第37話 港町
「じゃあ、ご苦労様。助かりましたわ」
サリーナ・レミアルドがしれっと何事も無かったかのように言って、町の大通り沿いにあったルカート商国の商館へと入って行った。後ろを赤子を抱いたリーラが申し訳なさそうに頭を下げ下げついて行く。
町に着いてすぐ、ここが何処か、ルカート商館はあるのかと大騒ぎをし、門衛に掴みかからんばかりに食ってかかり・・。
やっと手を離れたわけだ。
「とんだ疫病神だったな」
俺は頭を掻き毟りつつ嘆息した。
「先生、どうします?」
この頃は、サナエ達までが先生呼ばわりをする。
「買い物だ」
言いながら、俺は収納から準備してあった布袋を取り出して全員に配った。中身はお金だ。金貨、銀貨、銅貨を取り混ぜて同額ずつ入れてある。平民が向こう10年遊んで暮らせるほどの額だ。
「みんな収納持ちだ。食糧でも何でも買いたいものを買って良いが・・・ぐずぐずやっていると、サリーナが厄介事を持ち込んでくる。急場しのぎの物を買ったら、さっさと別の町へ行ってしまおう」
俺の提案に、全員が大きく頷いた。
「1時間後に町の外・・俺がみんなを見つける。面倒な事になったら強硬突破して町の外へ行け。今のおまえ達なら、相手を殺さない程度にあしらえる」
「はいっ!」
「よし、さあ行け」
俺の声に、少女達が素早く散って行く。
俺は魔物の素材を売り買いしている市場を探して街中をぶらついた。
露店で適当に食べ物を買い、飲み物を買い、ぶらぶらしながら路地へ入ると、裏通りにある露店市を端から端まで歩いた。
神眼・双を起こしている。
"本物"の巻物だったり、本だったり、書き付けだったり・・買い込んでいた。
それから、乾物屋へ行って香辛料などの調味に必要な物を買い込み、旅用に古着を何着が買ってから、さっさと町の外へ出た。門では無く、壁を飛び越えている。
広域を探知してみると、感心なことに少女達が四人とも町の外で待機していた。
その後方を、遠巻きに何人かが追いかけている。
気付いて、少女達が移動しているようだった。
その遠巻きに追っている連中のさらに後方に、潜んでいる人影が三つ。
神眼・双でさらに念入りに周辺を確認してから、俺は潜んでいる三人に後方から近づいて首をへし折った。驚いたのは、その内の1人から光る球が浮かび上がってぶつかってきたことだ。
どうやら、他人の能力を奪える力を持った奴が混じっていたらしい。
人相を確かめてみたが、召喚された人間とは違うようだった。この町で見かける赤銅色の肌に灰色の髪をしている。なおも神眼・双を起こしたまま手早く持ち物を調べ、上着の襟元に包み縫いにされていた紙片を取り出すと、少女達を追いかけている残りの連中を追った。
こちらの連中は気絶させるだけにして、金目の物を取り上げた。
「・・先生」
追いついて来た俺を見つけて、リコが後ろを見ながら近づいて来た。
「追っ手は片付けた。少しは買い物が出来たか?」
「はいっ、これ・・残りです」
リコが金袋を返そうとする。
「いや、そのまま持っててくれ。次の町では落ち着いて買い物をするつもりだ」
「わかりました!」
素直に頷いて収納へ入れる。
そこへ、残りの3人が集まってきた。
「よし、簡単に打合せをしよう」
俺は足場を均して、小枝を使って手早く地図を描いた。
「今、ここだ」
小石を置く。
「沿岸沿いの町は、ここ・・少し南側には漁村がある」
そちらにも小石を置く。
「街道がこの辺りにあり、この河を境にして渡った側が、隣のレドルードという国になる。領主はニフラン伯爵、ニフラン領・・ということだな」
俺は地面に次々に描き足しながら説明をしていった。
「沿岸沿いに北上するか、この街道で内陸側に逸れて中央高原を目指すか・・海を渡って西大陸を目指すか。大きく分けて三つかな」
「海は嫌です」
「エリカに同意」
「勘弁してください」
「船はもう駄目です」
異口同音に、西大陸行きは拒絶された。
「すると、北か東か・・だな」
俺は地図をじっと眺めた。
ルカート商国の影響はどこへ行ってもあるだろう。他国にある商館ですら、あの短期間で剣呑な見張りを3名も派遣できる力があるのだ。
どこへ向かっても、情報網にかかりそうだ。
「北に行こうか」
「はい。その・・理由を教えてもらっても?」
エリカが質問をしてくる。
「どこに向かっても尾行者が来るだろう?」
「はい。さっきも、ずっと追いかけて来ていました」
「さっきの連中がどこの奴か知らないけど、召喚された人間は世界各国の王族が集まる市場で競りにかけられるらしい」
「競り・・って」
「言い方が悪かったか・・・所属したい国を、召喚された者自身に選ばせる場が設けられるそうだ」
立ち会いには、四大神殿の司祭達。魔術や薬物、恫喝などによる不正な勧誘が行われないよう監視することになる。
「・・競りですね」
エリカが俯いて唇を噛んだ。
「そのぅ・・それで、何でそこへ?」
サナエが手を挙げて訊く。
「危なくないですか?」
ヨーコも不安そうだ。
「そりゃ、危ないだろ?」
「・・でも、行くんですよね?」
エリカの視線がやや尖り気味だ。
「どうせ、どこに居ても追かけっこだろ?」
「まあ・・そんな気はしますけど、わざわざ・・?」
「いや、どうせ旅するなら、召喚勇者の伝承がありそうなところを回った方が面白いじゃないか?」
「・・面白い・・ですかね?」
「先生、それって・・ばらばらになった他のみんなに会えるかも・・って事ですよね?」
それまで黙って聴いていたリコが、じっと俺を見つめながら訊いてきた。
他の3人が、あっ・・という顔でリコを見る。
「多分な・・悪い扱いは受けていないと思うから、それなりに元気なんじゃないか? 掠われた奴は・・まあ、どうか知らんけど」
俺の顔をじっと見ていた4人が、すぐに互いに視線を交わして大きく頷いた。
「北に行きます」
代表して、ヨーコが言った。
「ここをこう北へ行くと湖があるらしい。それを見てから、東へ・・」
俺の足元で地図がどんどん拡がっていく。
「ああ・・なんか来たから移動しようか」
ちらと町の方向を見て、俺は足元の地図を足でかき消した。
「駆け足」
「はい」
「はいっ!」
ヨーコを先頭に、エリカ、リコ、サナエ・・と走り出す。最後尾を俺が走った。
「先生っ、こっちであってます?」
「ああ、真っ直ぐだ。どんどん速度あげて良いよ」
「はいっ!」
ヨーコが張り切って走り出した。こうなると、さすがにエリカも、リコやサナエも遅れ始める。
「ヨーコ、とんでもないわ」
リコが呆れたようにサナエを見ながら言う。
「まだ来てます?」
エリカが俺の横へ来て訊いた。
「いや、後ろのは引き離したな」
「ヨーコを止めてきます」
小さく笑いながら、エリカが姿を消した。
(後ろから追ってきていたのはリーラだったな)
サリーナの護衛という苦労役をやっているだけあって、剣の腕も立ちそうだが、専ら揉め事の調停役をやらされているという感じだ。懸命に気配を断ちながら追いかけて来ていたが、とうとうなりふり構っていられなくなり鬼の形相で走っていた。それでも、俊足のヨーコにはもちろん、どちらかと言えば運動の苦手なサナエにも追いつけない。
わずかな時間で、地力に大きな差が生まれていた。
もちろん、戦闘経験、技術ではリーラに軍配があがる部分もあるだろう。ただ、実際に戦えば、最後に立っているのはこの少女達の方だと思う。
ただ・・。
(足の速いのが1人・・)
別口か、リーラの仲間かは分からないが、気配を消したまま並走するように移動している奴が居た。
「エリカ」
「はい」
「ヨーコを連れて飛べるか?」
「はい・・でも、どのくらいの距離でしょう?」
「眼は向けるな・・俺達の左手、200メートルほどに1人居る」
「・・感じられません。でも、居るんですね?」
「ぴたりと並んで移動してる」
「わかりました。一度では飛べませんけど、連続なら・・ヨーコと行ってきます」
エリカがヨーコに向かって駆けよって行った。
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