第103話 家を背負うモノ

 魔の森は、霊峰跡地とは聴いていたが、とんでもない広さの盆地だった。

 中に入ると、周囲を3000メートル近い断崖絶壁に囲まれた平地になっていて、川も流れているし、湖沼群があったり、氷雪の残る場所もある。赤茶けた岩肌が剥き出しの場所や苔のような植物しか無いような場所もあった。


 街にほど近い場所には、探索をやる冒険者達のキャンプ地が転々とあり、様々なルートで奥地を目指して踏み入っているようだ。

 拾得物をいち早く仕入れようとする商人達まで野営の天幕を張っていた。


「まるで円形闘技場ですね」


 リコが概略図を眺めながら言った。

 規模が巨大過ぎてピンと来ないが、切り立った崖に囲まれた盆地は、闘技場だと言えなくも無い。直径が50キロ近い円形闘技場だ。


(裾野でこれだけの広さだったとしたら・・霊峰というのは凄い大きさだったんだな)


 魔の森の中心部には、底の見えない縦穴が開いていて、ちょっとひくくらいの濃い魔素が澱んでいた。その縦穴から大地が息吹くように濃密な魔素が、高く低く何度も繰り返し噴き上がっている。


 縦穴からほど近い場所を整地して館を建てることに決め、図面を引いて、持ち運んでいた建材を加工したりしながら基礎部を造ろうとしていたのだが、どういう理屈か、ここの土地はわずかな時間で変容してしまい。土壌の質も硬さも激変する。それどころか、地面が滑るように移動するのだった。


「エリカ達、上手く捕まえたかな?」


 俺は館の具合を確かめつつ、リコを振り返った。


「暴れられて逃がしそうになっていましたけど・・なんとか捕まえたみたいです」


 リコが虚空を見つめるようにして呟いた。

 

 森の中でナメクジのような生き物を見付けたのだ。ヨーコが持っている魔技で意思疎通が図れるというので、そのナメクジを連れて来て背中に家を載せようという事になった。カタツムリみたいになって可愛いだの、動く家に憧れるだの・・まあ、主にヨーコとサナエが盛り上がった結果だった。


「先生、難しかったです?」


 エリカが訊いてくる。


「どうかな?思った通りには造れたけど、ちゃんと動いてくれるかどうか・・」


 ほぼ図面通りに組み上げた木製の館を見回し、俺は満足して頷いた。

 三階建て、総木造の館である。屋根と外壁だけは、薄い金属板を貼った鎧板が壁面に吊されていて、鱗帷子のようになっていた。


 今回は、少女達の要望を大幅に取り入れて、冷風装置、床と壁の暖房、湯船やシャワーなどの水洗器具や貯水装置を製作してあった。魔法で洗浄ができるくせに、精神的な満足度が違うのだと、口々に言いつのられて根負けした形だ。居室の快適さだけで無く、薬物の調合場所、獣や蟲の解体処理場、縫い物などの軽作業場、金屑の出る工作室・・などなど、居室よりも作業場が充実している。特に誰からも要望は無かったが、一応、調理室も造る予定だ。


 基礎部は空洞になっていて、ヨーコ達が連れて来るだろう、魔物が収まる・・・はずだ。


「ある程度の傾きや震動は魔導器が逃してくれるはずなんだけど・・さて、どうなるかな」


 ねじれと衝撃を吸収する魔導具と大きな傾きを軽減させる魔導器を、ふんだんに盛り込んである。


「見た感じは、ちょっと高床な・・お屋敷ですね」


 リコが嬉しそうに見上げる。


「家にしては鎧板が物々しい感じだけど・・」


 どこかの国が、こういう戦船を造ったと聴いたことがあるが・・。


「そこが良いんですよ!」


 エリカが笑う。


「・・そうなのか?」


 完成予想図のスケッチを描いたのはエリカだ。

 まあ、本人が満足しているなら良いのかもしれない。


「来ましたね」


 リコに促されて視線を巡らせると、木々を包み込むようにしながら、透明なゼリー状の化け物が蠢き近付いて来るのが見えた。


「あら・・なんだか綺麗ね」


 呟いたのはリコだ。

 確かに、ナメクジをイメージしていたから、ちょっと面食らう感じだ。

 粘体というより、透明な液体の集合体といった雰囲気で、透き通った体内で陽の光をキラキラと輝かせている。

 横を、ラースが背にヨーコとサナエを乗せて、のしのしと歩いていた。


「先生、お待たせです!」


 ヨーコが元気いっぱいに声を張り上げ、ラースの背から飛び降りてきた。


「・・っだぁーーー」


 続いて飛び降りようとしたサナエがラースの角に足を引っ掛けて、つんのめるようにして頭から落ちてくる。ラースがちらと眼を向け、先に着地したヨーコも振り仰いだが、そのまま何もせずに見守っていた。

 サナエは何を思ったのか、両手を拡げて半分身をよじるような恰好をしつつ、そのまま地面に激しく衝突していた。中途半端に身をよじったために、後頭部から落ちた恰好である。


「サナ・・」


 リコが眼を覆いながら溜息をついた。

 

「どうして誰も助けてくれないのぉ~」


 サナエが頭を擦りながら起き上がって泣き真似を始めた。


「神獣・・バルハル? これ・・獣なのか?」


 神眼・双を使いながら驚きを口にしていた。


「えっ・・神獣?」


 全員の眼が、透明なキラキラしたゼリーへ注がれた。

 まるっとしたゼリー状の何かは、当然だが、どちらが前だか後ろだか分からない。そもそも、そういう向きが存在しているのかさえ怪しい。ただ、水のように澄んでいるのに、ちゃんとした形を保っている・・・そういう生き物だった。


「ヨーコ?」


 こんなもの、どうやって説得したというのか。


「えっ?・・あははは・・全然、話が通じなくって・・ごめんなさい」


「それで・・こいつ、どうやって連れて来たんだ?」


「ラース君が話をしてくれたみたいなんです」


「ラースが?」


 俺が見上げると、双角の魔獣がいそいそと身を屈めて鼻を近づけてくる。その目と鼻の間をごしごしと擦ってやりながら、


「おまえ、その・・バルハルという神獣と話せるのか?」


 気持ちよさそうに喉を鳴らしているラースに訊いてみると、こちらを見つめる瞳の感じが、自信に溢れているようだった。


(できるみたいだな・・)


 この魔獣には鳴き声というものが無いので、なんとなくだが・・。


「・・で、だれか、この神獣が何を食べるのか知ってる?」


 駄目だと分かっていての問いかけだったが、意外にも・・。


「バルハルって、山が火事になるとやって来るんですよ!」


 大きな声を出したのは、ヨーコだった。何かの物語で仕入れたらしい。


「山火事? 火事を・・火を喰うのか? 熱?」


 ラースが雷を喰うのだ。火を喰う生き物が居ても驚かないが・・。

 俺は、エリカを見た。

 視線に気付いたエリカが小さく頷いて、神獣すれすれの所をめがけて小さな火球を飛ばした。瞬間、透明な何かが躍り出て火球を絡めて消し去った。


「おおぉぉ・・」


 サナエが声をあげながら拍手をする。

 

「消しただけで、食べたかどうかは分かりませんね」


 リコが腕組みをする。


「ちょっと、サナ・・そこどいて」


 そう声をかけるなり、リコがサナエが立っていた辺りに火柱を出現させた。


「ぎゃあぁぁぁぁ」


 大袈裟に悲鳴をあげながら、サナエが転がり出る。


「おぉっ・・」


 かなり大きな火柱だったが、一瞬にして消え去っていた。今度は神獣バルハルの透明な体がほんのりと赤みがかっていた。


「食べてるのか?」


 俺はラースに訊いてみた。ラースが自分にもくれと言わんばかりに鼻面でぐいぐい押してくる。


「火なのか熱なのか分からないけど・・」


 俺は左手から電流を生み出して棒状に圧縮しつつ、神獣バルハルに向けて口をすぼめて龍炎を吐いた。


 その結果、


「ぅわぁ・・」


 ヨーコが声をあげた。


 ラースが大喜びで電流棒に齧り付き、龍炎に体ごとぶつかるようにして神獣バルハルがにじり寄って炎を呑み込み始める。ゼリー状の体がみるみる真っ赤に色づいて発光し始めた。


「いいなぁ・・先生、いいなぁ・・」


 心の底から羨ましそうにヨーコが身を揉むようにして声をあげた。



=====

第1章・・・冒険者群像 <おしまい>


続く、第2章・・・勇者群像

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