いで行ってみると、崩れた石塊に何かの模様が描かれていた。他にも似たような模様が描かれた石片が散らばっているようだ。


(ゾエ、調べてくれ)


『畏まりました』


 無限収納から、どろりと黒い粘体が流れ出て、千々に散乱した石片を包み込んでいく。ゾエにしては時間がかかっていたが、ややあって無限収納に戻って来た。


『転移門・・・に近いものですが、術式が破綻しておりました』


(機能しない?)


 出来損ないの転移門・・?


『発動したとしても、どこへ跳ばされるのか・・座標の指定がされていないようです』


(使った形跡は?)


『発動の痕跡は御座いましたが、暴走して爆散しております』


 石版に描かれた魔法紋そのものが爆ぜて割れ散ったらしかった。


(爆散・・すると使用した者は死亡したのか)


 ラオン達がこれで転移しようとしたのなら・・。


『精査いたしましたが、獣人らしき死臭、肉片などは残されておりませんでした』


 魔物の死臭は残っていたらしい。それなりの数の魔物が巻き込まれて死んだようだった。


(そうか・・)


 罠のような使い方をしたのだろうか?


「ラース!」


 俺は声を張り上げた。


 待つこと3秒ほどで、銀毛の魔獣が大急ぎで駆け寄ってきた。やや離れた場所で、バルハルが運ぶ館を護らせていたのだが・・。退屈していたのだろう。


「ここに居た獣人がどこかへ移動したようだ。おまえの鼻で捜せないか?」


 嬉しそうに忙しく尻尾を振っていたラースが、勇んだ様子で周囲を嗅ぎ回り始めた。


「魔法だと思うんですけど・・こう・・探知を邪魔をするような感じの仕掛けがありました」


 エリカに呼ばれて行ってみると、杭のような形の魔導具が地面へ埋設されていた。

 

「なるほど・・」


 魔法による探知を阻害する物のようだ。

 造りは粗いが、描き込まれた魔導の紋様は独創的で面白い。


『御館様、ラース殿が・・』


「ん?」


 ゾエの声に促されて視線を向けると、銀毛の魔獣が喜色を露わに尻尾を振りまくっていた。


「見付けたのか?」


 駆け寄ると、ラースが鼻先を地面すれすれに近づけてから、こちらを見る。


「ふうん・・?」


 地面に神眼・双を凝らすが、これといって違和感のようなものは感じない。

 そんな俺の様子に焦れたのか、ラースが地面を前脚で叩くようにして、ドシドシ・・と音を立てた。


「・・そこの下?」


 どうみても地面だ。地下への入り口では無い。

 土の下に居るというのは、つまり・・もう、土に還ったという事だろうか?

 

「・・リコ」


「はい?」


「この下に、居るらしいんだけど・・見えるか?」


「下に・・?」


 リコが"眼"を使って調べ始めたが、すぐに首を振った。


「ラース?」


 銀毛の魔獣を見ると、蹲るようにして鼻面を地面に寄せてみせる。どうやら、間違いでは無さそうだ。


「リコに見えなくて、ラースに分かる・・そんな隠れ方があるのかな?」


 俺は首を捻りながらも、ラースが示す地面に手を置いてみた。

 

(あぁ・・これは)


 俺は立ち上がってラースの鼻面をごしごしと撫でた。


「リコ、深い・・しかも煙幕か何か・・視界を塞ぐものが立ちこめてる」


 リコの"眼"には映ったのだが、恐らく真っ暗闇としか把握できなかったのだろう。地面に指を当てると、ごく僅かだが震動が伝わってくる。


「煙幕・・」


 リコが改めて"眼"に集中して、じっ・・と一点を見つめるように身動きを止めた。


「・・見えました。これは・・ただの煙幕じゃないです。魔法を邪魔しています」


「魔法も・・魔導具かな?」


 俺は、騒ぎに気付いて近付いてきた面々を振り返った。


「秘薬かも知れんのぅ」


 オリヌシが言った。


 獣人は魔法を習得することが苦手なため、それを補う手段として、様々な薬を使って魔法のような効果を生み出すことに長けているらしい。もっとも、その薬品自体は、親しくしている土妖精に調薬して貰っているそうだが・・。


「先生、そろそろ危ない感じです」


 リコが僅かに眉を潜めている。

 どうやら、"下"は時間が無さそうだ。


「跳べる?」


「・・それが、特殊な煙幕だと思うんですけど・・空間の全体がどんな形になっているのか見えないんです」


 リコの"眼"で地形を正確に把握し、座標を特定してから、瞬間移動なり転移なりをするのが常套手段だが・・。


「そんな煙幕があるのか・・面白いな」


 俺は軽く鼻を鳴らした。

 

「先生、どうしよう」


 ヨーコが心配そうに訊いてくる。


(さて・・)


 獣人達が地下へ行った経路を探すような時間が無さそうだ。オリヌシの言う、土妖精というのに協力して貰ったのだろうか。


「少し離れていてくれ」


 その場のみんなに声をかけて、俺は空へと駆け上がって行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る