第60話 飛んで火に入る虜囚達

 カダの商館から救い出した虜囚は2人だった。

 他は地下牢に繋がれたまま死骸となって久しい状態で放置されていた。


 1人は少年だった。1人は若い女だ。

 少年は獣人だろう。腕が猫のように獣化していた。女は容姿の美しさからして妖精種のように見えた。

 手足の腱を切られ、歯という歯を失い、両手足の指を折って引き抜かれた状態で、天井から吊り下げられて棒打ちにされていた。加えて、女の方はより悲惨な責め苦を味わっていたようだった。


 治療をしたリコとサナエの怒りが収まらず、侯爵の死骸を街の通りに放り捨ててしまった。

 その上で、治癒魔法で回復した2人の虜囚がそれぞれ槍で何度も突き刺した。


 見ていて気持ちの良いものでは無かったが、あの2人がされた事に比べれば些細なものだろう。


 俺達は追ってくる衛兵達を引き連れて山中へ移動し、置いてけぼりにして瞬間移動で町に戻ると、何食わぬ顔で旅館に部屋をとった。


「そちらの事情は訊かない。侯爵が俺達を狙って来たから始末しただけだ。着替えや金は貸しだ。後は自分達の才覚で生きるなり、死ぬなり好きにしてくれ」


 虜囚にされていた2人それぞれに、かなりの額のお金を渡して、名前を訊くこともせずに別れた。宿には1カ月分の支払いをしてある。

 そして、その夜のうちに迷宮へと向かった。


「あの2人、ついてきます」


 リコが身を寄せて囁いた。

 屋根から屋根へと跳んで移動しているのだが、あの2人も同じように跳んで追ってくるらしい。なかなかの身軽さだ。


「俺達が宿を出た事に気がついたのか。勘が良いな」


 地下牢から助け出されて眠る最初の夜である。肉体の傷は癒えたが、精神の痛みや疲労は癒やせない。今晩は部屋に引き籠もっているだろうと読んでいたのだが・・。


「どうします?」


 ヨーコがちらと見上げて来る。


「放って置こう。害は無いだろうし・・」


「良いんですかぁ?」


 サナエも後ろを気にしていた。


「ここで騒いでも仕方無い。なんか事情があるんだろ」


 言いながら、なんだか血の気が多い少女達をなだめている自分に気付いて苦笑が漏れる。


「・・あいつらを鑑定したのか?」


 俺はリコやエリカを見た。


「はい・・」


 エリカが素直に頷いた。


「それで?」


「子供は白王虎という種族で、王子らしいです」


「王子? どこの?」


 どこかに獣人の国でもあるのだろうか?


「カサンリーン国の王太子・・と見えました」


 リコが言った。


「ふうん?・・聴いた事が無いな」


「女の人は魔人です」


 そう言ったエリカの耳の辺りが赤くなっている。


「魔人? あれが?」


「淫魔という種族らしいです」


「淫魔・・?」


 振り返った俺の視線を避けるように、エリカが眼を逸らした。


「なんで、そんなのが捕まって地下牢に入ってたんだ?」


 特に隷属の呪具なども見当たらなかったが・・。


「・・それは分かりませんけど」


「屋根の上で斃した魔人に負けて捕まったのかも?」


 エリカが思い付いたように言ったが、そもそも魔人がどうしてカーディス侯爵に従っていたのだろう?


「そういう魔導具でもあるのかな?」


 俺は適当な事を言いながら、前方に見えてきた大きな建造物に注意を向けた。

 迷宮の出入り口を覆い隠すように造られた石造りの建物が、鉄籠で燃える炎に照らされて大きな影を揺らしている。


 詰め所で寛いでいた兵士達が誰何の声をあげて武器へ手を伸ばすのが見えた。

 諸国が共同管理をするということで、人や物を供出する形で迷宮管理の組織が作られている。あちらこちらに問い合わせをして身元の照会などやられたら、カダ帝国から横槍が入りかねない。


「ヨーコ」


「はいっ!」


 慌てて扉前に並ぼうとする兵士達の頭上を跳び越えたヨーコが、扉に向かって薙刀を打ち振った。返した石突きで突かれ、大きな扉が崩落するように倒れていった。

 広々とした広間に、獣脂に火をつけた燭台が並んでいる。そこに、地下迷宮への入り口が見えていた。


 あまりの事に呆然となって固まった兵士達の間を駆け抜け、エリカが地下入り口の周囲に置かれた魔導器に手を触れた。鑑定を使いながら解析をして、わずか数十秒で結界を解除する。


「エリカ、ヨーコ、サナエ、リコの順で」


 俺の指示で一列になって、入り口から見える石段を駈け降りていった。俺は大慌てで騒ぎ立てている兵士を一瞥してから最後尾を守って石段を駈け降りた。


「エリカは罠の発見と解除、ヨーコは敵の待ち伏せに即応、サナエは魔法による攻撃に対応、リコは道順を指示」


「はい!」


 迷宮とは呼ばれているが、いわゆる迷路とは違う。多少の分岐はあるが迷わせるために創られたものでは無い。地下なので完全な俯瞰にならず、鳥が飛ぶように道を周回してくる形になるが、それでもリコの"眼"によって無駄に迷わずに進める。龍の生食事件以降、同時に複数方面を"視て"来ることができるようになっていた。


「この階は、このまま真っ直ぐです。分岐はありません」


 リコの声に、全員がまっしぐらに走った。

 途中、何かが居たようだったが、武器すら使わずに文字通りに踏み倒して駆け抜ける。道々の魔物が轢き殺されて迷宮のシミになって消えていった。


 二階、三階・・・地下迷宮に鉄靴の音を響かせながら駆け足で走り抜けると、三時間ほど経ったところで、


「ここで休憩する」


 最初の休憩地は、全体が池のようになった階層で、一筋の細い通路があるだけの変わった場所だった。


「何階?」


「地下86階」


「あんまり敵が出なかったねぇ」


「そう? 結構ぶつかって来たけど」


 少女達がのんびりと話している横で、俺は神眼・双を起こして水を調べていた。


「呪われた水って見えます」


 鑑定眼を使ったエリカが報告する。


「邪妖の羊水・・だそうだ」


 俺は神眼による鑑定結果を伝えた。


「ようすい・・?」


「お腹の?」


「ここ・・妊娠してるんですか?」


 少女達が怖々と部屋を見回し、リコが"眼"を使って観察を始めた。


(邪妖というのが産まれる場所ってことかもな・・)


 このまま道を駆け抜けても良いが、どうせ水中から何かが襲って来る。先に殲滅してから進む方が気分が良いか。


(上にも・・何か貼り付いているし)


 天井の石に擬態した蟲のようなものが、びっしりと天井一面を覆っていた。


「・・リコ、部屋中を焼き払ってくれ」


「はい」


 リコが頷いて、両手を頭上へ掲げるなり、正面に突き出した。

 直後、部屋の中央にポツン・・と赤い炎が点った。

 その炎がみるみる膨らんで巨大になっていく。たちまち、水が蒸発し、奇声のような音を立てて天井の蟲達が身を焦がし、苦悶しながら消し炭になっていった。炎はそのまま膨らんで階層全体を灼き尽くしてしまった。

 

「あっ・・あの石っ?」


 ヨーコが指さした先に、魔人が遺す血魂石が転がっていた。

 

「壊せるか?」


 俺に言われて、全員が血魂石を武器で斬ったり叩いたり、突いたりしていたが、どうにも壊せなかった。


「なにこれ、かったぁ・・」


 呆れた声をあげてリコが長剣を握った手を揉む。


「それ貸して」


 俺はリコの長剣を借りると、無造作に振り下ろして血魂石を真っ二つに断ち割った。


「そんなぁ・・」


 リコが四つん這いに崩れ落ちた。

 直後に、血魂石から光る玉が浮かび上がって俺や少女達にぶつかって来た。

 どうやら、武技や魔技を奪う力を持った魔人だったらしい。

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