第73話 自重は大事・・。

「書状だって?」


 風刃魔法の鍛錬を兼ねて削っていた金属塊を収納へ戻して戸口を振り返った。


「ルカート商国の商館長だと名乗る方からのお手紙です」


 宿屋の主人が封書を手に部屋に入ってきた。受け取って裏を返すと、蜜蝋に紋章が押され、銀色を縫い込んだ薄布で飾り結びをした書状だった。


「使いの者は?」


「外でお待ちです」


「子供?」


「ええ・・」


「そう」


 先日の尾行者が頭を過ぎったが・・。


「人違いだな」


 俺は宿屋の主人に書状を返した。


「ルカートに知り合いは居ないんだ」


「そうでしたか・・それなら」


「たぶん、西大陸に行くって言った連中じゃないか? 背格好が似てたし・・あいつも、女の子を連れていたから、使いの子が間違えたんだろう。可哀相に叱られるんじゃないか?」


「ああ、そうでしょうねぇ・・ここはルカート商国とは疎遠な土地ですし、おかしいなとは思ったんですよ。やっぱり人違いでしたか」


 宿の主人が、苦笑しつつ書状を手に階段を下りていった。


(・・あいつか?)


 サリーナ・レミアルドという女の顔が脳裏に浮かんだ。ルカート商国との接点となると他に思い浮かばない。護衛の女は、リーラ・・だったか?


 どこかで見られただろうか?

 ここは、沿海州にあるルカート商国とは山脈を隔てた内陸地である。支配権が及んでいないどころか、歴史的にルカートの名を出すと顔をしかめる人の方が多い土地だ。

 そんな町で、御丁寧にルカート商国の紋付きの書状を見せるような無神経さ・・。


(あいつだな・・)


 やはり、サリーナ・レミアルドの線だろう。


(名前、なんだったかな?)


 尾行してきた少年・・。

 確か、苗字持ちだった。12、3歳くらいだった気がする。


(あぁ・・ヨンネンだ。ヨンネン・ピサス・・)


 美味しすぎる焼き餅で忘却していたが、そんな名前だった・・はずだ。


(・・だったよな?)


 ここまで自分の記憶に自信が持てないのは初めてかもしれない。


(しかし・・)


 あのサリーナが何の用だ? 手駒として囲いたい・・といった話か? それとも何かの依頼か?


「あのぅ・・どうも、騒ぎになりそうなんで直接話して貰えますか?」


 今度は、宿屋の女房があがってきた。ちょっとした押し問答になった挙句、貴族がどうのと、権力を振りかざすような発言を始めたらしい。


「・・仕方無い」


 俺は嘆息しながら、ざっと部屋を見回した。


「騒がしいので、このまま宿を引き払います。清算しておきましょう」


「・・すいません、そう言って頂けると・・本当にごめんなさい」


「良いですよ」


 宿の女房について歩きながら、少女達に声をかけていく。すでに準備を終わらせていたらしい少女達が完全武装で部屋から出て来た。


「場合によったら、ルカート兵を片付ける。そのつもりで」


 俺が言うと、宿屋の女房がぎょっと振り返った。


「はいっ!」


 少女達が揃った返事を返す。


「鬼装・・」


 俺の声に応じて、漆黒の鬼鎧が全身を包んだ。


「ルカートの命日、きたこれ・・」


 後ろで、誰かがぼそりと呟いた。


「町は焼くな。だが、外に出たら遠慮は無用だ」


「はいっ!」


 青ざめた宿屋の女を先頭に、軋む階段を踏んで1階に降りると、小綺麗な格好をした少年と、数人のガタイの良い男達が待ち構えていた。


 その少年の顔面を俺の拳が打ち抜いた。首を支柱にへし折られて床へ転がっていった。

 一言も無い。一言も喋らせない。問答は無用だった。


 続いて、残る男達を少女達の拳が殴り伏せた。すべて一撃で心臓を殴り潰している。


 そのまま全員が何も言わずに建物の外に出た。

 

 俺を中央に、一歩下がって少女達が並んで歩く。

 町の防塁が見えてきたところで、俺は鬼面を下ろした。少女達も兜の面頬を閉じた。


「なぜ、ルカート兵を中に入れた!」


 駆け寄ろうとした番兵に向かって声を張り上げた。


「いつから、ここはルカートの領地になった!」


 俺の声が町中に響き渡る。大きな町じゃない。そろそろ眠りに就こうかという時刻だ。俺が張り上げた声は家々全てに響き渡っただろう。


「い、いや・・ルカートとか・・なんの話だ?」


 俺の気勢に圧されて番兵が狼狽え気味に視線を左右する。この上、文句をいうようなら殺気を当てるつもりで俺はゆっくりと詰め寄っていった。


 その時、


「はははぁ・・嫌だなぁ、君達、気は確かなのかい?平民風情が調子に乗りすぎ・・」


 1人、へらへら笑いながら白いシャツを着た若い男が門の影から出て来た。

 後ろに2人、長剣を握った目付きの鋭い男達が続いてくる。

 しかし、それ以上進めずに、首から上を失って、真後ろへ倒れていった。


 エリカの弓だ。同時に3矢を放ち、3人の顔面を射抜いたのだった。


「開けろ」


 俺は歯の根も合わなくなった番兵に声を掛けた。


「はいっ!」


 返事をしたのはヨーコだった。直後に、薙刀が一閃し、城門の支柱ごと切断された門扉が崩れていった。


「これ以上は、俺達に対する敵対行為と見なす。武器を持つなら町を失うつもりで来い」


 震える番兵に言い置いて俺達は外へ出た。


(・・ふうん)


 俺は鬼面の下で嗤っていた。


 向かって右手の丘の上に布陣している軍勢があった。

 ひるがえっている旗は、骸骨を貫いた短剣。懐かしのロートレン傭兵団だった。


 ルカート商国が雇い入れたのだろうか? ずいぶんと堂々とした布陣だ。


「届くか?」


 俺の問いかけに、リコとサナエが進み出て両手を頭上へ掲げた。大魔法をやるつもりなのだろう、小声で呪文の詠唱を開始する。



「ホォォォリィィィーーーーコメットォォォォーーーー」


 

 先に詠唱を終えたのはサナエだった。


 愛用の片手棍にぶら下がっている棘鉄球をそのまま巨大化させたようなものが、真っ白に輝きながら遙かな上空から降ってきた。



「煉・獄っ!」


 リコが両手を前に突き出した。

 直後、ロートレン傭兵団が布陣した丘全体が紅蓮の劫火に包まれた。


 そこへ、純白に輝く聖なる隕石が落下した。

 

「冷熱魔法・・覚えて良かったわ」


 ヨーコとエリカがぼそっと呟く。

 

 眩い閃光と共に、噴き荒れる爆炎と共に地響きが襲ってきた。


 俺は右手の拳を握ると、軽く助走をつけて前に踏み出すなり、正面に向けて拳を突き出した。


「・・風刃」


 瞬間、凄まじい突風が巻き起こって、土石を舞い上げた爆風と火炎流が見えない壁に打ち当たって上方へと巻き上げられて消えていった。拳圧に風刃を乗せたのだ。初期魔法しか使えない俺なりの工夫である。



「ジチョウ・・ダイジ・・トテモダイジ」


 サナエが平坦な口調で呟いた。

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