第101話 遺品と始末

「誰か凍結の魔法は使える?」


 俺の問いかけに、リコが手を挙げた。


「じゃあ、リコとヨーコ、この人達の衣服を着替えさせてやりたい。奥さんと娘さんの方を頼めるか?」


「はい」


「旦那さんの着替えは俺がやろう。終わったら凍結だけ頼む」


 無惨な死体となり果てていた3人を清潔な白布の上に並べて俺は指示をしていた。


 壁際には、死んだような眼をした女達が座っている。屋敷に囚われていた女達だ。

 

「あっちの女達は、サナエが診てやってくれ。まあ・・無理せず、怪我や病気を治す程度で良い」


「はい!」


 じれたようにして指示を待っていたサナエが大急ぎで走っていった。


「エリカ」


「はいっ」


「念には念だ。もう一度、隅々まで屋敷から地下まで見回ってくれ。帳簿か・・記録、そのための魔導具・・何でも良い。めぼしい物は根こそぎ持って来て欲しい」


「分かりました」


 頷いて、エリカが女達から姿を隠すように俺の陰へ入りながら瞬間移動で消えた。

 

「先生・・凍結の魔法を使っても、あまり時間が掛かるようだと魔法が解けてしまいます」


「そうか・・なら、身綺麗にして凍結したら、氷室を作って安置しておこうか」


「分かりました」


 リコが頷いた。


「・・・俺の服じゃ小さいな」


 俺より神官の方が身体が一回り大きかった。上着の袖口、ズボンの裾口に斬り込みを入れて何とか着せたが・・。


「すまんが、これで我慢してくれ」


 俺は神官に声をかけながら茶色い髪へ櫛を入れた。歳は40そこそこだろうか。いかにも意思の強そうな顔立ちで・・中背ながら筋骨も逞しい。よく鍛えた体付きだった。

 すでに清浄化の魔法をかけて血痕は消してある。背中や胸の傷は衣服で隠せたが、死者には治癒が効かないため、腫れ上がった顔や頭部の傷はどうしようもない。


 なんとかできないかと思っていると、


「化粧をします」


 リコが声を掛けてきた。


「ぁ・・そうか、そうだな・・そうしてあげてくれ」


 俺は脇へ退いて、リコに任せることにした。


 奥さんと娘さんの方も着替えが終わり、痣や傷は化粧で消してあった。2人とも亜麻のような薄い金色の髪をしていた。ヨーコが綺麗に櫛でとかして胸元で手を組ませている。


「・・先生」


 エリカが戻って来た。


「城門に、神官騎士団が到着したみたいです」


「騎士団が来たのか」


 俺は、女達に穏やかな声を掛けながら治療をしているサナエの様子を確かめてから、通りへと出てみた。後ろをエリカがついてくる。


「50騎でした。1人、とても強い人が居ます」


「へぇ・・?」


 思わずエリカを振り返っていた。この少女から見て、そこまで言わせるような騎士が派遣されてきたという事は、俺達がやったような掃討戦をやるつもりだったのかもしれない。


「もしかして・・」


 強い神官騎士というのに1人だけ心当たりがあるが・・。


 エリカと二人して待っていると、通りの向こうから城門の番兵に案内されて騎馬を引いた銀甲冑の一団が近付いて来た。


(・・やっぱり)


 先頭を歩いているのは、エルフの青年神官・・ミューゼルだった。

 向こうも、こちらを警戒していたようだったが、こちらの姿を確かめるなり、大きく手を振ってきた。他にも、俺を見知っている騎士が居るようで数人が安堵の表情を浮かべていた。


「シン君っ! 君だったのか!」


 兜の庇を跳ね上げて顔を見せるようにしながら、急ぎ足になって近づいて来る。


「久しぶりです。ミューゼルさん」


 俺もエリカも甲冑は着ていない。町の人と変わらない平服姿だった。


「君が居るということは・・もう?」


 ミューゼルが焼け落ちた神殿を見た。


「神官並びに、その奥方と娘さんは、北街区の区長宅に拉致された上で暴行を受けて死亡。今、死化粧を施していたところです」


 俺の報告を聴いて、騎士達から怨嗟の声があがる。案内をしてきた番兵達が身を縮めるようにして立ち尽くしていた。


「その区長達は?」


 ミューゼルが治療を受けている女達を痛ましげに見つめながら訊いてきた。


「事情を訊くためにここへ来て貰いましたが、手違いで死亡しました」


「それは良い手違いだったね。手間が省けて助かるよ。できれば・・この手でとも思ったが・・」


「まだ埋葬は終えてません。ミューゼルさんが確認してから、そちらの番兵さんにお任せしたいんですけど?」


「もちろんだ。後の事は私が引き受けよう」


「区長、その情婦、息子のマッカス、それから・・魔人を1人。魔人は仕留めた上で、血魂石を砕いてあります」


「魔人・・報告通りか。ここの神官・・ルーニング神官から本殿に当てて報告があったんだ。どうも町中に魔人が入り込んでいるようだと・・」


 町の若い女性を中心に失踪者が相次いでいて、町の各街区の長に相談しても取り合って貰えないのだと・・。


「レイン司祭の元へ嘆願書が届けられたのが10日ほど前だから、おそらく・・もっと前から各所の神殿には相談していたんじゃ無いかな」


「10日前に書簡が届いて・・それから、ここへ到着するには少し距離がありますよね?」


「転移装置だよ。カリーナ神殿の秘蔵する神具は鑑定具だけじゃ無いからね」


「なるほど・・」


 転移が出来るなら、50騎の神殿騎士が国境を無視して出現したのも理解できる。カリーナ神殿の本殿からでは、いくつもの国を跨いで移動しなくてはならないのだ。本来なら、到底、騎士の派遣など思いつけもしない状況だ。


「ふふ・・転移と聴いても驚きもしないね、シン君は」


「まあ、実際、珍しくも無いですからね」


 俺はちらとエルフの顔を見上げて小さく笑みを見せた。


「レイン司祭様とアマンダ神官長から、それぞれ書簡を預かってるんだけど・・もう1年前なんだけどね」


「1年前の書簡ですか?」


「リアンナ副支部長からアマンダ神官長にシン君について何やら報せがいったらしくてね。君を見かけたら渡すようにって、押し付け・・・じゃなくて、預けられたんだよ」


「はは・・」


 あの見た目が5歳児の神官長は実に押しが強い。ミューゼルもタジタジだろう。

 俺はミューゼルから2通の書簡を受け取った。


「ところで・・そちらのお嬢さん方はもしかして?」


 ミューゼルが少女達を見回してから俺の顔を見た。


「召喚された69人の中の4人ですよ」


 俺は素直に教えた。


「・・驚いたな。どういう巡り合わせで、シン君と・・」


 ミューゼルばかりでなく、居並ぶ神官騎士達もどよめいていた。


「強制連行中です」


 しれっと言う俺の後ろで、4人が笑顔で頷いている。


「強制・・・というわりに、表情は明るいみたいだね」


「名簿有ります?」


「いや・・例の一件から担当を外れてね。それに、もう全員が王国へ行ったから」


「カリーナ神殿には居ないんですか?」


「こちらの世の問題は、こちらの世界で解決すべし・・というのがカリーナ神殿の主張なんだよ。これ、前にも言ったっけ?」


「聴いた気がします」


「だから、召喚された69人には同情はするんだけど、神殿として何かをお願いしようというつもりも無い。それなら王国に渡してくれ・・と、まあそんなやり取りがあったんじゃないかな?」


「そうですか。あれから、レイン司祭様はお身体の方、大丈夫でしたか?」


「ああ、それはもう・・例の元気なお声が聞こえない日は無いくらいさ」


「良かった。司祭様には良くして頂いたので・・」


「ちなみに、アマンダ神官長もお元気だよ?」


「・・ああ、そうですか。そうだと思ってました」


 俺は軽く笑った。


「シン君、その子達のこと、どう報告すれば良いかな?」


「どなたに?」


「レイン司祭様とアマンダ神官長にはそのまま伝えるんだけど、ほら・・・騎士とかやってると、杓子定規な頭ががっちがちな上役が居るんだよ」


「ああ・・そうでしょうねぇ」


 俺は少し考えたが、

 

「じゃあ、こう伝えて下さい。この子達が欲しかったら、保護者である俺を斃してからにしろと」


 にんまりと笑みを浮かべながら言った。

 途端、後ろで耳を澄ませていた4人が華やいだ歓声をあげて手を取り合う。


「あのね・・シン君、それ伝えたら、奪って来いって騎士団に命令が下っちゃうから勘弁して。君とやり合うとか、命が幾つあっても足りないんだからね」


 ミューゼルが頭を抱えるようにして言う。


「う~ん・・なにか無いかなぁ、適当な理由・・」


「まあ、そんなことより、この人達の遺体と遺品の確認をお願いします。それから、あちらの女の人達は区長によって監禁されていました。できれば、ミューゼルさんの差配にお任せしたいのですが?」


「うん、それは引き受けるよ。ジークール・・」


 ミューゼルに呼ばれたのは、女性騎士だった。


「話は聴いていたね? まずは話を聴いてあげてくれ」


「畏まりました」


 女騎士が折り目正しく一礼した。


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