第171話 忙しきコトは、良きコトかな?
「カリーナの旗で間違いない?」
俺の問いかけに、リコが頷きながら机上の地図を長剣の切っ先で示した。
「合流までに、手前の魔物とぶつかるな」
カリーナ神殿の人間だが、ミューゼル達では無い。各地の神殿で、助祭や巫女をしている人達が町や村の人間を保護しながら逃れて流れ着いた難民達だった。
「・・オリヌシさんが戻られました」
リコが地図を見つめたまま告げた。
北東部へ向かっていた難民の救援に向かっていたオリヌシ達が戻ったらしい。荷馬車を50台近く連ねての帰還ということだから、かなりの人数だろう。
場所は、レンステッズ。
各地からの難民を収容しながら、傷病の手当てから食事の世話まで行っている。
本来なら出来るはずが無い事だが、何しろ傷病手当となれば聖女顔負けの有能な治癒術使いが揃っている上に、衣食の購入、備蓄に必要な資金は無尽蔵と言っても過言では無いほどに有り余っている。その上、長距離の転移術によって大量の食糧を購入し、運搬してくることが出来るのだ。
魔物があふれかえったような土地にあって、一見孤立しているかのようなレンステッズだったが、その実、盤石の籠城状態にあった。
加えて、レンステッズは、あくまでも中継点だ。
沿海州近くにあるパーリンス周辺の町や村、さらにはゼール公国領内まで、転移によって移動できる。いきなり、転移で移送しないのは、傷病の状態によっては転移時の魔素の流動に耐えきれない人が出てくることと、誰をどこへ運んだのか分からなくなってしまうからだった。
とりあえず、一旦、レンステッズに連れてきて、名簿を作成し、台帳へ記帳し、その上で転移で疎開させる。後々、所在を尋ねる者が現れたりしても、整然とした対応が可能なように、レンステッズの理事長以下、職員達が頑張っていた。
「タロン」
「パパ?」
ふわりとタロンが姿を現す。
「カリーナ神殿の旗を掲げた避難民が来ている。到着まで魔物から護ってやってくれ」
「ハイ、パパ」
返事と共に、空気に融けるようにして消え去った。
「ヨーコが、オリヌシさんと合流しました」
リコが告げる。
「周辺の魔物は?」
「ごく弱いものばかりです。魔神はもちろん、魔人も見当たりません」
「長距離からの狙撃も無い?」
「感知できません」
リコが首を振る。
「ゾールは?」
「パーリンスのモーラさんと面会中です」
「・・リリアンが不安がってるかな?」
「大丈夫です。治癒の方で忙しくしてますから」
リコが笑顔を見せた。あの幼子も、今では治癒術を自在に扱えるようになっている。解呪と解毒が得意なのは、父親の責任だろう。
「それにしても・・どこもかしこも魔物だらけか。これも、あいつの仕業なのかな?」
あいつというのは、魔王のことだ。
演説の夜以降、魔王の存在を感じることは無かったが、これほど大量の魔獣や妖鬼の類が山野に棲息していたとは考えられない。
「魔物を造った・・にしては多すぎるよな」
「魔兎のような弱い獣まで増えていますから・・あれをいちいち造っているとは思えないです」
「放っておいても、勝手にどんどん生み出してくれる・・魔導器か、そういう装置かな?」
「・・魔素だけでは生み出せないと思うんですけど?」
死霊のような霊体ならまだしも、肉や骨のある魔獣を生み出すには相応の肉や骨が必要だろう。
「どこにでもある物から・・変換?」
「なんだか、分からない事だらけですね」
リコが微笑した。
「色々見聞きした気になっていたけど・・・勉強不足だな」
俺は苦く笑った。
今の自分の知識が全てだという勘違いをしてはいけない。俺の知っていることなんか、この世界の大きさから見れば、ほんの小さな塵のようなものに違いないのだから・・。
「まあ、一歩一歩・・だな」
嘆息しつつ首を振ると、俺は転移してくる気配に気付いて顔を向けた。
後ろでリコが苦笑を浮かべつつ、ちら・・と、斜め上方へ"眼"を向ける。
「たっだいまぁ~~」
エリカに連れられてサナエが登場した。忙しく治癒を行っていたはずなのに、なぜが全身甲冑姿で、片手棍棒を両手に一本ずつ握っている。おまけに、なぜか満面の笑みだ。
「・・サナ?」
リコが眼鏡を外しつつ眉間を指で摘まんだ。
「来ったよぉ~、来ましったよぉ~」
歌うように言いながら、甲冑のままリコに飛びついたサナエをするりといなして脇へ放り捨て、リコが説明を求める顔でエリカを見た。
「ぅうう・・リッちゃんが氷河期だよぉ~」
四つん這いに倒れたままサナエがいつもの泣き真似をやっている。
「エリ?」
「ゴレムというのかな? 背の高さが50メートルくらいの大きな騎士像が歩いて来てるの」
「・・どこ?」
リコが慌てて"眼"で見回す。
「まだ200キロくらい離れてるよ。北の方から」
「ちょっと遠いわ。でも・・よく見付けたわね?」
「リリアンが夢で見たらしいの」
「ああ、夢か」
リコが、ちらと床のサナエを見た。
「さあ、リコ君っ! デカイだけの石像に、正義の鉄槌を下すのだぁっ!」
サナエが両手の片手棍を振りかざして叫んだ。
「何体だ?」
俺の問いかけに、
「いっぱい・・らしいですよ?」
エリカが目顔で笑う。
リリアンは両手の数以上をとりあえず「いっぱい」と言う癖がある。
「石の騎士像だけか?」
「空飛ぶ船が来るそうです」
リリアンの予知夢だ。まず外れない。
「現在の避難民の収容状況は?」
問いかけながら、俺は漆黒の鬼鎧を纏った。
賑やかな事になってきたらしい。
「城壁外の仮設防塁に居た人達は全員移送済みです。城壁内の住人は学校内へ避難しています。後は、オリヌシさんが連れて来た人達と、タロンちゃんが迎えに行ったカリーナの旗を持った人達ですね」
エリカが学校内の生徒達の状況を手短に報告した。
精神的な凸凹はあるものの、総じて落ち着き、なんとか平静を保てているらしい。教員達の人柄による所もあるだろう。
「パパ」
宙空からタロンが出て来た。
「着いた?」
カリーナの神旗を掲げた避難民の一団を迎えに行ってもらったのだが・・。
「カリーナ チガッタ、アレハ ホカノクニノ ヘイタイ」
「なんだ、偽装か」
カリーナの旗を掲げればレンステッズに入れると思ったのだろうか。別に、そんな事をしなくても問題無く受け入れるのだが・・。
「そういう真似をする連中は、城壁内には入れられないな」
俺達にとっては脅威でも何でも無いが、町の住人にとっては気味の悪い話だろう。
「ショブンスル?」
タロンが鉢金を横倒しにして問いかける。
「いや、外で好きにさせていれば良い。城壁内には入れたら駄目だ」
「ハイ、パパ」
「タロンは、城壁内に敵の攻撃が届かないよう護ってくれ。俺は少し外へ出てくる」
俺は、鉢金に手を置いて魔力を注ぎながら言った。
「パパ、イキヌキダイジ」
「はは・・息抜きになるくらい楽な相手なら良いけどな。世の中はどんな強敵が潜んでいるか分からない。気を引き締めないと」
「パパ、ジチョウダイジ」
タロンが鉢金をくるくる回しながら言った。
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