第102話 建築依頼

 レイン司祭からの書簡は、こちらの身を案じた内容だった。

 困ることがあれば、各地のカリーナ神殿を頼ってくれて良いと、大陸の何処においても身元の保証確認が取れるようになっていると・・。


 アマンダ神官長の方は、どうして出立前に挨拶に立ち寄らなかったのか・・について、延々と書き綴られていた。


「・・よろしくお伝え下さい」


 すべてをミューゼルに託すことにした。このエルフの神官騎士も、あの5歳児が苦手らしく困り顔で頭を抱えていたが・・。


「この町で会った事、無事だった事は伝えて良いよね?」


「もちろんです」


「カリーナ神殿は軽々には動かないとは思うけど、召喚元である王国はうるさく言ってくるよ?」


「構いません。近々、こちらから出向きます」


 俺はにっこりと笑顔で言った。


「・・巻き込まないでよ?」


 ミューゼルが苦笑する。


「大丈夫です。たぶん・・」


「おいおい・・細く長く生きるのが僕の夢なんだからね?」


「ははは・・」


「いや、本気で頼むよ? レイン司祭様とか泣いちゃうよ?」


「俺、司祭様に手をあげるような愚か者じゃ無いですよ?」


 心外そうに俺が言うと、


「・・僕は?」


 ミューゼルが不安そうに訊いてきた。


「大丈夫ですよ」


 このエルフ神官なら巻き込まれても大丈夫だろう。不安げな事を言っているが腕前の方は確かだ。


「・・なんだろう。全然、安心できないんだけど?」


「王国に近付かなければ良いだけですよ?」


「・・そうだね。気をつけよう」


 真剣な表情でミューゼルが頷いた。


「ここの後始末はお任せしても良いんですね?」


 大義名分はどうであれ、町中で大量殺人をやったのだ。政治的な後始末は混迷するだろう。


「それは任せてくれ。50人も連れて来て、はい、さようならって訳にはいかないからね」


「他の街区もやるんです?」


「返答によってはね・・何しろ、カリーナ神殿の神官一家に対する非道を傍観していたんだから」


 まあ、このエルフの神官も見た目通りの穏やかな人物では無い。涼しげな顔はしているが、腹の中は相当煮えくりかえっている様子だ。このまま終わらせるつもりは無いのだろう。責め殺しにされた神官は元より、その妻子の殺され方を考えれば当然だろう。


「ここに神殿を建て直すんですか?」


 俺は焼けた一軒家を眺めた。


「うん・・ここから南に街道を進んだところに、セリンという町があるんだけど、そちらに元司祭を務めていた方が引退して暮らしていらっしゃる。しばらくの間、この辺りのことをお願いしようと思う」


「なら、ここに神殿を建て直すんですね?」


 俺は、焼け跡のある石壁やら、まだ無事な家具類を眺めながら訊いた。


「まあね」


「俺が建てて良いですか?」


「カリーナ神殿を?」


「大工仕事は自信がありますよ? ロンダスでも大工の手伝いをやらされて・・・やっていましたから」


「ははは・・良いんじゃない? カリーナの本殿には届け出を出しておこう。聖光の付与は司祭様がおやりになるから、シン君はかけちゃ駄目だよ?」


「分かりました」


「じゃあ、建物はシン君に任せる」


 ミューゼルが笑顔で言った。


「団長!」


 黙って聴いていたジークールという女騎士が近付いて来た。

 こちらを横目に睨みながらミューゼルに向かって何やら小声で申し立てている。神殿の建築は聖匠と呼ばれる神殿お抱えの大工達が行う決まりになっているのだ。

 ミューゼルの方は苦笑しつつ聞き流していた。


 そうこうする内に、別の騎士が駆け足に近付いて来た。死体となった神官一家を搬送する部隊が到着したらしい。


「よし、ハンスとリゴットは護送役を頼む。君は予定通り、セリンへ向かって親書を届けなさい」


「・・了解致しました」


 ミューゼルの指示を受けて、女騎士がくるりと踵を返し、すでに選抜してあったらしい4名と共に馬上の人となった。実に無駄の無い行動である。


「真面目な子なんだけど・・真面目過ぎるんだよなぁ」


 ミューゼルがぼやきながら髪を掻き上げると、乱れなく整列したまま待機している騎士達に向かって頷いて見せた。


「さて・・これで今生の別れってわけでも無いだろうし、そろそろ仕事に取りかかるとするよ。建て直しは、すぐに始めるのかい?」


「ええ、少し材木を手に入れて・・ざっと3週間ですね」


「分かった。レイン司祭様とアマンダ神官長には書簡でお伝えしておくよ」


「はい」


 俺も、エルフの神官に軽く手をあげて見せ、待ちくたびれている少女達の方へ歩いて行った。


「そういう訳で、ここの神殿を建て直す事になった」


「質問があります!」


 ヨーコが手をあげた。


「なに?」


「先生は神殿の人なんですか?」


「いや、放っておくと危ないってことで、神殿から監視対象にされているだけだ」


「ああっ、分かりました!」


 ヨーコが納得顔で頷いた。


「レイン司祭様という人は覚えていますけど・・アマンダさんという人は知りません」


 リコが首を傾げる。


「このぐらいの人だ」


 俺は、自分の腰の辺りに手をやった。

 間違ったことは言っていない。事実、このくらいの背丈をした人物なのだから。


「・・そういう種族の方なんですか?」


「まあ・・たぶん、そんな感じだな」


「ここに家を建てるんですかぁ?」


 これはサナエである。


「神殿を建て直す」


「その間は、宿屋ですかぁ?」


「森に泊まる」


「魔の森ですねぇ・・魔の森・・名前に"魔"が付いてますよぉ?」


 サナエが腕組みをして唸る。


「そうだな」


「魔虫が嫌なんですよね。寝ている間に這い寄ってくるし・・気配が薄いんですよ、虫って」


 ヨーコがぶつぶつ言っている。


「おまえなら、噛まれても問題無いだろう?」


「絵的に良くないんですよね、あれ・・・朝起きたら、ブヨブヨした黒いのが身体に吸い付こうとして集まってた時とか絶叫ものでした」


 エリカがそっと嘆息する。

 確かにそういう事もあったが、今の身体の耐性値なら、魔蟻だろうと魔蜘蛛だろうと放っておいても害は無いはずだ。ラースも居るのだから、そもそも魔虫だろうと魔獣だろうと軽々には近寄れない。


「酸の雨が降る砂漠とか、寝ている間に服が溶けましたよね」


 リコがぽつんと呟いた。


「あぁ・・まあ、あれは・・な」


 あの時は、さすがに問題無いとは言い難い状況になった。色々と赤裸々な状況になってしまい、ほぼ一週間近く、少女達の機嫌が直らなかった。

 今なら、神具の防具があるので、大丈夫だとは思うが・・。


「・・神殿より先に、森に自分達の家を建てるか」


「良いですねぇ!」


 サナエが抜群の笑顔を見せる。


「よろしくお願いします!お手伝いしまっす」


 ヨーコとエリカがニコニコと破顔する。


「先生の家、暮らしやすいですから楽しみです」


 リコがにっこりと笑顔を作って追い込んでくる。


 例の南の島にあった館の木材やら石材を持ち運んでいるので、少し手直しをするだけで立派な館が建つだろう。しかし、あれを建てる労力を考えると、簡単には離れられなくなる。


(いや・・こいつら、それが狙いか?)


 虫だの服だの、不平を口にする少女達じゃない。自分達でどうにでも出来るのだから。


(ここに何かあるのか?)


 リコの"眼"が、俺に見えていない何かを捉えているのだろうか?

 

「あれくらい大きな街ができるくらいだから、森に・・森の恵みが・・かなりの恩恵があるんじゃないかなって思うんです」


 俺の疑念に答えるようにエリカが言った。

 そう言われてみれば確かに、旨味の無い場所に、これほど大きな街は出来ないだろう。雑魚過ぎて忘れかけていたが、片付けた連中には魔人も混じっていたような・・。


「あ・・そう言えば魔人が居たな」


「ほら、忘れてた」


 リコがエリカを見て笑った。


「もうっ、だから"魔"って、強調したのにぃ~」


 サナエが何やら悔しがっている。

 

「魔人のことは忘れていたけど・・お前達が気にするようなのが居たか?」


「もう、何を言っているんですかぁ、記念すべき千体目ですよぉ?」


 サナエが口を尖らせる。


「・・千体・・だったかな?」


「天空人は抜きで、あと私達と会う前のはノーカウントです」


 リコが言うから間違いないのだろう。


「いや・・うん」


「なので、記念パーティをするべきだと思うんです」


「パーティ・・」


「良いじゃ無いですか! 森にお家を建てたら、完成記念も兼ねて、ぱぁ~と騒ぎましょうよっ!」


 ヨーコが腕にしがみつくようにして言う。


「お、おう・・そうか。そう言うことなら・・」


 何となく、少女達の剣幕に圧されつつ、ひとまず魔の森に腰を落ち着けることを了承したのだった。

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