第72話 謝りたい!

「ちゃんと謝りたい」


 そう言い出したのは、リコだった。


 先生は何も悪くないのに、昂ぶった感情のまま言葉をぶつけてしまったのが悔やまれると・・。


「そうだねぇ・・先生って優しいよねぇ」


 サナエが寝台の上を転がった。食べ過ぎで仰向けになれず、お腹を抱えたまま右向きから左向きへ向きを変えているのだった。


「私も謝りたい。気にしてないって言ってくれたけど・・なんか、わぁ・・ってなって言っちゃったから」


「うん・・すごくガッカリされたんじゃないかな」


 ヨーコとエリカが寝台に座ったまま抱えた足の膝頭に顔を埋めた。


「う~ん・・先生、そこは気にしてないと思うよぉ」


 呻くようにサナエが言った。


「だって、すごく困ってた」


 エリカが唇を噛んだ。


「そりゃぁ、誰だって困るよぉ・・私達に囲まれて泣かれたんだもん」


「・・うう、恥ずかしい。どうしちゃったんだろ、あの時・・」


 リコが顔を覆って項垂れる。


「良いじゃん、先生、気にしないって言ってくれたんだしぃ・・」


 サナエが両手でお腹を抱えて寝返りをうった。うぷっ・・とか妙な声を漏らしている。


「でも、良かったぁ。これまで通りだって・・言ってもらえたぁ」


 ヨーコがほっとした声で呟くように言った。


「だからぁ、優しいんだよぉ」


「だからって、優しさに甘えて・・あれは言い過ぎだったよ」


 リコの自己嫌悪が止まらない。


「もうぅ・・リッちゃん、気にしすぎぃ~」


 サナエが苦しげに言った。


「だって・・だって、先生、すごく悲しそうだった」


 悲痛に顔を歪めて、リコが俯いていた。


「ええぇ、それは勘違いじゃ無いかなぁ」


「すごく悩んでたもん」


「・・ご飯を何を食べようかぁ・・とかじゃない?」


「それは、サナでしょ!」


 キッ・・と眼を怒らせてリコが声を荒げた。


「ひ、ひどいぃ・・こんなにも胸を痛めてるのに」


「あんたが痛めてるのはお腹でしょ!」


「胃袋ね」


 ヨーコが苦笑する。


「でもさぁ、どんだけ食べても体型が変わらないのよぉ?すばらしいじゃん」


「・・いいのよ、サナのお腹の話は。私はとにかく、きちんと先生に謝るべきだって言ってるの」


「そうだねぇ、美味しいお餅も貰ったもんねぇ・・」


「サナちゃん・・あの雨の中、店じまいしている露店まで走ったもんね」


 エリカが噴き出しそうになりつつ顔を背ける。


「でもさぁ、先生・・あそこで、あんなに甘くて美味しいお餅くれるなんて反則だよぉ。なにも考えられなくなるじゃん」


「とにかく、それで・・ただ謝るのは今更だし・・何か贈り物をした方が良いかなって」


 リコがなんとか頑張って元の話へ戻そうとする。


「お餅ぃ?」


「サナエ、食べ物から離れよう?」


 縋り付くようにしてリコが訴えた。


「でも先生、すっごく好きそうだったよぉ?」


「・・そうなの?」


「お餅を見る眼がギラギラしてたもん」


「お餅・・それって、贈り物としてアリなの?」


 ヨーコがリコを見る。


「いや、だって、お餅って・・そんな」


「菓子折って、こういうときに使うもの?」


 エリカが膝頭から顔をあげた。


「かしおりぃ?」


 サナエが顔を向ける。


「なにそれ?」


「え? なんか、そういうの言わない?」


「そうなの?」


 4人がそれぞれ視線を交わし合い、すぐに諦めた。


「だれか、ぐぐってぇ」


「無理」


「もうっ、どんだけ不便なのよ!」


「というか、うちらの世界の習慣っぽいものなら、こっちじゃ通じないんじゃない?」


 ヨーコがもっともな事を言う。


「えぇ~美味しい物貰えたら、誰だって嬉しいっしょぉ」


「サナならイチコロなんだけど」


「相手は先生だからねぇ」


「あっ・・良いこと思い付いちゃったぁ~」


 サナエが横になったまま声をあげた。


「・・なに?」


 リコが微妙に冷えた視線を向けた。


「えへへぇ・・これはきちゃいますよぉ、絶対いけると思うよぉ」


 ごろりと向きを変えたサナエがにんまりと笑みを浮かべていた。


「なんか、聴くのが怖いんだけど・・?」


「ほほぅ、リコ君、良いのかねぇ~? 聴かないと後悔しちゃいますよぉ~?」


「だから何?」


「サナエは水を所望しておじゃるぅ」


「・・水はあそこ」


 リコが戸口に置かれた大きな水瓶を指さした。蓋になっている木の盆に、小さな錫製の柄杓が載っていた。


「起き上がれないのですぅ~、重力が憎いのですぅ~」


「サ・ナ・エ?」


 眼鏡の向こうで、リコの双眸がきりきりと吊り上がった。


「あいたたぁ・・お腹いたぁ~い・・サナエ、もう無理かもぉ~」


「サナ、ほら水だよ~」


 ヨーコがコップに水を入れて持って来た。


「ありがとうぅ・・ヨーコちゃん、あんた良い嫁になるよぉ~・・って、えっ?」


 渡す直前で、ひょいとコップが取り上げられた。

 ヨーコがにんまりと笑っている。


「お、おに・・鬼がいるぅ~」


「ねぇ、サナちゃん」


「えっ? ちょ・・エリまで? ど、どしたぁ~」


 後ろから伸ばされたエリカの手が、サナエのお腹を鷲づかみにしていた。


「摩ってあげよっか?」


「ちょ、エリちゃん・・眼が怖いって・・サナが悪かったぁ、堪忍やぁ~」


「・・で、なんなの?」


 リコがじろりとサナエを見た。


「リッちゃんの得意なやつだよぉ~」


「・・なに?」


「あっ・・そうか」


 エリカが大きく頷いた。


「良いかも!」


 ヨーコまでが声をあげる。


「え? なに? なんなの?」


「もうぅ・・リッちゃん、頭良いのに無駄遣いぃ~、みたいなぁ?」


「なんなのよっ!」


「先生に、何か縫ってあげられない?」


 エリカとヨーコが、リコの前に来て座った。


「縫うって・・あっ!」


 眼を見張って声を失ったリコを、サナエが嬉しそうに笑いながら苦しそうにお腹を抱えて転がった。

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