第二章 勇者群像
第104話 襲来
レンステッズ導校という学校がある。東大陸では歴史のある名門校の1つで、魔法に秀でる者を多く輩出しているため、レンステッズ魔導学校という呼び方をされる事が多い。
その学園に魔導を使った拡声器で号令が響き渡っていた。
未だ夜も明けきらない冷え冷えとした朝靄の中、武装した生徒達、教職員がそれぞれ指示を受けた持ち場に向かって走っていた。
学園を中心とした学生寮や旅宿、食堂、日用品や古書などを扱う店、鍛冶や装飾品などの店、それらに必要な物を取り引きする市場・・そこで働く人々の家々が軒を連ねた人口8千人ほどの学園都市である。
しきりに防空魔法の展開と維持を叫んでいた魔導の拡声器が、今度は南門と西門に魔導車を移動させろと騒ぎ始めた。魔力を増幅して火球を遠射できる魔導の兵器だ。増幅器の製造が難しいため、まだまだ普及していない貴重な魔導兵器が南門前だけでも20台。鎖で吊られた跳ね橋の向こう側に配置された。筒先が向けられているのは、南方に広がる丘陵地である。
朝靄で煙っている中を、地面を揺るがすような地響きと共に、鎧姿の
距離はすでに500メートルを切っている。
『撃てっ、撃てぇっ! 何をやってるっ!』
興奮した声が拡声器から流れていたが、
「まだ射程の外だ。引きつけろっ!」
現場で指揮をしている教師の男が声を張り上げていた。
「撃ったら門内へ撤収、跳ね橋をあげるぞ! 撃ち方用意ぃ・・・」
殺傷威力の出せる射程は150メートル程度だ。
距離200で、
「撃てぇっ!」
男が号令を発した。わずかな間を置いて魔力が充填され、魔導砲から巨大な火球が撃ち放たれた。
「撤収っ! 城門内へ走れぇっ!」
うるさくがなり立てている拡声器に負けじと、教師の男が号令を発して、追い立てるようにして若者達を城門の中へと待避させた。
「門落とせぇっ!」
開閉器の上に待機している若者へ命令しながら門内へ駆け込むと、
「城壁へ上がれっ! 広域魔法は威力が落ちるぞ! 単騎を狙える魔法を選べっ! 槍弩、弩弓、準備良いなっ? 距離50で斉射する。外すなよっ!」
「はいっ!」
ずらりと城壁に並んだ若者達が弩を構えたまま返事をする。
「まもなく、50ですっ!」
「まだ80だっ! 慌てるなっ!」
怒鳴りながら、教師の男が舌打ちをした。
魔導砲の火球を嘲笑うかのように真っ向から突き破って向かってくるのだ。
「魔防の装備品を持ってやがるな」
単眼鏡に魔力を注ぎながら、
「斉射っ!」
男の声と共に、一斉に矢が放たれた。即座に装填の声があがり、別の弩が手渡される。
「どんどん撃てっ! 休むなよっ!」
弩の斉射で岩鎧トカゲの背から、
「臭い袋か・・槍弩っ、装填したまま待てっ! 大物が来るぞ! 雷球投石、準備いいかぁっ?」
「準備完了ですっ!」
「観測っ?」
「位置につきましたっ!」
「照明投石・・放てっ!」
教師の声に合わせて、城内の投石器から人の頭ほどの大きさをした球が投げ放たれた。まだ空中にある内から炎に包まれて薄暗い丘に向かって落ちていく。
「ちぇ・・狙う意味がねぇぜ! 雷球、投石開始だっ! じゃんじゃん撃てっ!」
丘いっぱいに犇めくようにして、豚頭の鬼や巨猿人が押し寄せて来ていた。
「どいつも、狂薬を呑んでやがる! きっちり殺さねぇと止まらねぇぞっ!」
怒鳴る男の頭上を、次々に雷球を纏った壺が飛んでいった。中には猛毒が入っている。痛覚があろうが無かろうが、眼や鼻は潰れる。時間が経てば命を落とす。狂薬による暴走は一時的なものだ。
「弩弓は、城壁に取り付いた奴だけを狙え! 向こうの投石、投斧を侮るなよっ!城壁上まで届くぞっ!・・・くそっ、うるせぇなっ!」
教師が魔導拡声器に向かって怒鳴った。
興奮して我を失った様子の声が、先ほどから指示とも呼べないような内容で騒ぎ立てている。
「ミドーレ先生っ! ギガントですっ!」
「ばぁか、あればただの
魔力の込められた単眼鏡で見渡す丘陵地を、身の丈が3メートルほどの
『馬鹿者っ! 何をやっとるんだっ! 西っ・・西へ行けっ! 西が入られ・・西に』
魔導拡声器から、狼狽え混乱した絶叫が響き渡った。
「西は・・モーシェントか。なら、一緒にアクミーナが居るだろうに何やってんだ?」
怪訝そうに眉をしかめる教師に、側で聴いていた若者が、
「アクミーナ先生は、園長室の護りに残っておいでです」
「・・馬鹿かっ! 門を破られそうだってのに、園長室なんか護ってどうするっ!?」
「園長代理の御命令だったみたいで・・」
「ちっ・・クソがっ!」
悪態をつきながら教師が、懸命に弩弓を放ち、魔法を撃っている若者達を見回した。
「ようし、2班と交替しろ! 1時間休憩をとって、何が何でも魔力を回復させておけ。長期戦になるぞぉっ!」
「はいっ」
後ろで待機していた若者達が前に出て射手と代わり魔法を放ち始める。交替した若者達は近くに在る建物へと転がり込んでいった。戦いが始まる前から、手順は繰り返し聴かされている。とにかく、ひたすら寝ろと厳命されていた。数で押し込まれる戦いになるので、城壁に頼って長期の防衛戦になるのだと、援軍が到着するまで最短でも5日間、耐え続けないといけないのだと、南門を護る若者達全員が何度も聞かされて承知していた。
「ボースンっ!」
「はいよっ?」
やや離れていた場所で、若者達の手助けをしていた中年の男が走って来た。
「モーシェントの補佐へ回ってくれ。西が食い破られたらしい」
「・・なら、もう北まで抜かれてんだろ? 中門を閉じて、こっちを護った方が良いんじゃねぇか?」
「アクミーナが北の・・貴族坊主に取られてる。向こうがやべぇんだよ!」
「あの貴族の餓鬼に? なんだって、今、北区なんぞに居るんだよ?」
「俺が知るかっ!」
「ちっ・・どこまでも祟りやがるな、あの餓鬼ぃ・・」
発狂したような叫び声をあげ続けていた魔導拡声器から、いきなり甲高い金切り声が響き渡った。直後に、重たい殴打音が聞こえて、拡声器用の魔導具が転がる音が鳴り響く。
ややって、
『待たせたね。馬鹿が滅茶苦茶やってくれたようだけど、こっからは私が総指揮をとるよ』
やや老いを感じさせる女の声が聞こえていた。
「ぉ・・理事長・・起きて大丈夫なのかよ」
ボースンが声を潜めるようにして誰にともなく訊く。
『南はそのまま維持しておくれ。西門はまだ破られちゃいない。まあ、ちいっとばかり取り付かれちゃってるけど、モーシェント坊やが踏ん張ってるよ。ほれ・・あんたも行きな。こんなところを護ってたって何の意味も無いよ』
やや疲れの滲む女の声に、何やら力強い女の声が応じる。
『モーシェント、あんたの剣がそっちへ戻るよ。ちっとばかし気合いいれな』
「・・はは、やっぱり婆じゃねぇと駄目だぜ、この学園はよぉ」
『ミドーレの坊主・・ボースンもそこに居るね? センダール王国とミノール帝国から援軍が向かってる。ただ、ここは辺鄙な所だからね。どっちから来るにしても時間がかかっちまう。ヨーゼルに頼んで知り合いの筋に援軍をお願いしているから、もうちっと粘っておくれ』
「おうよっ! 南門は任せろっ!」
ミドーレという教師が気合いの入った笑顔で吼えた。
「向こうへ戻るぜ?」
にやりと笑みを浮かべつつ、ボースンという男が手をあげてみせる。
「頼むぜっ! あの婆さんが指揮とってんだ。無様は見せられねぇ!」
「期待してなかったが、ヨーゼルさんが動いてくれてんのなら本当に援軍があるかもな」
「あるさ! ヨーゼル爺さん、あれで顔が広いんだからよ!」
「ミドーレ先生っ・・」
魔導の双眼鏡を覗いていた若者が声をあげた。
「どうした?」
声を掛けながら城壁上から外を見るなり、ミドーレは軽く眼を見張った。
身の丈が15メートル近い巨大な人影がゆっくりとした足取りで向かってきていた。鎖帷子を着込み、腰回りの直垂を持ち上げるようにして長い尾が生えている。肌身は鱗に覆われているようだった。
「ギガント・・それも龍種かよ・・あんなものまで迷い出やがったのか」
呻くように声を絞り出した。
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