第38話 待ち伏せ
「尋問しないんですかぁ?」
サナエが不思議そうに訊いてくる。
視線の先に、エリカとヨーコが捕まえて来た少年が手足を縛られて転がっている。
歳は15歳前後か。浅黒い肌に黒髪、黒瞳という南方の風貌で、作りは端正だったが、目付きが尖りすぎていて、やや険のある印象が勝るだろうか。
「なにを訊くんだ?」
俺は不思議そうに訊き返した。
「え~・・どうしてつけて来たのかぁ?とか、何者の差し金だぁ?・・とか」
「誰かが指示して俺達をつけさせた。それで良いじゃないか」
「・・そうです? そうなの?」
サナエが隣に立っているリコを見た。
「いいんじゃない? だって、どこそこの誰々の命令でとか言われても、顔も名前も知らないもの」
リコが短刀の鞘に赤い紐飾りを付けようと、悪戦苦闘しながら答えた。
「そっかぁ・・そうよねぇ」
「それより、これ持ってよ」
「りっちゃん、それ無理だって・・できんでしょ? むりっしょ?」
「やるの!」
「むぅ・・ん・・」
「あああっ!?」
サナエの掴んでいた紐が千切れていた。
「ごっめぇ・・かんにんやぁ」
「・・サナ・・ひどい」
「ゆるしてぇ・・」
(平和なことだ)
2人のやり取りを横目に、俺はぼんやりと空を見上げた。
ちょっと休憩中である。
草原に布をひろげて寝転がっている。
横になっただけでなく、ヨーコあたりは本当に眠っていた。
縛られた少年は刺すような視線を向けていたが、誰1人として少年を気にかける者が居なかった。
「そうだ! 先生、手合わせしてください!」
リコが手をあげて言った。
「ここでか?」
「素手なら良いですよね?」
言いながら、眼鏡を外して収納する。
「・・そうだな。それなら良いか」
俺は立ち上がって敷布を収納した。素手での訓練なら、外野の眼があっても問題無いだろう。
「参戦しまっす」
サナエが上着を脱いで収納した。
「あたしもっ!」
「お願いします」
ヨーコとエリカが目を覚まして、いそいそとやって来た。
「じゃあ、ナシナシでやろうか」
ナシナシというのは、魔法ナシ、技能ナシ、純粋に身体の動きだけでやり合う決まりだ。
「いきますっ!」
提案者のリコが拳を固めて、するりと踏み込んでくる。
それに合わせて、俺の死角で身を沈めながら、サナエが足を刈りにくる。
エリカは握っていた砂を顔めがけて投げつけ、ヨーコは低く鋭い蹴りを膝内を狙って繰り出した。
俺は、ほぼ瞬時に、それぞれの後背へと移動して拳を突き出していた。
当然のようにそれを予想して、それぞれが後ろを振り返りながら拳で殴りかかってくる。
・・プンッ・・・フンッ・・フッ・・フンッ・・・
なんとも力の抜ける風切り音がそこら中に鳴り続け、周辺一帯が俺の残像で埋め尽くされていく。
約5分近く、そんな感じが続いていたが、その内に鈍い殴打音が聞こえて、
「ぶふゅっ・・」
ちょっと世間様には見せられない形相で、サナエが鳩尾を抱えながら倒れ込んだ。
続いて、
ビシィッ・・
鋭い音が鳴って、頭から弾け飛ぶように仰け反ったエリカが大の字に手足を伸ばして倒れ込む。
顎を拳で打ち抜かれたリコが白目を剥いて顔から地面に抱きつき、重々しい地響きと共に投げ落とされたヨーコが地面に肩口からめり込んで動かなくなった。
「うん・・どんどん良くなるな」
俺は本心から感心していた。
まだまだ、魔人相手では苦戦必至だが、辺境部でも冒険者で食っていけるくらいの腕前になっている。
(まあ、南境は腕っ節だけじゃ駄目だけどな・・)
俺は清浄の魔法を使ってから、収納から紙を糸で綴じた覚え書きを取り出した。
この少女達に稽古をつけるようになってから、欠かさずにつけている。個々人の良かったところ、悪かったところ、良くなったところ、悪くなったところが書いてあった。
この手合わせは毎日の日課だから、ほぼ日記のようなことになっている。
(・・その辺の魔物とやるより、こいつら相手の方が練度があがるんだよな)
武技にせよ、魔技にせよ、耐久についても、強い相手とやった方が上がりやすいらしい。雑魚を相手に、ひたすら数をやっても微々たるものだが、この少女達を相手にやると練度が大きく稼げる。
とは言っても、ちゃんと加減は必要だ。
結局ところ、本気のやり取りをしない限り、新しい武技や魔技は得られそうも無い。
「拳撃耐性キタァーーー」
リコが拳を突き上げた。いつの間にか復活したらしい。
新しい耐性の項目が顕れたのだろう。顎をぶん殴られておきながら、ニコニコと上機嫌である。
まあ、俺との手合わせでは、この少女達の方が恩恵が大きいだろう。
色々な耐性が増える上に、必ず治癒魔法を使うことになる。
今は捉えた少年が居るから使っていないが、普段は魔技も武技も自由に使った手合わせだ。鑑定眼を使って能力や熟練の度合いを見られるから、日々の成長が分かって楽しいだろう。
もちろん、失った4人の仲間の事が根底にある。
早く強くなりたいという思いのだ。誰にも尊厳を汚されないくらいに。
この世界で、14歳前後の少女だけで生きて行こうとするなら、絶対的な・・・少なくとも、迂闊に手を出せば大火傷をするという"看板"が必要だ。
「ぁ・・活性の次が出たっぽい」
ヨーコも喜色を浮かべて拳を握りしめている。
すぐに、エリカやサナエと一緒にあれこれと考察を始めてしまった。
「そろそろ移動しよう」
俺は声をかけて歩き出した。
「今度は、私にも見えます」
エリカが呟くように小声で言った。横で、ヨーコやリコ達も頷いている。
ここは草原だが、山賊というのだろうか。柄の悪い連中が行く手に待ち伏せているようだった。街道沿いを縄張りにして、行き来する旅人を狙っているのだろう。
「手を出すのも出さないのも自由。どっちにしても俺が片付けるから」
相手は人間だ。人を殺すことになる。やりたくないと言っても責めるつもりはなかった。
「怖いけどやってみます。でも、駄目だったら、すいません」
リコが率直な思いを口にした。
何かにつけて素直に言葉を発する娘だった。他の3人も思いは同じだろう。
硬い表情で頷き合っている。
「さんざん殺した半魚人だって人間なんだけどな」
俺は苦笑しつつ、収納から細剣を取り出した。例の竜頭の怪人から貰った剣だ。そして、左手にはリアンナさんから贈られた小楯。
「行くぞ」
気軽く声をかけて、俺は走り出した。
やや遅れて、少女達が追いかけてくる。それぞれ武器を手にしていた。
(初めて・・なら、飛び道具か、魔法の方が良いかもな)
そう思ったが、それは各人の覚悟の問題だ。
(たぶん・・耐性がつくだろうけど)
善し悪しはともかく、心傷耐性というのが顕現するはずだ。
二度目以降は、山賊相手に躊躇するようなことにはならないだろう。
(今回ばかりは・・少し目を配っておこう)
俺は少女達に速度を合わせながら、前方で隠れているつもりの山賊達を眺めやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます