第59話 嗚呼、カーディス!

「はぁ~い、今は取り込み中でぇ~す。危ないですよぉ~」


 館の玄関前で、サナエが鉄球をぶら下げた棍棒をぱたぱた振って野次馬をさがらせていた。裏側の勝手口には薙刀を握ったヨーコが、中庭からの通用口にはリコが長剣と楯を手に立ち塞がっている。


 カーディス侯爵が滞在しているカダ帝国の商館である。


 館の中から、時折、重たく腹腔に響く音が聞こえていた。一旦は下へ向かった物音が、今は上へと向かっているらしく、二階の窓から派手派手しく絶叫をあげながら、武装した男女が降ってきていた。

 

「貴様等っ、何をやっている!?」


 町の衛兵らしい集団が、玄関前のサナエめがけて殺到しようとして逆に吹き飛んでいた。


「だからぁ、危ないですよぉ~?」


 石畳に叩きつけた鉄球が地面を叩き割って深々と溝を生み出し、衝撃で衛兵達が周囲に跳ね転がって気絶していた。人の頭ほどもある鉄球を鎖で繋いだ片手棍棒を軽々と持ち上げたサナエが遠巻きにした弓兵を指さした。

 直後に、雷鳴が轟いて感電した弓兵達がバタバタと倒れていった。


「サナちゃん、燃えてんなぁ」


 裏手の勝手口で、ヨーコが苦笑している。

 その足元には、どこかの国の騎士らしい男達が斬り伏せられていた。こちらは、外から来たのでは無く、館から出ようとしたところで戦闘になったのだ。


「魔人でしたか」


 呟いたのは、エリカだった。

 館の屋根の上である。妖しげな黒衣の集団と戦闘になり、斃した内の1人が血魂石を遺していた。じっと黒い石を見つめてから、抜き打ちに短刀で斬りつけたが、短刀の方が弾かれてしまった。


「・・硬いんですね」


 悔しげに呟いて、瓶を取り出すと血魂石を入れて収納へ放り込む。

 今は、この持ち場を守る方が優先だ。


「これは・・リコ?」


 商館全体を包むようにして守りの結界が覆っていた。

 本来は、外からの侵入を阻むための結界だったが、この結界は向きが裏表逆になっていた。館から外へ出られないように封鎖したらしい。

 相変わらず、器用に魔法を改変する。

 治癒や回復術ならサナエかもしれないが、扱える魔法の種類と工夫ならリコが一番だろう。


「先生は・・」


 建物の中へ意識を凝らした。

 龍の生食事件で覚醒した能力の一つで、対象者の位置を感じ取ることができる。これまでのように、気配として把握するのでは無く、かなり鮮明に距離や高度の違いなど、具体的な数字に置き換えて理解する能力だった。


(尋問中?)


 シンが足を止めていた。他に思い当たる理由が無い。


(四階・・近くだ)


 エリカは周囲を警戒しながら、そろそろと屋根の上を歩いてシンの居る場所の真上へ移動した。


(聴いちゃったら怒られるかな?)


 少し考えて、瞬間移動をした。黙って聞き耳を立てるのは止めて、許可をとっておこうと思ったのだ。


 果たして、


「エリカ? どうした?」


 細剣を手にしたシンが振り返った。

 その足元に、両手両脚を打ち抜かれた初老の男が仰向けに倒れて弱々しく息をしていた。着ている衣服には、いかにも貴族といった豪奢な飾り付けがされている。


「上で魔人を斃しました」


 エリカは収納から瓶詰めの血魂石を取り出して見せた。


「床へ」


「はい」


 エリカは言われるまま、瓶から出して床に転がした。

 途端、


 ・・カッ!


 短い音が鳴って、血魂石をシンの細剣が貫通していた。



 キィィァァァァッァーーーー



 耳を塞ぎたくなるような絶叫が聞こえて、血魂石が崩れて砂状になっていた。


「それ、瓶に詰めておいて」


「はい!」


 エリカが大急ぎで、黒い砂になった血魂石だったものを手で掬って瓶に集める。

 

「さて・・」


 シンの細剣が床の男へ向けられた。


「ラモン・カーディスはどこだ?」


「・・わ、儂が・・っ!」


 何か言いかけた男の右肩が飛散した。


「ラモン・カーディスはどこだ?」


「儂がカーディ・・」


 今度は男の左肩が飛散して無くなった。


「わし・・儂が・・」


 虚ろに声を漏らす初老の男に、細剣の切っ先が向けられた。


「ラモン・カーディスはどこだ?」


 最期の問いかけが行われた。


「本当かどうか・・そっちの年寄りが執事、隣の小さな少年が近習らしい」


「護衛の者はどこでしょう?」


 エリカは隣の広間を見回したが、それらしい者の姿は見当たらなかった。シンが尋問をしていたのは、広間の隠し扉から奥へ入った小部屋である。


「途中で襲ってきたのは始末したけど、こいつの周りには居なかったな」


 不思議な話だった。侯爵となると公爵に従属した地位で、かなりの権勢である。身辺を守らせる人間くらい揃えていそうだったが・・。


「その人は護衛が要らないくらい強かったんです?」


「いや、弱かったな」


「そちらの執事さんが凄い魔法使いだったとか?」


 床で死骸となっている老執事を見た。


「カダがどうの、皇帝がどうのと大声をあげて騒いだだけだったぞ?」


「・・近習の子が凄かったとか?」


 10歳くらいにしか見えない痩せた少年だった。女の子のように金色の髪を伸ばし、日焼けを知らない真っ白な顔をしている。よく眠れていないのか、目元に薄いくまができていた。


「女の子のように悲鳴をあげてしがみついてきたな」


「そうですか・・」


 少年の胸のど真ん中に拳大の穴が開いていた。よほど無防備に突っ込んだらしい。


「それより、屋敷の地下室に囚われている連中の方が強そうだったが・・」


「地下に?」


「鎖で繋がれて拷問を受けていたな。取りあえずの治療はしたが・・あれは、サナエがやらないと元には戻らないだろう」


「そんなに・・ですか」


 エリカは息を呑んだ。身体の部位が損壊しているだけなら、リコでも治せる。サナエの出番となると、身体の一部を切り取られるなどしてから時間が経っているということだ。


「外は?」


「衛兵が来ていましたが、サナちゃんが追い散らしたので・・」


 活躍のほどをさらっと軽めに伝える。


「よし、地下へ行って、拷問部屋の連中を運びだそう。治療は他所でやれば良いから」


「はい!」


 エリカ自身も中級程度ながら治癒魔法は使える。それで延命しつつ、サナエ達の合流までもたせれば問題無いだろう。


「さっきの人、カーディスさんでした?」


 エリカの問いに、


「さあ? どうだったかな?」


 シンが気のない返事を返した。

 結局、真贋など、どうでも良いことなのだ。

 仮に先ほどのが替え玉で、本物の公爵が逃げ去っていたとしても、こちらからの警告はしっかりと伝わっただろう。これだけやっても、まだちょっかいを掛けてくるなら、今度はカダ帝国のカーディス領に出向くことになる。

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