第71話 手紙
(・・駄目だな)
普段、我慢していただろう感情を吐露させてしまった。誰にだって抑えている気持ちがあり、そういうものを抱えながら生きているのに・・。少女達も懸命に耐えて押し殺してはずの気持ちを・・。
きっかけは、俺の表情・・雰囲気だったのだろう。
俺の浮かない様子をどう感じたのか、少女達を動揺させてしまったらしい。
(悪い事をした・・)
言葉少なく歩いて町に着いてから、宿に部屋を取るなり、少女達はそれぞれ逃げ込むように部屋に閉じこもってしまった。
町というより村という規模だったが、季節毎に交易場ができて天幕が張られた大きな町に変わるらしい。
ちょうど交易場が閉じたところで、大きな商家は隊商を率いて大きな商いができる都市へと移動していった後だった。それでも、名残りを惜しむように幾つか露店が残っていた。
「北回りの街道が虫嵐に見舞われてね・・穀物倉庫から家畜・・人も根こそぎ喰われたらしい。まだ魔虫が残っているだろうし・・それで足留めくってんのさ」
北の出身だという行商人がぼやいていた。
「魔導具か魔法の本は無いか?巻物でも良いんだが?」
見たところ、金物や乾燥させた食料品を扱っている感じだったが、
「魔法の本というか・・写しを束ねたような物ならあるよ?」
意外にも商品として仕入れたらしい。
「ちゃんと文字が読めるようなら・・退屈しのぎに良いんだけどな」
「う~ん、ちと汚れてるからなぁ・・食べこぼしみたいなシミもあったし・・」
頭を掻きながら、積み上げた箱の一つから、麻袋を引きずり出して地面にひろげる。亀裂の入った水晶玉から割れた石版、あきらかに模造品の巻物、装丁は綺麗だが中身は酷いくせ字で綴られた恋文集だという残念な本・・。
「これなんだが・・」
差し出した男自身が苦笑を浮かべている。価値を信じていない顔だった。
「汚れてるな・・これは紙というより・・」
「魔蟲の粘膜を固めたやつですよ。西の大陸じゃ、今の紙が出回る前はほとんどがこれだったそうです」
「ふうん・・」
掠れていたが何とか文字の形は拾える状態だ。ただ、ちょっと妙な臭いがする。
「よく読めないけど・・」
ちらと空を見上げた。どうやら天気が崩れそうだ。
「暇つぶしにはなるかもな」
「買ってくれます?」
「ああ、あまり見て回る時間は無さそうだし」
「へへっ、助かります」
男が嬉しそうに笑った。
「いくら?」
「う~ん、どうしよっかなぁ・・」
「あまり金の手持ちは無いし、もし良かったら」
俺は上着のポケットから以前に斃した海蛇の鱗を三枚取りだした。
「海で拾った物だけど、結構な魔物の鱗だと思う」
「お・・と、こりゃぁ・・いや、十分ですよ!こんな汚い紙切れと交換じゃ申し訳ないくらいだ。荷物になるだろうけど、この箱ごと持ってってよ」
上機嫌で言いながら、ほぼゴミ箱状態の木箱を押し付けてきた。まあ、無限収納があるので邪魔にはならないが・・。
「あまり酷い雨にならないと良いんだけど」
俺は空を気にしながら露店を後にした。
スリまがいの少年が取り引きの時から俺の後ろに来ていた。あまり金目の物は見せない方が良いと思い、価値が釣り合わないのを承知で物々交換をやったのだ。
(どこかで見たかな?)
見覚えがあるような、無いような・・。
肉や餅を焼いている店を回って幾つか手に入れると、包みの袋を抱えて小さな町中を一周連れ歩いてみる。
(スリというより・・尾行か)
くるりと向き直って、少年が隠れている屋台の影へ視線を注ぐ。
そのまま、焼いて甘ダレのかかった餅を頬張った。もぐもぐと口を動かしながら、じっと立ったまま隠れている少年を見つめる。
そのまま、神眼・双を起こした。
(ヨンネン・ピサス?・・胡散臭い奴なのに、名字持ち? っていうか、この餅、美味いな!)
俺の興味は、屋台で買った餅に移った。タレの甘さが絶妙で、焼いて熱をもった餅にぴったりだった。1本だけ食べて、残りは宿で楽しもうと思っていたが、これはもう止まらない。2本、3本と口に運んで食べている内に、今度は喉が渇いてきた。
(果実水とかより・・お茶だな)
きょろきょろと露店を見回し、来た道を大急ぎで歩いて戻る。
「すまん、熱い茶を貰えないか?」
露店では無く、小さいながらも通り沿いに軒を出した商店だった。
「買ってくれるなら煎れてあげるよ?」
ふくよかに衣服を膨らませた中年の女が人懐っこい笑顔を見せた。
「これに合うお茶が欲しい」
俺は焼き餅を示しながら言った。
「はは・・ちょっと待ちな」
気持ちよく笑って、女が茶葉をいくつか選んで混ぜ始めた。
餅を頬張りながら、くるりと向きを変えて店の外を眺めると、入り口付近の路上に人影が落ち伸びていた。尾行者は、店の脇にある小道に居るらしい。
「揉め事はごめんだよ?」
女が苦笑気味に声をかけてくる。
「・・スリかな?」
「この町には、スリやる子なんていないけどねぇ?」
「じゃあ・・尾行? 俺なんかつけ回してどうするんだろ?」
「さあ? ああ、でも、あんた妖精さんだろ? 掠って売っちまおうって事じゃないかい?」
「怖いこと言うね。エルフやピクシーならともかく・・自慢じゃないけど、そういうので狙われた事ないよ?」
「あはは・・そりゃ、自慢にならないねぇ。おっと・・この茶は沸騰させちゃ駄目なんだ」
女主人が笑いながら、湯気の立つ小鍋を湯壺へ移した。
「でも、気をつけた方が良いよ。河向こうの廃城じゃあ、奴隷の市がたつって話さ。ここにゃ来ないけど、旧街道なんかは今の時期だと奴隷商がこそこそ行き来してるそうだよ」
茶飲み話にしては物騒な内容だ。
「・・美味い」
しっかりと茶葉の香りが立っているのに、角の無い味わいだった。
「もう少し渋みを出すなら、別のも混ぜるよ?」
「いや・・これが良い。少し旅が続くし、まとまった量が欲しいな」
一抱えもある大袋に詰めて貰った。
「商人さんには見えないけど、巡礼か何かなのかい?」
「巡礼というか御礼参りの旅かな」
代金を払って外に出ると、尾行していた少年が姿を消していた。
(う・・)
もう雨が降り始めていた。お茶屋に長居しすぎたらしい。
人も疎らな通りを小走りに駆け抜けて旅宿に駆け込むと、食堂になっている1階に4人の顔があった。
俺を見るなり、4人が安堵の表情を浮かべて席を立って駆け寄ってきた。
「先生っ」
「どこかに行ったんじゃないかって・・」
「心配しましたぁ」
「買い物に行ってたんですね」
口々に言いながら俺が持っている屋台の包みを見る。
「魔法の本でも無いかと思って・・」
俺は焼き餅を入れた紙袋を取り出した。四つの餅を2本の串で刺して炙り焼きにし、甘いタレを塗ったものだ。
「冷めて硬くなったかな・・タレが美味いよ」
手元を食い入るように見ているサナエに紙袋ごと手渡し、もう一つの肉の包みをテーブルへ置きながら椅子に座った。
「リコ、エリカ、ヨーコ、サナエ・・・色々考えたんだが」
立ったまま並んで不安げに見守っている4人の顔を見回しつつ、袋から取り出した串肉を頬張った。
「何て言うか・・・俺には、お前達の気持ちは分からない。俺は召喚されたんじゃ無いからな。何にも覚えて無いし・・だから、なんとなく辛いんだろうなというくらいに思ってる。まあそのくらいだな。なので、優しいことは言ってやれない」
香辛料の利き過ぎた硬い肉に眉をしかめつつ、余った串肉をそっと机に戻す。
「だから悪いけど、このまんまだ。今までと同じように、お前達の気持ちとか考えないで連れ回して鍛えることにする。それしか俺にはできないから・・・」
言いながら、俺はちらとサナエに渡した焼き餅へ視線を向けた。
あの餅を渡したのは失敗だった。肉の方を渡すべきだった。
「嬉しいですぅ!」
「ありがとうございます」
「色々言ってごめんなさい!」
「ありがとうっ、先生!」
涙ぐんで歓声をあげる少女達だったが、あの美味しい焼き餅が返却される可能性は無さそうだった。サナエがしっかりと握りしめてしまっている。
(あの餅・・もっと買っておけば良かった)
俺はテーブルに置いた不味い串肉を見つめて嘆息した。
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