第58話 優しくなった?

「ぼへぇっ・・」


 おかしな呼気音を漏らして、白目を剥いたヨーコが吹っ飛んで地面を転がっていった。顔から突っ伏すように蹲ったまま痙攣を繰り返してそのまま動かなくなった。

 

 恒例となった訓練風景だった。

 

 すでに、他の3人は屍のように地面に昏倒している。


 龍の内臓事件から半月・・。


 今日は、体力の回復度合いを測るための模擬戦だった。

 リン・リッドから走って山中を駆け上がり、頂を四つ越えたところでやっている。ちょっと前まで、ゴブリンだかオークだかの集落があった広場だが、訓練に巻き込まれる形で死滅してしまった。他の魔物も、この辺りには寄り付かない。


 魔技や武技を使用しているため、木々の灼けた山肌が禿げ上がり、陥没した斜面を幾筋もの亀裂が抉りはしっている。焦げたり、氷塊が転がったりした中にボロボロになった少女達が転がっているのだった。


「8分12秒・・・また伸びたな」


 加減をしているとはいえ、速攻が持ち味のシンを相手に見事な粘りだった。

 通常の体技から、武技や魔技への繋ぎも滑らかで無駄が無い。押し込まれながらの硬軟織り交ぜた攻防も上手くなった。なにより、シンの威圧、殺気を真面に浴びても、真っ青になりながらも歯を食いしばって堪え忍ぶ。

 ロンデルで冒険者をやっても上位に名を連ねるだけの力がついていた。


 難を言えば、まだ派手に動きたがる癖が残っているところか。


 徹底して鍛えた体力、持久力、回復力はそうそう並び立つ者がいないほどだ。外見こそ華奢な少女だが、素の筋力は大きな鉄鎚を小枝のように振り回せるくらいに強化された。握れば鋼鉄球だって手の形に潰せるし、ここの山に棲んでいた巨大な魔猪の突進を受けても微動もしない体幹力だ。


(こんなところか・・)


 まだまだ不安な点はあったが、迷宮とやらの味見をする準備はひとまず整ったと考えて良いだろう。

 無限収納を利用し、必要な物資は買い増しをして備蓄量も万全だ。

 仮に数年単位の長期戦となっても、まったく問題が無い。

 それも、迷宮内で一切の食料や飲料水が手に入らない事が前提の準備だ。替えの武器や防具は当然として、衣服や布地、針や糸まで用意をした。

 

「そのまま聴いてくれ」


 嫁入り前の娘が決して見せてはいけない顔と格好になった少女達へ、今回の模擬戦の評価を伝え、それぞれの動き方について善し悪しを丁寧に解説していった。


「結論を言えば、俺達は十分に回復したと言って良いだろう。よって、明日を休日とした後、明後日には迷宮への侵攻を開始する」


 ぴくりとも動かない少女達へ伝えてから、俺は荒れ果てた山肌を蹴って山頂まで跳んだ。


 そこを走って離れようとしていた男達に頭上から襲いかかる。

 着地した時には5人の黒衣の男達が動かぬ骸となって散乱していた。


(食べて良いぞ)


 俺は死骸となった男達を無限収納へと放り入れた。


『・・装飾品を別けておきました』


 ものの数秒で平らげたらしい。ゾエが分別の完了を告げた。



「ラモン・カディスの影者・・?」


 黒衣の男達が遺した装飾品を神眼・双で鑑定すると、色々な情報が見えてきた。

 こうした時に、神眼による鑑定は役に立つ。


 ラモン・カディスという奴が、俺達に眼を付けて調べようとしていたという事は分かったが・・。


(・・知らないな)


 偽名かもしれないが、一度も聴いたことが無い名前だった。

 リン・リッドに居るのかもしれない。


 俺は身軽く跳んで、自分の治療をやっている少女達の元へと戻った。


「何か居ました?」


 エリカ達が痛みに顔を歪めながら地面に座り込んで傷の手当をしている。


「胡散臭い男達が覗き見をやってた」


「・・覗き」


 リコが歪んだ眼鏡をかけ直した。視力は抜群に良くなったので、矯正ガラスははめていない。ただ、眼鏡を掛けていないと落ち着かないらしい。


「エリ・・あっち」


 手を差し出した、その手をエリカが握る。

 瞬間、エリカが姿を消した。


「あとは、あそこに隠れてる」


 リコが指さした先で、わずかな気配が動いた。散乱して転がっていた岩陰から染み出るようにして人影が走った。いや、走ったのは下半身だけだった。腰から上は、ヨーコの薙刀で叩き切られてその場に残されていた。


「小鳥さん・・蜘蛛さんにも憑依している人がいますねぇ」


 サナエがにこにこしながら、指揮棒でも振るように人差し指をくるくると舞わせた。


「仕留めた?」


 ヨーコが訊ねる。


「どうかなぁ、霊魂の糸は切ったんだけど・・どうなったかなぁ?」


「それなら身体には戻れないから、もう鳥か蜘蛛として生きて行くしかないんじゃない?」


「あららぁ・・」


「覗きなんかやるからだよ」


「可哀相だからぁ・・」


 サナエが指を振った。その指先から青白い光線が奔り伸びて草むらを灼き払い、倒木のあった辺りを高熱で包み込んでいた。


「ごめんねぇ」


「・・蜘蛛?」


「と、小鳥さん」


「そっか」


 ヨーコが薙刀を手に周囲をぐるりと見回した。


「エリが跳んだ先に移動の魔法を使う奴が居たみたい」


 リコが虚空を見つめるようにして呟いた。


「追いかけっこしてる」


「残りは?」


「エリが斬ったよ?」


 待ち伏せていたのが8人、逃走中が1人らしい。


「なんか、結構な大人数で来てたんだね」


「どっかん、どっかん、大きな音を立ててたもんねぇ」


 こちらは、覗き見るという行為そのものが、攻撃行為だという認識でいる。一方の、相手側がどういう認識かは知らないが・・。


「遅くなりました」


 エリカが舞い戻ってきた。


「ずいぶん遠くまで行ってたね」


 リコが声をかけつつ背中を叩いて労う。


「だって、逃走用の魔法陣とか用意してて、どんどん連続して転移するんだもん。もう、大変だったよ」


 エリカが大きく息をついてしゃがみ込んだ。


「俺がやったのは、ラモン・カディスという奴に雇われてた」


「らもん・・?」


「俺は知らん」


「私も初めてかも」


 リコがヨーコを見る。すぐにヨーコとエリカが首を振った。


「侯爵さんですよぉ?」


 そう言ったのはサナエである。みんなの視線が集まった。


「侯爵? どこの?」


「リン・リッドの近くじゃないですかぁ?」


「・・リン・リッドは都市そのものが独立した国になっていると聴いたけどな」


 迷宮の恩恵を独り占めさせないよう、周辺諸国が共同管理している都市だと説明を受けていた。


「周りの国が取り引き所を置いて、迷宮産の遺物とか買い取ってるって言ってましたね」


「ああ・・なら、そういう国の連中も滞在しているのか」


「その中に、らもんさんが?」


「カディス侯爵がぁ・・って、市場で誰か喋ってたなぁ」


 サナエが腕組みをして首を傾げている。買い食いをやっている時に耳にしたようだ。


「まあ、戻って要件を訊いてみるか」


 本人に訊いてみるのが一番確かだろう。

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