第164話 対話の果てに・・。

「神かぁ・・そうだねぇ、人間が思い描いてる神様ってやつとはちょっと違うんだけど・・そんな感じになるのかな?」


 少年が歯切れ悪く呟きながら、諦めたように頷いて見せた。

 見た目通りの人間では無いのだろうが、ずいぶんと表情が豊かで人間臭い。


「こうして見ていても、そこに居る感じがしない。なのに、ただ幻を見せられているという感じでも無い」


 俺はしげしげと少年の姿を眺めながら言った。


「そうだねぇ・・ボクの居る次元がちょっとばかり違うから・・居るようで居ないって事になるね。シン君の感覚は間違ってないよ」


「違う次元・・」


 過去に読み溜めている魔導書にも、時折、次元という単語が登場している。ぼんやりとした概念として把握しているが・・。


「あ・・ちなみに、今はそっちの時間が止まってるから。ほら・・こんなに声を出しているのに、誰も起きてこないでしょ?」


「時間を?・・そういう事になるのか?」


 どうやっているのか、まるで想像が出来ないが、とにかく俺以外の人も物も静止した世界の中に居るらしい。時を止める魔法は無いと、魔導書で読んだ気がしたが?


「まあ、ボクの事は神っぽい何かだと認識してくれれば良いよ。ただボク達の方にも取り決めがあって、そっちに遊びに行く訳にはいかないんだ。今のところ、こうして話しをするのが精一杯だね」


 少年が今の状況について大ざっぱに説明した。他にも、キルミスと同様の事ができる存在が複数存在しているらしく、何かの取り決めに従って、こちらの世界に干渉してくるようだった。


「・・なるほど」


 と、頷いたものの、理解の外の話だ。とりあえず、大まかな事情を聴かされたというだけのことだった。


「さて・・あまり止まった空間に閉じ込めておくと不具合がでちゃうからね、さっさと元の次元へ戻してあげる」


「魔王というのは、いつか・・と言うことで良いんだな?」


「うんうん、別に急がなくて良いよ。あ・・と、そうだ。他の奴が勧誘してくるかもしれないから、それだけは邪魔させて貰うね?」


「勧誘? 魔王になれと?」


「あはは・・どうかな?他の奴は英雄になれと言ってくるかもよ?」


「英雄・・」


 俺は顔をしかめた。


「シン君なら世界征服だってやれそうだけど? まあ、ボクの申し出を受け入れてくれたって事だから、魔王の因子を受諾してよ」


「その因子というのを受け入れると何か害があるか?」


「何も無いんじゃない? シン君という存在に、ボクと契印を交わしたっていう標しが宿るだけだし。それで、もう他の奴が勧誘できなくなるからね」


 このキルミスのような奇妙な奴が他にも居て、ちょっかいを掛けてくる可能性があるという事らしい。


「厄災に薔薇・・今度は何か身体に変化があるのか?」


 左手は厄災種で黒曜石のように黒く染まり、右手から背中にかけては緑の茨が巻き付いて背中で大輪の薔薇を咲かせ・・・。この上、何の図柄が増えるというのか。


「角とか生えるんじゃない?」


「・・角?」


 俺は顔をしかめた。


「前の魔王は、角が生えたよ?」


「・・そうなのか。角が・・」


 それだと兜が被れなくなるんじゃなかろうか。


「嫌かい?」


「邪魔になりそうだけど、まあ・・受諾しよう」


 どんな物か分からないが、生活に困るようなものじゃないだろう。

 そんなことより・・。


「キルミスが神・・のようなものなら、一つ訊きたいことがある」


「う~ん、答えられる事と、教えちゃ駄目な事があるんだけど何かな?」


 少年がわずかに首を傾げるようにしてこちらを見る。


「異世界から召喚された人間を、無事に元の異世界へ送り届ける方法はあるか?」


 俺は、じっと少年の目を見つめたまま訊いてみた。


 アイーシャが難しいと首を振った件だ。ある・・という答えは期待していないが、キルミスという少年が"神"に類する存在ならば訊いておきたい。

 アイーシャの蔵書、ゼールの蔵書・・その全てに眼を通してきたが、"送還"という魔法に触れたものは無かった。何でも良いから、手掛かりが欲しかった。


「シン君が連れている女の子達の事だね。安全な送還・・は、不可能だよ。元の世界へ戻すことは出来るんだけど、どうしても時間軸がズレてしまうんだ。召喚された直後なら、かなりの高確率で元に戻れたんだけど・・もう、無理だしね」


「・・・そうか」


 予想はしていたが、あの子達を元の世界、それも元の時間へと戻してあげる事は出来ないようだった。多少の違いはあるが、アイーシャが言っていた事を裏付けるような答えだ。


「ただ、元の世界へ帰ることは出来るよ?」


「今すぐにでも?」


「本人が術を行使しないと駄目だから・・今すぐは無理でしょ。結構、面倒で難しい手順が必要なんだ。魔力も大量に必要だし」


「それは・・教えて貰えるのか?」


「う~ん、まあ・・良いのかな。シン君が魔王の因子を受託してくれる、その対価としてなら教えてあげるよ」


 本当は何らかの強さに直結する力を対価として与えられるものらしいが、


「ありがとう」


 素直に礼を言った。


「シン君自身には何の得も無さそうだけど? そんなもので良いのかい?」


「十分だ」


「そう・・うん、それで良いなら、シン君の中に刷り込んじゃおう。後は、シン君が女の子達に教えてあげれば良いでしょ?」


「分かった」


「シン君は元の世界に戻りたくないの?」


「俺が? 記憶にも無い世界に戻りたいとは思わないな」


「まあ、そうだね・・そんな感じかなぁ? ボクなんかには分からないけど・・じゃあ、まずは魔王の因子を呑んでもらうよ・・っと!? わわわっ!」


 慌てた声をあげて、少年の姿が揺れるようにして薄れていく。


「・・どうした?」


「ごめん、邪魔が来ちゃった」


「・・なに?」


「あちゃ~」


 苦笑する声と共に、キルミスの姿が掻き消えていった。

 それと同時に、周囲が完全な闇に包まれてしまった。何も見えない。自分の手足すら見えない闇だ。



「キルミス?」


 闇中に声を掛けると、



「・・・因子の適合者よ」


 しわがれた男の声が聞こえてきた。



「今度は、誰だ?」



「今の悪戯者と同格の存在と理解せよ」



「・・神だとでも?」


 距離感・・と言うのはおかしいのか。先ほどのキルミスとは違い、どこか声が遠い感じがする。



「あやつは、そう称したか? お調子者らしい浅はかさだな。我らは、おまえ達が生み出した宗教的な存在では無い」



「違うのか?」



「他次元に棲む意識体・・・おまえ達が持ち得ない知識・技術を有する者を神と称するなら神として位置づけられる」



「・・生き物を創れるというなら、神なんじゃないか?」



「カルファルドにも、命を創造する者が居るはずだ。所詮は似非の命だがな」



「カルファルド? 初めて聞く名前だ」



「カルファルド・・そこの世界につけた名称だ。もっとも世界の名称など、そこに棲む者には必要あるまい。識別の必要が無いのだからな」



「・・確かに」



「創造した幾多の揺り籠の一つとして、我々はカルファルドの生命が絶えぬ程度に管理を行っている」



「揺り籠か・・」


 他にも多くの世界を創ったと言わんばかりの口ぶりだ。事実なら、神の所業と言わずして何と言うのか。



「無論、我々が直接管理しているのでは無い。我らに代わって維持管理をするために、神と称されるべき存在を創造し配置してある」



「・・へぇ」


 神という存在がこの世の何処かに居るらしい。存在を感じたことは無いが・・。しかも、その神を創ったと声の主は言っていた。



「あの悪戯者が協定を破るのは毎度のことだが・・よく見つけて来るものだな」



「何だ?」



「因子適合者の出現確率は極めて低い。どの生物とも決まっておらず、早期の発見は困難なのだ」



「そうか」


 俺にとっては、どうでも良い話だが・・。



「あの悪戯者は、どうした訳か発見が早くてな」



「魔王をやれと勧めてきたが?」



「刺激策だろう。それについては、反対する根拠が薄い」



「刺激?」



「生命体は、危機に瀕すると力を増す。因子適合者に、危機を演じさせるのは我々の常套手段だ」



「つまり、俺は生き物にとっての危機・・災いとなり、危機感を煽れと?」


 どうやら俺達は、カルファルドという飼育箱で飼われている生き物という位置づけらしい。姿が見えない相手との会話で、ようやく状況が理解できてきた。



「だが、すでに魔王は別の因子適合者に決定している。同時期に多数の魔王が存在することは過剰になる」


 しゃがれ声の主が、勝手な事を言い始めた。



「キルミスとは、送還の魔法を対価に魔王を引き受ける話がついていた。俺の方が先約じゃないのか?」


 問いかけると、


「送還とは、召喚の対という概念か?」


 即座に聞き返してきた。



「異世界から強制的に召喚された者達がいる。その子達を元の世界に・・元の時間へ帰してやりたい」



「・・界と界との接合が起こりえるのは、そちらの時間単位で800年ほど後になる。世界を渡ることはできるが、時は遡れない」


 キルミスと同様、不可能だという回答だ。



「やっぱり、そうなのか」



「そもそも、異なる世界から召喚するという方法自体が存在していない」



「それはおかしい。そういう魔導の仕掛けで69人の異世界人が喚ばれた現場を見たぞ?」


 実際に、カリーナ神殿が管理している古い遺跡で召喚が行われたのだ。



「あれは、事故を助長して吸い寄せるだけの玩具に過ぎない。元の世界で界の狭間に落ちる寸前にいた者達を誘導するだけの物だ」



「界の・・その事故に、同時に69人も遭遇したというのか?」



「おそらくは、その数百倍の個体数だったはずだ。命を保って界を渡り切る個体は極めて低確率だからな」



「・・それは・・その事故というのは、頻繁に起きるものなのか?」


「界と界が近づいた時に、発生の確率が高まる」


「それが800年後?」



「その通りだ」


 話で聴いただけではよく理解できないが、ふわふわと浮かんだ"世界"が何かの弾みで近寄ったり、離れたりしているという事だろうか。



「あの子達はもう戻れないのか・・なら、キルミスから貰うつもりだった送還についての知識は無意味だったな」



「知識の増加は無価値では無いが、当事者にとって送還に価値を見い出すことは困難な事だと言える」


 いちいち面倒な言い回しをする奴だ。



「・・それで、魔王をやらないなら、俺には何の役回りを押し付けるつもりだ?」


 俺は闇中に視線を巡らせながら問いかけた。



「稀少な因子適合者が同時期に複数存在した事例は無い。困惑すべき状況下にある」



「魔王ではまずいのか?」



「種の存続を阻害する確率が高まる」



「なら、特に何もないまま放っておいてくれれば良い」



「因子適合者は、低確率ながら魔王として自然覚醒する危険性がある。放置は容認できない」


 勝手な言い分だった。



「魔王では無い、他の役回りは?」



「因子の大きさに対して些少過ぎる」


 担わされる"役"によって因子の大小があるらしい。



「・・ふうん?」



「極めて異例だが、次代の魔王として因子の適合を図ることを提案する」



「次代・・今代の魔王の予備扱いか?」



「悪戯者が・・キルミスが魔王にすると言って譲らぬ。妥協の結果だ」



「対価はどうなる?」



「無意味と断じた渡界の知識を欲するか?」



「渡界そのものより、界についての知識に興味がある」



「なるほど・・世界の在りようについての知識か」



「協定というものに違反しているなら別のもので良いが?」



「問題無いだろう。では、魔王の因子を適合させる対価として望む知識を授けよう」



「ちゃんと正しい知識なのか?」



「無論だ。情報母体マザーベースに記録された知識の供与である」



「そうか・・それはいつ貰える? 魔王だけ押しつけて、知識は与えないとか言われると困るんだが?」



「今すぐに与えよう。吟味するが良い。納得の上で、魔王の因子を融合させることを約定する」


 声と共に、膨大な知識が流れ込んでくるのを感じた。



「これが・・世界・・界というものなのか」


 俺はあふれかえらんばかりの知識の坩堝るつぼから必要な情報を探しながら呟いた。



「どうだ?」


 しゃがれた声の主が問いかけてくる。



(・・なるほど)


 うつむくようにして知識の精査をしていた俺の口元がわずかにほころんだ。

 

 次の瞬間、


「む?・・な、なにをっ!?」


 しゃがれた声の主が激しく動揺した。



「味見だ」


 俺はひっそりとわらった。


「第9種限定解除・・第9階梯開放」


 左手の厄災種が次元を超えて浸食を始めている。わずか30秒ほどしか制御できないが、それで十分だ。


「・・すべてを喰らえっ!」


 溜まりに溜まった怒りと共に、吐き捨てるように号令した。

 神ぶった連中の饒舌じょうぜつに長々と付き合ったのは、すべてこの時のためだ。界を越える為の知識が欲しかった訳じゃない。界を越えた所に居る奴の所在を掴む・・その方法が知りたかっただけだ。




・・・ェアギィィィ・・・ゥガァアアアアア・・・




 界を越えて金切り声のような苦鳴が伝わってきた。


 俺は虚空を振り仰ぐようにして目を凝らしながら、右手を振り向けた。


「咲き誇れっ! 夢幻の薔薇っ!」


 薔薇ノ王として命じた。

 途端、右腕から半透明の茨が無数に生え伸びて闇中へと伝い消えて行った。

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