第70話 外へ

 結局、迷宮は地下何階まであったのか分からなかった。

 それが罠だったのかどうか、いきなり転移装置のようなもので強制的に外へ弾き出されてしまっていた。


「気をつけてね」


 少女達が見送る先を、ラオンとリザノートが何度も振り返りながら連れ立って去って行く。ラオンの故郷、カサンリーンという国を目指す旅だ。西大陸にあるのだと言う。


 お金は寸志として持たせた。武器や防具、衣服も買い与えた。

 迷宮の中で、2人ともそれなりに身を守れるくらいにはなっている。


「・・大丈夫ですよね?」


 ヨーコが心配そうに見送りながら訊いてくる。


「さあな・・」


 できれば無事に辿り着いて欲しいが、今はそう願ってやるくらいしかできない。

 

「大丈夫ですよ!」


「うん、ラオ君頑張り屋さんだもん!」


「リザちゃん一緒だしぃ」


 少女達の声を聴きながら、俺は迷宮のある町を遠望した。

 迷宮というものに漠然と期待していたものが喪失してしまい町そのものが色あせて見える。


 これからどうすれば良いのか・・。


 このまま行き当たりばったりに、漠然とした何かを探さして旅を続けるのか?

 そんなことをしている内に、太刀打ちできない敵に出会ってしまうのではないか?

 魔法を無効化した階層主のように、剣の攻撃を無効化する魔人が現れたらどうなる?


(いや・・剣も魔法も半減させる敵だって居るだろう?)


 このままでは駄目だ。

 何かを変えなければ・・。


(だけど、どうすれば?・・なにをすれば良い?どうすれば今以上の魔法を習得できる?それとも、俺の魔法はこれで終わりなのか?)


 自身の魔力を底上げし、風刃の威力を増すのが精々だろう。

 そんな程度では絶対に行き詰まる。風刃は火球と並ぶ初歩の魔法だ。


 ふと気配を感じて顔を向けると、


「先生?」


 リコが不安そうに見ていた。


「・・街道伝いに次の町を目指そう」


「大丈夫ですか?」


「ん?なにが?」


「疲れた顔でした」


 率直な言葉で言ったのはヨーコだった。


「そうだな・・疲れたというより・・考え事かな」


 俺は無限収納から旅外套を引っ張り出して羽織るとフードを目深に被った。


「悩み・・ですか」


 じっと見つめるリコに、


「次の町で少しゆっくりしようか」


 俺は苦笑気味に提案した。嘘を許してくれない雰囲気だったが、リコはそれ以上何も言わずに頷いた。


「良いですね」


「賛成っ!」


「美味しい、ご飯を食べましょうぉ」


 サナエの提案を合図に、それぞれが旅外套を羽織った。


「先生、もしかして記憶戻りましたぁ?」


 歩き出した途端、いきなりサナエが訊いてきた。


「いや?どうして?」


「ありゃぁ・・はずしちゃった。ごめんなさい」


 サナエが頭を抱えるようにして頭を下げる。


「いきなりどうした?」


「え・・あははぁ・・もしかして、そうかなぁ・・って思っただけですぅ」


「そうか?記憶の方はどうにも・・欠片も思い出さないな」


 俺は苦笑した。

 前世の自分、異世界で暮らしていた自分、こちらの世界で生きて来たはずの今の身体・・花妖精として育った記憶は何も無い。ぽつんと廃墟に取り残されてた時からの記憶しか無いのだった。


 ただ、それを苦に思い悩むことは無かった。

 

「あの・・」


 エリカが遠慮がちに声をかけてきた。


「うん?」


「その・・重たくなっちゃいました?」


「重い?」


 俺は自分の装備を見回した。ゾエは目立つので収納へ入れ、平服に革の胸当てをつけただけの軽装で、腰に短剣を挿しただけだ。


「そ、そうじゃなくって・・私・・私達がっ」


「は?」


「え?・・ち、違うんです?」


 見当違いだったと感じて、エリカが焦り顔のまま顔を赤くして俯いてしまった。


「いや、まったく・・そういうのは考えて無かったな」


 事実である。

 自分の魔法適性と先の成長のことばかりを考えていたのだから・・。


「ちょっと自分の技能・・魔技や魔法のことを考えてたんだ。できれば、そういう書物が手に入る町に行ってみたいな」


「それ良いですねっ!」


 リコが食いついてきた。


「ネットとか無いしぃ・・本しか無いんだよねぇ」


「本も汚れて読めないのばっかだもん。手で書き写したやつなんて、字が汚くって読めなかったりするし・・」


 ヨーコがぶつぶつ言っている。


「大事な所を写し間違えた本も多いから」


 エリカも顔を曇らせている。


 どうやら、この4人は何度もそうした本を探したり調べ物をしてきたらしい。

 

「召喚やった国・・あの国には王家が所蔵する魔導書籍が沢山あるらしい」


 カリーナ神殿のレイン司祭がそう言っていた。かなり貴重な蔵書もあるのだとか。


「げっ!?・・まじですかぁーー」


 サナエが頭を抱えた。


「ただ、いつかは顔を出すにしても、今はまだなぁ・・できれば、別の所で探してみたいんだけど」


 こういうとき、あの不吉な顔をした男が居てくれると何か知っていそうなんだが・・。


「そうですね」


「追い回されるのは面倒です」


「何もしてないのにぃ」


「むしろ、迷惑しか掛けられて無いですから。拉致して監禁とか」


 4人の目付きが冷え冷えとして危なくなっている。


「何の調べ物してたんだ?」


「・・元の世界に帰る方法です」


 リコが押し殺すような声で言った。まだ怒りが収まらないらしい。


「召喚の逆か・・」


 喚ぶ魔法があるなら、逆だってありそうだが・・。


「送還・・って言うのかどうか知りませんけど、そういうのがあるんじゃないかって・・神殿に居た時にみんなで調べたんです。司祭さんも、理論上は不可能じゃ無いって言ってくれたし・・」


 だが、召喚で連れて来られる者は大勢居るのに、戻っていったという記録は存在しなかった。そもそも、召喚の魔法自体、今の世界の知識では無いらしく、魔導師にできるのは、魔導器に適切な魔力を注いで操作をすることだけなんだという。


「じゃあ、召喚魔法というのがある訳じゃないのか」


「魔法そのものはある・・そうです。ただ・・どっちにしても、どんな人間を召喚できるのかは分からなくて・・それに、どんな人間だって構わないんだと思います」


 エリカが悔しそうに言った。


「昔の人が遺した魔導の道具・・戦争の道具をちゃんと使える人が、召喚された人間の中に時々混じるから・・それで召喚を繰り返してるんだって」


「あぁ・・」


 誰かから聴いたような話だ。血が薄まると太古の魔導具が使えなくなるから、定期的に召喚をして血筋を濃く保とうとしているのだと・・。王族貴族の血統はそうやって保たれているような話だった。


「私達は道具じゃないっ!」


 吐き捨てるようにヨーコが言った。


「繁殖奴隷だって! 王国の騎士達がにやにや笑って馬鹿にしてた! 許さないっ! あいつら絶対に許さない!」


「召喚されたクラスの男の子達、その日のうちに綺麗な女の人と一緒に出て行ったわ。あの時は何も分からなかった。でも・・そういうことなんだ」


 リコが暗い眼でどこかを睨むようにして呟く。


 なるほど、"実地訓練"だと野外に連れ出された召喚された者達の大半が少女達だった。少年の数はやけに少なかったのは、そういう裏事情があったのか。


(あいつら・・)


 マサミとヨシマサの2人は、この世界を許さないと言っていた。ぶっ壊してやると・・。幼い物言いだったが、直感的に自分達の境遇を見抜いて世界を嫌悪していたのだ。そして、何とかして抗おうと知恵を絞って藻掻いていた。


(それを俺が・・)


 あの時、俺は二人を殺す必要があったのか? 大きな実力差があった。気絶させて捕らえるくらいできたはずだ。

 だが、捕らえて連れ帰ったとしても・・。


「ごめんなさい! 先生に言うのは違うって・・分かってる! だけどっ! 腹が立って・・・もう、どうすれば良いのっ!」


 リコが大粒の涙を浮かべ髪を振り乱すように頭を振って叫んだ。

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