第129話 悪魔

(悪魔・・?)


 神眼・双で鑑定した相手の情報を見て、俺は眉を潜めていた。

 魔人では無く、悪魔と視えた。


(魔人とは別なのか?)


 多少、異質な感じはあるが、人のような姿をしているし、身の丈もごく常識的な大きさだ。まあ、肌の色が紫色をしているのと、瞳の無い空洞のような双眸がどこか昆虫のようで気味が悪い。顔の中央に大きな鉤鼻が突き出していて、顔の半分くらいは鼻のようだった。

 

「何者だ?」


 男と女の声が混じったような奇妙な響きをする声で問いかけてきた。

 

「そちらこそ、何者だ?」


 俺は細剣と楯を手に、紫色の肌をした悪魔を正面に見据えた。

 すでに軽く交戦をして、相手にいくつか手傷を負わせている。魔人とは存在が違うらしいが、俺の魔族鏖殺の特性は効果があるらしく、明らかに戸惑い、こちらの攻撃を嫌がって大きく避けようとしていた。

 

「神眼で見えているのだろう? 私は、おまえ達が悪魔と呼ぶ存在だ」


「魔人とは違うのか?」


 訊ねながら、俺は細剣を眼前に直立させた。


「同種だよ。少しばかり毛色が違うがね」


 言いかけた悪魔の喉元へ、するりと俺の細剣が伸びる。指から生えた長い爪で打ち払うようにして悪魔が右へ身を捻る。そこへ、細剣技:5.56*45mm を打ち込む。


 特に回避する様子も無く、打ち込まれるままに肉体を損壊させながら悪魔がひっそりとした笑みを浮かべた。


(・・返しの呪技?)


 神眼・双では、これといって異変は発見できないが・・。

 攻撃が跳ね返ってくる感じは無い。


(ああ・・)


 神眼・双を使い続けている中で、ようやく見えてきたものがある。

 霊魂の糸とは違うようだが、肉眼では見えない糸状のものが悪魔の体から伸びて遙かな上空へと繋がっていた。


「なるほど・・」


 俺は小さく舌打ちをした。

 

「私の鎖糸が見えるのか・・本当に、君は何者なんだい?」


 ぼろぼろの肉塊のようになった悪魔が、どこか呆れたような声を漏らした。

 次の瞬間、俺の細剣が不可視の糸を突き切っていた。


(遠いな・・こんな能力を持った奴が居るのか)


 ほんの微かに感じられた気配が消えてしまっていた。神眼・双でも姿が捉えられないほどの距離から、魔力を通わせた不可視の糸らしきもので、悪魔の肉体を操っていた奴が居たのだ。


(・・鎖糸と言っていた)


 細剣で切ると同時に、悪魔の肉体が砂状に崩れていった。しかし、魔人のような血魂石は遺らなかった。

 この敵については、少女達にも周知しておいた方が良いだろう。


 そう考えた瞬間、背後に気配を感じて振り返りざまに細剣を突き出した。


(むっ!?・・あっ!)


 しかし、寸前で危うく切っ先を逸らした。細剣の切っ先が、瞬間移動して現れたエリカの首の横ギリギリを抜けていた。


「・・・せっ、先生・・」


 青ざめた顔でエリカが身を竦めるようにして声を震わせる。


「すまん・・敵を取り逃がして警戒していた」


 俺は素直に謝った。


「えっ!? 先生が・・」


 青くなっていたエリカの顔から、さらに血の気が退いていった。


「敵については、みんなに報告する。一度、合流しよう」


「はい!」


 俺が差し出した手をエリカが握った。


 

 魔族、魔人、魔神、悪魔・・・。

 

 同じ種で呼び方が違うのか、種として異なるのか・・今の知識では判然としない。


(・・アイーシャに訊いてみようか)


 今のところ、身近な人間で教えてくれそうなのは、あの賢者しかいない。

 魔人を捕まえて尋問しても、喋らせた内容の真偽は判らないし・・・。


「先生?」


「ん・・ああ」


 気付くと、すでに瞬間移動を終えて、ヨーコ達が居並んで待っていた。

 オリヌシやアマリス達の姿もある。その中にラオンとリザノートの顔を見付けて、俺は軽く頷いて見せた。

 さらに周囲を取り囲むように、獣人の戦士達が集まって居る。

 

「少し変わったのに出くわした」


 俺は顔をしかめつつ、やり合ったばかりの"悪魔"について話して聴かせた。

 

 真剣に耳を澄ませているのは、4人の少女達とオリヌシ達、ラオンとリザノート、それに数人の獣人の戦士だけだった。残りの者達は懐疑的な表情で一応の沈黙は保っている。


「先生の神眼でも見えない・・糸ですか」


 リコが俯いた。


「そいつ、先生に居場所を悟らせなかったんですか」


 ヨーコが小さく唸った。


「・・・悪魔ですか」


「そんなのが居るんだぁ」


 エリカとサナエが嘆息した。


「そういえば、オリヌシの・・」


 ふと思い出して、オリヌシの方を見ると、見覚えのある真っ赤な髪をした獣人の女がオリヌシのすぐ後ろに座していた。アマリスとエルマも並んで座っている。


「無事みたいだな」


「おう!助かったぞ、大将っ!」


 オリヌシが破顔した。

 

「感謝致します」


 リュンカが恭しく膝をついて礼を述べた。


「オリヌシに頼まれた。礼は、そこのデカイのに言ってくれ」


 俺は苦笑しつつ、やや離れた場所に控えているラオンとリザノートを見やった。


「そちらも大丈夫そうだな」


 声を掛けると、2人が連れ立って近くまで来ると揃って膝を着いた。

 その様子に、遠巻きにしていた獣人の戦士達がどよめく。


「お久しぶりです。シン様」


「うん・・少しは鍛えたみたいだな」


 生命量も魔力量も大幅に増え、魔技や魔法も練度が上がっている。ラオンは武技が、リザノートは魔技と魔法が伸びていた。


「まだまだ未熟です」


 ラオンが顔を赤くしつつ笑みを見せる。


「リザノートも、どうやら人の世でやっていけそうだ」


「時間が掛かりましたけれど、なんとか・・」


 リザノートが微笑した。


 淫魔としての性質を封じていられる固有特性を芽生えさせていた。代わりに、無差別に成人男性を虜にするという特性が失われている。魔人の身でありながら、サナエほどじゃないにしても、いくつかの聖術を使えるようになっていた。


(天空人なら、二つ名くらいか・・三つ名が相手だと逃げるのが精一杯といった感じか)


 俺は話し合いをしている4人の少女を見た。


「王家の揉め事だと聴いた。どうなってる?」


「え・・あ、あの・・それが、継承会議の際に魔人軍の攻撃を受け、王都が陥落してしまったのです」


 半日と保たなかったらしい。

 王位継承権のある者が集まって居たのだ。それぞれ、様々な部族の選りすぐりの護衛を引き連れていたし、なによりも王都の戦士団は徹底した実力主義の中で鍛え上げられた強戦士の集団だった。


「つまり、他の王子はどうなったか分からない?」


「・・はい」


 ラオンが俯いた。

 逃走に次ぐ逃走で大勢の戦士が命を落とし、ラオンに付き従う者達も500人足らずになっていた。


「エリカ?」


「はい」


「ラースとバルハルを連れて来てくれ」


「はい!」


 エリカが瞬間移動して消えた。


「先生?」


 リコ達が近付いて来た。


「カサンリーンの王都に行ってみよう。また、悪魔というのに出会えるかもしれない」


 悪魔というのが居なくても、それなりの魔人が集まっているだろう。

 何人か捕まえれば、悪魔についての情報を得られるかもしれない。駄目だったら、一度、アイーシャに知恵を借りに行っても良いだろう。


「どうかな?」


「賛成です」


 3人がちらと顔を見合わせて、リコが代表して答えた。


 そこへ、館を背負ったバルハルとラースを連れてエリカが戻って来た。


「エリ、カサンリーンの王都へ行こうかって、先生が」


 ヨーコが声を掛けると、


「うん、わかった」


 エリカがあっさりと頷いた。


「オリヌシは、ラオン達の護衛だ」


「おうっ!」


「王子っ!」


 いきなり出現した銀毛の魔獣に半ば腰を抜かしながら、獣人の戦士達がラオンとリザノートを護ろうとして駆け寄ってくる。しかし、面白がったラースの尻尾の一振りで宙へ跳ね飛んでいった。


「・・えと・・これは?」


 あまりの事態に、ついて行き損なったままラオンとリザノートが身を寄せ合って、巨大な銀毛の魔獣を見上げ、館を背負った粘体らしきものを見ている。


「エリカ」


「はい」


 リコと手を繋ぎながら、エリカが転移術を唱え始めた。

 たちまち、広大な床一面に模様のような文字が浮かび上がり、魔法陣を組み上げていく。


「王都の東側にある平野部にしましょうか?」


 リコが顔を俯けたまま呟くように言った。


「距離は?」


「約2キロ・・」


「よし、そこにしよう」


 俺は頷いた。

 直後に、転移の魔法陣が完成した。

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