第5話 魔人との舞闘

 金属を金属が弾く重たい衝撃音が鳴り響く。


 一撃一撃が身を縮ませ、聴いた者が顔を歪めたくなるほどの軋み音だった。


 それが、連続して、何度も何度も響き続けている。


「シン君、行きますよっ!」


 一声かけて、神殿騎士であるミューゼルが聖光で創った槍を放った。


 俺はすぐさま、左右へステップを踏んで身を躍らせながら、刺突の気配だけを魔人へ向かって放ちつつ、ひとっ跳びに数メートルほど後退した。


 直後、ミューゼルの放った聖槍が魔人に命中して聖光の炸裂を起こす。

 反対属性の攻撃だ。まったくの無傷という訳では無いのだろうが・・。


「ふはは、楽しいぞっ!貴様等っ!愉快・・愉快なりっ!」


 炸裂した光をものともせず、沌主ヴィ・ロードが愉悦の声をあげながら大刀を振りかぶって突進してきた。


「40秒です」


 ミューゼルの声が聞こえる。次の聖魔法を準備するために、それだけの時間がかかるということだ。


「はいっ!」


 応じて、俺は滑るように前に出た。

 

「見事だぞっ・・シンっ!」


 ヴィ・ロードが怖い笑顔で大刀を振り下ろしてきた。


 迎えて、俺は右へ身を回しながら、鋭く前へ踏み込んで細剣を突き出した。



 ドシッ・・・



 重低音が響き渡り、振り下ろされた大刀が真横へ弾かれて逸れる。しかし、逸らされた大刀がそのまま軌道を変えて、俺を追って振り上げられる。


 さらに一歩、腰を落としながら前に踏み込んで、細剣の柄頭を大刀の刀身に打ち当て滑らせながら向きを逸らせる。


 そのまま肉迫するなり、



「・・ひゅっ」



 小さく呼気を吐きながら、左手の円楯でヴィ・ロードの膝頭を打ち払った。


 対して、ヴィ・ロードが左手に青白く光る炎を宿らせて薙ぎ払ってきた。


 だが、大きく地を蹴って、地面すれすれを滑空するように俺は移動している。魔人の側面へ回り込みながら、連続した刺突を5回・・さらに回り込んで5回・・1発1発が魔人の大刀を弾くほどの威力がある。それを5発セットで繰り出しながら、高速で位置を変える。


 踏み出そうとする足の甲、膝頭、手首、指・・その瞬間、瞬間に安全届きそうな部位を狙って、ひたすらに、執拗に攻撃と回避を続けるのだった。


 だが、


「なんという剣士だっ!」


 魔人の声が悦びに満ちている。まだ、俺の細剣では掠り傷すら与えられていない。


 かろうじて、ミューゼルの聖魔法による攻撃で、魔人の甲冑がわずかに傷ついているだろうか。

 ヴィ・ロードが、大刀を袈裟に切り下ろしてきた。愉快そうな笑い声と共に、この魔人の剣撃がどんどん苛烈さを増し、速度を上げている。



「行きます!」



 ミューゼルの声を背中で聞きながら、俺は魔人が振り下ろした大刀めがけて真っ向から踏み込むなり、左手の円楯で下から摺り上げた。そのまますり抜けるようにして魔人の背中側に待避する。


 肩越しに振り返った視界に、眩く輝く聖光の柱が天地を繋ぐようにして聳え立っていた。


「おお、聖柱まで使いおるか!なんという手練れっ!よいっ・・よいぞっ!貴様達は素晴らしいぞっ!」


 大声で笑いながら、大刀を肩に担ぐようにしてヴィ・ロードが光の中から姿を現した。甲冑に痛みはあるようだが、その下に覗いた肌身は傷一つ負っていなかった。



「これは、どうも・・いけませんね」


 ミューゼルが苦笑している。

 

 確かに、これはいけませんねぇ・・。


 俺も苦笑していた。

 どうしようもない。お手上げだ。

 ギリギリで凌いでいるだけで、何の有効打も与えられないのだ。単に遊ばれているだけだった。


「なんかあります?」


 俺はミューゼルに訊いてみた。


「お手上げです」


 ミューゼルが肩を竦めてみせる。


「なら・・ひたすら粘るだけですかね?」


 俺は小さく笑みを見せた。


「ですね」


 ミューゼルも笑って見せる。


「では・・」


 俺はその場で左右へ身を振って跳んだ。

 一瞬にして、俺が複数人現れたように映ったのだろう。

 ヴィ・ロードがわずかに眼を見開いた。


 直後、ヴィ・ロードの背中めがけて俺の刺突が繰り出された。残像を見せた瞬間に、背後へと回り込んでいたのだ。


 しかし、俺の刺突は空を貫いただけだった。


 いや、俺の眼には、ヴィ・ロードの巨体を貫いたように見えていた。



(・・やられたっ!)



 残像を見せられたのは、俺の方だったのだ。

 うまく背後へ回り込んだつもりが、残像相手に踊らされてしまったらしい。


(駄目か・・)


 咄嗟の動きで振り返りながら左手の円楯で頭を庇う。しかし、体を捻った無理な体勢だ。おまけに、完全に足を止めてしまっていて衝撃をいなす間すら無い。


 視界の隅を斬り割った大刀の残光が、俺の左手で爆ぜるように衝突してきた。


 上から下へ・・


 身を捻った姿勢のまま、俺の体が地面へ叩き伏せられていた。

 兜を被っていなければ、地面の石ころが頭蓋に突き刺さっていただろう。凄まじい衝撃で頭部を打ちつけられ、軽く弾んで転がっていく。



「シン君っ!?」



 ミューゼルの声がぼんやりと聞こえる。ぐにゃり・・と歪んだ視界を白々と明け始めた空が回っているようだった。


 その歪んだ視界の中を、大刀を振りかぶった魔人が笑みを浮かべて迫っていた。




 *** 武技解放 ******



 細剣技:9*19mm(15/15 *5/h)



 ***************



 歪んだ視界の片隅を、小さく明滅する文字が流れて過ぎた。


(なんだ・・?)


 考えたのも一瞬の間だけだ。本能的な動きで、俺は右手に持っているはずの細剣を眼前に引き寄せた。


(・・無いし)


 細剣は、ほぼ柄元から折れてしまっていた。元々、細剣というのは弱い。ほぼ刺突専用に、それなりに気を遣って大切に扱ってきたのだが・・。



 次の動きは自分でもよく分からない。

 折れた細剣を握ったまま、まるで剣身があるかのように刺突を繰り出す動きをしてしまっていた。


 まあ、視界いっぱいに迫ってくる魔人の巨体を見れば何かをしなければいられなかったんだろう。

 自分の動きを、ぼんやりと他人事のように考えながら、斬り殺されるだろう自分の最期を確信していた。


 しかし、


「むっ!?」


 わずかな緊張の声と共に、魔人ヴィ・ロードが仰け反るようにして身を反らしていた。

 その胸元に何かが当たったようだった。


「・・これは?」


 ヴィ・ロードが驚きも露わに、俺の手元を凝視する。

 折れたはずの細剣から何か不可視の物が飛び出るようにして胸元を突いてきたのだ。

 まあ、ヴィ・ロードの筋肉隆々たる胸板は、掠り傷も負っていないのだが・・。

 

「シン君っ!」


 ミューゼルの呼び声に、ぼやけていた意識を引き戻されて、俺は大急ぎで距離をとって態勢を整えた。


「すいません! 大丈夫です!」


 魔人から眼を離さないまま、ミューゼルに返事をする。



「ふむ・・魔術では無いようだが、儂の知らん面白い技を使う。やはり、貴様は面白いぞ、シンっ!」


 ヴィ・ロードが眼を輝かせるようにして俺を見つめた。

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