第176話 狙いは、パーリンス!?
(・・勘づかれましたか?)
敗戦の報を聴きながら、カンスエルは眉間に皺を刻んでいた。
敗戦は織り込み済みだった。
元より、レンステッズを陥落させられるほどの軍勢では無い。
目的は、あくまでも"素材"の入手と、それにより強敵の動きを牽制して新生した魔王のための時間を稼ぐこと・・。
(半日と保たないとは・・)
ドーズエルなどという力馬鹿だけならまだしも、魔導師団のダレングル師団長を目付に同行させていたというのに、5万もの蜥蜴人の戦士達に加えて、走竜を駆る妖鬼団、巨人団、そして魔導師団・・・さらには、諜報の要として各地へ配している空中要塞の一つまでも失われてしまった。
(あれを、どうやって探知したのです?)
地表から1万メートル上空に浮遊し、レンステッズからは200キロ以上の距離を維持していたはずだ。少女達の中に"眼"が良い者が居るという報告を受けているが、それにしても200キロ先までは見通せないだろう。魔神種の"眼"達でさえ、せいぜい30キロ程度だ。視界の精度を得ようとすれば、10キロまで寄らなければいけない。
"眼"とは別の探索能力を保有していると考えるべきだろうか。
(魔導技術による何か・・探査器のような物があるのでしょうか?)
200キロ以上を探知されるとなると、魔神種の"眼"による監視行動は大幅に制限され、情報に遅延が発生してしまう。鳥や虫に憑依しての覗き見の魔法ではレンステッズ外郭の結界すら通過できない。そもそも、地上からの接近が出来るような穴が存在しないのだ。
唯一、高空からの超望遠が残された道だったのだが・・。
「お父様」
声を掛けられて振り向くと、背に艶やかな蝶の羽根を生やした白金髪の少女が立っていた。カンスエルの作品の一つだ。
「来られましたか?」
「はい。御到着です」
そう言って、蝶の羽根をした少女が脇へ退いた。
戸口の向こうに佇んでいた甲冑姿の男がその場で一礼して見せる。
「お入り下さい」
カンスエルに促されて、甲冑姿の騎士が部屋に入ってきた。
背丈は3メートル前後。肩幅のある均整のとれた体躯の持ち主だった。首から上には、獅子の頭がついていた。
「西域方面軍、第1軍軍団長オウジン・ラーデン、帰参致しました」
獅子頭の巨漢騎士が床に片膝を着いた。
「ご苦労様です。急な呼集に応じて頂いて感謝します」
「勿体なき御言葉・・」
「北西部の戦場で、ダレングル・ブーンを失いました」
「・・彼の者を斃した相手を褒めねばなりません」
獅子頭の騎士が低く呟いた。
「まったくです」
カンスエルは、オウジンを誘って準備してあった地形図へと歩み寄った。
"眼"の魔神からの映像を元に、高低差は元より、木石の位置まで忠実に再現した模型である。
「封の一つが、この城塞地下に存在します」
中央、やや北側に置かれた城塞を模した模型を指さした。
「・・レンステッズですな」
「ええ、このレンステッズから、西のパーリンス、ゼール公国の一部にかけて、未だに攻略できておりません」
カンスエルが地図上に城の模型を置いていった。
「この度は、敵の・・兵を捕獲する作戦だったと窺いましたが?」
「はい。2名・・最低でも1名を捕縛あるいは仕留める作戦でした」
カンスエルは、2人の少女について説明をした。
「なるほど、己の武を誇っての突出ですか・・しかし」
幾多もの魔人を斃してきたという戦士が、そのような幼稚な功名心で飛び出したりするだろうか?
「ええ・・どうやら、私の考え違いのようです。あの娘達は突出しているのでは無く、作戦に従っていただけなのでしょう」
「・・自在に転移を行う者というのは厄介ですな」
獅子頭の騎士が鼻面に皺を寄せた。どれほど追い詰めても、転移して逃げられるのでは捉えようが無い。のんびりと呪文でも唱えてくれれば良いが・・。
「転移からの奇襲・・あの戦法には相当の自信があるようですね。ダレングルは、それでやられました」
火炎壁に呑まれる寸前まで見ていた闇の者からの最期の報告では、転移の娘が薙刀の娘を連れて出現し、ダレングル以下魔導師団を一瞬で細切れにしてから再転移して消えたそうだ。
「むう・・」
獅子頭の騎士が唸った。
「痛いのは、北部方面における"眼"を失った事です」
カンスエルが眉間を指で押さえながら言った。
「要塞が襲撃を受けたとか?」
「殲滅されました」
失ったのは、"眼"だけでは無い。各地の眼から集められた情報を集約し、分析する役割を担った"脳"の魔神まで斃されてしまったのだ。
「浮遊要塞は奪われたのでしょうか?」
「消えた・・そうです」
「消えた? あれほど巨大な物が?」
「観測班からの報告ですが、少なくとも、あの空域には存在していませんでした」
カンスエルは軽く首を振った。
恐らくは、いずこかに移動され、あの花妖精達によって再利用のために改修工事を行われているに違いない。今のところ、他の空域を見張っている浮遊要塞からの目撃情報は入っていなかった。
「やはり、手強い敵のようですな。魔王候補者でしたか・・花妖精種の若者は」
「はい。臆病と嗤われそうですが・・現時点では、可能な限りあの花妖精の動きを牽制し、多少でも戦力を削ぎ取ることを狙って行動するしか無いと考えています」
「どうやら、我が騎士団には良き戦場を用意して頂けそうですな」
「オウジン軍団長には、パーリンス攻略をお願いします」
カンスエルは地形図上に置いた砦の模型を指さした。
「後方を・・恐らくは補給基地になっているだろう町を落とす訳ですな」
「はい。レンステッズを完全に孤立化させます」
おそらくは、大量の避難民を抱えているだろうパーリンス以西の町村を狙えば、花妖精達に精神的な揺さぶりを掛けられるだろう。花妖精自身は動じなくとも、その取り巻きまでが平静で居られるとは限らないのだ。
わずかでも動揺が見られたなら、そこを突いて不安を煽っていけば良い。
「少し離れて・・ゼール公国の砦があるようですが?」
獅子頭の騎士 オウジン・ラーデンが沿海州にほど近い山砦を指し示した。
「そちらは、別部隊による襲撃を予定しています」
沿岸部には、沿岸部に向いた兵科・・兵種が存在する。
「では、我が騎士団はパーリンス攻略に全力を注ぎましょう」
「よろしくお願いします」
「ところで、巨人共が討たれたのは分かりましたが、闇の者共は如何したのでしょうか? 転移の娘を狙う手はずだっと聴いておりましたが・・」
オウジン・ラーデンが、カンスエルの双眸を見つめた。
「あの馬鹿げた
カンスエルは苦笑しつつ答えた。
元々、存在そのものが秘密めいていて、魔王旗下にあっても好かれていない部隊だ。オウジン・ラーデンのような武人肌の者とは折り合いがつかないのだろう。
「その炎壁・・防ぐ手立ては御座いましょうか?」
小さく息をついて視線を伏せつつ、オウジン・ラーデンが訊いてきた。
「それなりの魔導器を準備すれば可能ですね。しかし、パーリンス周辺は土塁程度しかない町村が点在しています。
「なるほど、強者とは言え、まだ年端も行かぬ小娘でしたな」
何の痛痒も無く同じ人間族を焼き払えるとは思えない。わずかでも躊躇うことがあれば、それがそのまま隙になる。
「それに・・調査にやった者の報告では、地下20メートルには湿り気が残っていたそうですよ」
カンスエルは準備してあった調査報告書をオウジン・ラーデンに手渡した。
「・・であれば、いかようにも」
獅子頭の騎士が微かに笑みを浮かべた。
「陽動を兼ねて、龍の
「お心遣い感謝致します」
オウジンが牙を覗かせて笑った。
「では、西域方面軍から中央方面軍へ異動し、本陣に残されていた後詰めの魔導師団を吸収、第7中央軍として編成します。第7軍の軍団長としてパーリンスを攻略して下さい」
カンスエルは、準備の指令書をオウジンと、控えている伝令役の少年へと手渡した。
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