第74話 魔人戦

「生き残りがいます」


 リコが緊張した声で告げた。


 これには、サナエがぎょっと眼を見開いていた。よほど自信のある殲滅魔法だったのだろう。仮に、魔人が居たとしても、聖光属性の魔法だったのだ、血魂石を遺して消滅させるだけの威力はあった。


「何人?」


 俺は収納から方形楯と細剣を取り出した。


 相手は、ロートレン傭兵団だ。広域殲滅魔法で終わるような半端な連中じゃない。

 

「多い・・26・・28人います」


「防御魔法を使ったんだろう。向こうにも魔法の使い手が居るな」


 俺は丘に向かって歩き出した。



「ここからは視界を失う戦い方は控えろ。1人ずつ確実に、28人を狩っていく」


「はいっ!」



「魔人が28人居ると考えておけ。隙を見せたら疑え、姿勢を崩したら誘いだと思え、弱ったふりは油断を誘うためだ、命乞いは逆転の一手を狙っている」


「はいっ!」



「相手は、大陸に勇名を馳せたロートレン傭兵団。あいつらは降伏も撤退もしない。息絶えるまで命を狙ってくるぞ」


「はいっ!」



「最後に・・・俺はあいつらに恨まれてる。和解の道はない」


 鬼面の下で嗤いながら、俺は徐々に足を速め、やがて疾走に移った。


 焼けた丘の上で態勢を整え、重楯を手にした巨漢が数人前に、横合いへ流れるように弩弓兵が位置取る。後方で魔導師が詠唱を開始したのが見えた。


(そして、直前には罠が埋設・・)


 伝統的なロートレンのやり口だ。


(さて、どいつが本物だ?)


 俺は、真っ正面から突っ込んだ。地面に仕込まれていた火爆の呪陣が発動して爆炎をあげた時には、とっくに通過して陣地内に飛び込んで居る。

 同時に、風刃を縦横に打ち放っていた。


(・・2人)


 本物の魔人が混ざっていた。


 甲冑姿をした美貌の若者が一人、俺の放った風刃を涼しい顔で受けている。特に何もせず、ただ当たるに任せて小さく嗤っていた。長く伸ばした金髪がわずかに風にそよいだだろうか。小憎たらしいほどの余裕だ。


 唯一人、奥で寝そべるようにして敷物に横たわっている女の方は、小さく眉を潜めていた。


「どけっ!」


 立ち塞がろうとする金髪の若い男を騎士楯で横殴りに吹き飛ばした。

 激しい衝撃と共に苦痛で顔を歪めた男が視界の隅を跳ね転がって、何とか身を捻って四つん這いに着地していた。


 そのまま、踏み込んで細剣の刺突を女めがけて繰り出す。

 咄嗟の動きで、女が身を捻りながら抜き打ちに弧剣で斬りつけて防いでいた。さらに連続して刺突を加えようとする俺の機先を制し、逆の手でもう1本の弧剣で抜き打ちに斬りつけてきた。


 さがらず前に踏み込みながら騎士楯で受けた。

 いや、受けようとした瞬間、視界いっぱいに弧剣の刀身が浮かんだ。上下左右いたる所に弧剣が浮かび上がり一斉に斬りつけてくる。


(武技・・か?)


 俺は、なおも構わずに前に出た。


 これは幻覚じゃない。本物の刀身が無数に出現している。恐らくは背中からも斬りつけてくる。


 だが・・。


(おまえが居るのは、俺の正面だぞ?)


 背後の攻撃を無視し、俺は、細剣技:5.56*45mm を発動していた。5連打を2セット一呼吸で打ち込む。付与を総付けにした刺突の連撃だった。細剣で突こうと踏み込む、その構えのまま、まだ細剣を前に出しもしない内から、なんの音もせずに不可視の連撃が襲うのだ。

 

 勘良く身を捻って逃れた女を見事と褒めるべきだろう。

 だが、髪飾りは吹き飛び、左肩から二の腕にかけて肉が爆ぜて鮮血が飛んでいた。


「ラメル様っ!」


 慌てた声をあげた若い男だったが、


「・・くそっ!」


 襲ってきた少女が振り下ろされた薙刀を楯で受けたはずが、衝撃は腕では無く左足の爪先に爆ぜた。途中で斬撃の軌道を変化させてきたのだ。

 

「どけぇっ!」


 焦りながら長剣を振るが、その剣を握った手首をほぼ真下から薙刀の石突きが跳ね上げ、長剣が宙を舞っていた。

 即座に、薙刀の刃が頭上から降ってくる。

 それを、金髪の男は腕を頭上で交差させて受け止めていた。激しい衝撃音こそ鳴ったが、男の腕にはわずかな傷しか入っていない。超人的な防護の力だ。


 見事だと言いたいところだが、ここは戦場だ。1対1の果し合いではない。

 異様な打撃音が男の脇腹で鳴り、横にくの字に身を曲げる形で男が殴り飛ばされていた。


 音も無く迫っていたサナエの棘鉄球による殴打だ。

 回避される事を予想して6割程度の力で振っていてこの打撃力だった。



 ゴアァァァァァァーーーー



 男が獣じみた咆哮をあげた。右半身が人間のまま、左半身だけが腕の数を増やしながら巨大化しようとして止まっている。


 その男の眼が爆ぜるようにして射抜かれた。左右ほぼ同時に、黒矢が貫き徹している。 再びあがった咆哮は悲鳴に近かった。

 顔を覆うように手を動かした魔人めがけ、ヨーコが踏み込みながら斜め上から下へ、薙刀を振り抜いた。

 薙刀が届くような距離じゃない。

 だが・・。


 膨らみかけていた魔人の胴が斜めに輪切りになってズレ落ちていった。


 その切り口へ、黒矢が次々に突き立っていく。すべての攻撃に聖と光が付与されている。そして、何より恐ろしいのは、少女達全員が再生阻害の特性持ちだということだ。



(あちらは勝負がついたが・・・こいつ、まだ余力あるな)


 弧剣の斬撃を弾いて前に出ながら、女の様子を観察しているが、手傷を負いながらも致命の一撃は回避し、治癒魔法らしきもので自身を回復させながら中間距離を保つように、ふわりふわりと逃れ回っていた。

 ほぼ直線で追って走る俺を嘲笑うかのように柔らかい動きで弧を描く。

 だが、傷は増える。


 腕、肩、肘・・。


 動きが鈍る膝や太股には傷を負わないように避けている。


(何がある?)


 細剣技:5.56*45mm は打ち尽くした。魔法に対する防御は強いらしく、風刃はすべて霧散させられた。


(何をしている?)


 このまま追い続けても負ける事は無い。いずれ必ず捉えられるだろう。それは、女の方も分かっているはずだ。


(幻術は無効化している。魅了?・・程度の低い干渉魔法をいくつも使ってくるけど)


 こちらを試すように次々に魔法を使っているようだが俺の耐性を上回るものは持っていないようだ。

 女は、すでに回復の魔法を使ってさえ傷口が癒えなくなっている。

 一瞬も足を止めず、止めさせずに攻め続け、着実に削り続けていた。

 

(なるほど・・)


 鬼面の下で、俺は笑みを浮かべた。


(こういう魔技があるのか)


 鬼面の下で起こした神眼・双によって、女が準備している武技を見透していた。

 今は、女の心臓の辺りだ。そこに、肉眼では見えない黒い円がある。その黒円は喉元へ移動したり、頭部へ行ったり・・こちらの動きに合わせるように移動していた。

 普通なら眼には見えないものだ。

 そして、そこを攻撃した時、攻撃した相手の同一箇所にそのまま傷が返される。そういう魔技らしい。致命傷を与えれば、致命傷が我が身に降りかかるわけだ。


「・・見えてるのね?」


 初めて、女が口を開いた。


「さあな」


 話しながらも攻撃の手を休めない。黒い円がある部分を避けて、それ以外の場所を精密に攻撃し続けている。


「・・チッ」


 鋭い舌打ちと共に、女が宙へと跳び上がった。

 いや、地面から身を離したと言うべきか。

 

 直後に足下の地面が爆発し、周囲一帯が爆散した石片で覆われた。

 しかし、俺もまた空中にいた。

 女と同じ高さで、まるで地上に居るかのように淡々と刺突を繰り返していた。

 天狼の魔技だ。俺にとっては空もまた足場になる。


「くっ・・くそっ!」


 美貌を歪めて女が罵り声をあげた。背から黒い蝙蝠の翼が生え伸びる。いつしか、肌は青白く青磁のような光を放っている。


「鑑定持ちか・・厄介だね」


「そちらの魔技の方が厄介だけどな」


 ついに、俺の細剣で女の左腕が千切れ飛んだ。


「あれから分身は生まれない」


 この女魔人は、本体が斃されても腕を苗床にして再生する力を持っていた。自然な流れで腕を失ったように見せかけたのだろうが・・。


「・・そこまで見えるの?」


 女魔人の赤光に染まった双眸が見開かれた。


「おまえの命が尽きていく様子も見えている」


 聖と光は効果が無かった。予想して何かの対策をしていたのだろう。だが、蝕は防げなかった。身体の内から血も肉も骨も・・どんどん腐蝕していくのだ。


「嫌な子だねぇ」


「褒め言葉だな」


 空中を高速で移動しながら弧剣と細剣を打ち合わせ、切っ先と刃を交錯させながら最後の一瞬まで狙い続ける。魔人化し、力も速さも上がっているというのに、女魔人の弧剣による斬撃も、武技も悉くが防がれ、潰されていた。

 

「本当に、あんたは何なんだい?」


 やや乱暴に振り回した弧剣が空を切って女が姿勢を乱した。


「花の妖精さ」


 踏み込みざまに連撃を繰り出した。直後、女の魔技で生み出されていた黒い円が無数に数を増やして女の体中を覆い尽くしていた。


 ニイィ・・と女の口が吊り上がる。


 これでは、どこを攻撃しても黒い呪円を回避できない。

 しかし、


「遅かったな」


 俺は女の耳元で呟いた。

 黒い円が覆い尽くしたのは、細剣が女の身体を穴だらけにした後だった。あまりに刺突が速すぎて、女が体感できていなかったのだ。


「ちくしょう・・」


 悔しげな呟きを残し灰となって崩れ去る女の中から血魂石が2つ現れた。


(1つは・・赤子か)


 空中を落下しながら、俺はゆっくりとした動きで細剣を眼前に立て、立て続けに2つとも貫き徹した。神眼を使った時点で女の腹に幼い命が宿っている事に気付いていた。

 あの黒い呪円は身を削るように消耗する魔技だったのだ。腹の子を想い、極力使用を控えようとしていたのだろう。理性がそうさせたのか、本能なのか・・。


 血魂石の甲高い悲鳴が重なるようにして空に木霊して消えていった。

 無数の光る玉が浮かび上がり、2つが俺にぶつかってきた。残りは星でも降るようにして地上の少女達めがけて殺到していった。

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