第163話 来訪

「鬼装・・」


 呟きながら、部屋の窓辺へ近づいた。

 気配がそこにあった。

 リコの魔法結界の内側、ラースが居て、バルハルが護っている館の屋根の上に、気配が一つ湧いて出たのだ。


 俺は、細剣を右手に、左手に騎士楯を握ると窓枠を蹴って屋根上へと跳んだ。


 相手からの攻撃を受ける覚悟で跳んだのだが・・。


「やあ、今晩は」


 向けられたのは、攻撃でも敵意でも無く、やけに爽やかな笑顔だった。


 ほっそりとして小柄な少年が、黒い瓦屋根に腰掛けていた。

 年の頃なら10歳前後。薄い黄金色をした髪は肩に届くくらいに伸ばし、袖無しの胴衣から剥き出しに見える肌は白く、月明かりに青白く輝いて見えている。こちらを見つめる瞳の色は、深く澄み切った紅。美しい細面は、まだまだ幼さを匂わせ、磁器のお人形のように整っていた。


(・・人じゃ無いな)


 10メートルほど離れた場所で対峙し、静かに相手の様子を見守る。


 味方では無い。

 味方なら、深夜に護りの結界をすり抜けて訪ねて来たりしない。

 今は、それだけが確かな事実だった。


 魔人や天空人とも違う気配だ。

 強いて言うなら、魔神に近い雰囲気だったが・・。


「ボク、強いよ? ここで喧嘩する? やっちゃう?」


 にこやかに笑みを浮かべたまま、美しい少年が声を掛けてきた。


(・・声に魔素は感じない。呪言の類では無いのか)


 黙したまま、じわりと半身に姿勢を変えた。


「あらら、やる気なの? 力の差くらい分かると思うんだけどなぁ~?」


 くっくっと喉を鳴らすように笑いを漏らしつつ、少年が立ち上がった。


「今日は、喧嘩をやりに来たんじゃないよ?」


「俺の名は、シン。そちらは?」


「おっと・・思ってたより若い? ああ、妖精さんだったっけ?」


「花妖精らしい。記憶が無いので、そうだと・・周りが言っているだけだけど」


 俺は鬼装を解き、細剣と騎士楯を収納した。


「う~ん、混ざっちゃってるけど・・うん! 間違い無いよ。君は、妖精種の血統だね。花の・・薔薇を咲かせた子は初めて見たけど」


「それで、そちらの名前は教えて貰えないのか?」


「あ・・ごめん、忘れてた。すぐに名前が変わっちゃうから、自分でも名前を忘れちゃうんだよねぇ・・・」


 少年が笑顔で頭を掻いて見せた。


「どう呼べば良いのか教えて貰えればそれで良い」


「ああ、うん・・じゃあ、キルミスと呼んで貰おうかな」


「・・では、キルミス。うちに何の用かな?」


「顔を見に来たってのが理由のほとんど・・あとは、薔薇かな」


「薔薇・・」


 俺は自分の右手へ視線を向けた。


「知ってるかもしれないけど、それ・・とんでもなく珍しいものだから。ボクも、本物を見たのは2例目だなぁ」


「やっぱり、珍しいんだな」


「うんうん、まあ・・っていうか、普通死んでるからね?命を食べて育つものなんだから、それ・・」


「この薔薇の刺青みたいなのは、消えないのか? 背中に薔薇の刺青を背負ってると思うと、どうにも落ち着かないんだけど・・」


 妙な絵図くらい消して貰えないだろうか。


「無理でぇ~す。それ、刺青とかじゃ無いからね? 霊気が具現化して目に映っているだけだから」


「霊気・・」


「それに、もう完全に育った後だから何の害は無いよ? 良いんじゃない? 花妖精なんだし、背中に薔薇の絵があるくらいさ?」


 少年が笑う。


「・・まあ、どうしようもないんなら諦めるか」


「しっかし・・あれだね」


「なにか?」


「いや、面白いね、君・・シン君だったね? 魔神を食い殺したくらいだから、どんだけ乱暴者なのかと思ってたんだけど・・普通に会話が出来るとは思わなかったよ」


「キルミスは、魔神と関係があるのか?」


 俺は周囲へ視線を巡らせた。

 至近に居るだろうバルハル、ラース、リコ達やゾールなど・・誰も動いた様子が無い。声を殺さず、普通に会話をしているのだが・・。

 遮音・・気配を断つ魔法か何かで包まれているのか?


「あはは・・直球だねぇ。まあ、関係ってのが何かによるんだけど・・ほら、敵でも味方でも、何らかの関係はあるんだし?」


「そうだな・・」


「う~ん、信じるも信じないも、シン君の自由だから言っちゃっても良いかな?ボクが・・ボクのようなのが、世界のあちこちに生命を創って回ったって言ったら信じるかな?」


 少年が突拍子も無いことを言い出した。


「生命を・・創る? そんな魔法があるのか?」


 真実なら興味深い話だ。


「ぶっ・・あははははは・・君って、最高っ! そんな反応、初めてだよ! いやぁ、良いねっ! 凄く良いよっ!」


「・・馬鹿にするのか」


「違うよっ! 本気で褒めてるんだ! 笑ったのは謝る・・ごめんっ!」


 懸命に笑いを抑えながら少年が手を合わせるような動作をした。


「・・・それで、命を創ったというのは、本当なんだな?」


「うん、嘘じゃないよ。まあ、分担があってさ、ボクが創った子達って、ちょっと・・君たちにとっては迷惑系?みたいな・・魔物が中心なんだ」


「魔物を創ったのか」


「魔物だけじゃないよ? 魔人も、魔神も・・君たちが"魔"を付けて呼んでいる生き物は、だいたいボクの作品だね」


 少年が自慢げに胸を張った。


「・・キルミスって凄いんだな。どうやったら、そんな魔法を習得できるんだ?」


「う~ん、もう、色々と突っ込みたい感じだけど・・」


「俺は魔法の適正が低いから羨ましい」


 これだけ鍛錬を重ねてきて、未だに風刃くらいしか使えないのだ。

 魔法の適正はどうしようもなく低いのだろう。


「うわぁ、本気で良い子だね。どうしよう・・本当に気に入っちゃったよ!」


 少年が目を見開くようにして声をあげた。動作が大げさ過ぎて胡散臭い。どこか馬鹿にされている感じがする。


「あはははは・・うんっ! 決めたっ! シン君、魔王やってよ」


「・・・は?」


 こいつ、何を言ってるんだ? 魔王とか言ったか?


「いやぁ、いきなりは無理だろうけど、シン君って不老なんだからさ。いつか・・ずうっと先で良いんだ。もっともっと面白くなって、魔王になってよ。ねっ? 良いでしょ? ボクも応援するからさ?」


 気安げな調子で言う少年の顔を、俺は呆れたように見ていた。


「魔王・・悪の王ってことだよな?そんなものになれと言うのか?」


「違うよ、魔人の王ってことさ」


「魔人の?・・沌主というやつか?」


「沌主というのは、個人の強さを示す名称だよ? 地位じゃなからね?」


「そうなのか?」


「まあ、君たちが知らないのも無理は無いね。仲悪いみたいだし・・」


 少年が軽く肩をすくめて見せる。


「魔人の王か・・」


「魔族領も、こっちと同じように沢山の国に分かれて勢力争いをやっているのは知ってる?」


「そうなんだろうと想像はできる」


「魔王というのは、そんな国をまとめて全部支配下に置くってこと」


「・・世界を征服するというのは不可能だと思う」


「こっち側はね・・価値観がバラッバラだから無理でしょ」


「魔人は・・魔族領は違うのか?」


「強い事が至上。強い者が偉い。強者が全て」


「戦う事が不得手な者だっているだろう?」


「戦う事が出来ないと淘汰されてしまうからね。幼児の頃から、ずうっと殺し合ってるから」


「そんな世界を征服して何が楽しいんだ?」


「世界を変えられるじゃない? 好きなように規則を作れるし、好きなように何もかも作り変えられるよ?」


「キルミスがやれば良い」


「あはは、ボクは子供達には関与できないんだ。こうして、話をするだけでも怒られるんだから」


「キルミスより上がいるのか?」


「上というか・・うちって合議制なんだよ。決まり事を破ると、袋叩きにされて虐められるんだ」


「合議制・・」


「でも、みんなちょいちょいやってるんだけどね。夢を見せたり、幻聴を聞かせたり・・」


 キルミスと同じような連中が他にも居て、あの手この手でお節介をやいているらしい。


「ふうん・・」


「それでどう? 魔王、目指してみない?」


「・・・そうだな。やってみようか」


「ぉおおお、意外だぁーーー、絶対、断られると思ってた!」


「どの魔人よりも強くなれば良いんだろう?」


「うん、まあね」


「なら、今の延長だ。問題無い」


「あはは・・色々すごいね、シン君」


 機嫌良さそうに笑い声をたてる少年の顔を、しばらくの間黙って眺めてから、


「キルミスは、神というやつなのか?」


 俺は質問してみた。

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