第69話 自重
「何て言うかぁ・・自重ぉ?みたいなぁ?」
サナエが腕組みをしてぶつぶつと言っている。
「そうねぇ」
リコが熱で溶解してしまった鉄靴を捨てながら頷いている。
階層主は斃した。
それは良いのだが・・。
そこへ到る過程が大問題だった。
色々と突っ込み所が満載だったが、なんと言っても最後の炎である。
それでなくとも高所から飛び降りているというのに、いきなり火の海になったのだ。それも焚き火の火とかじゃ無い。岩肌が溶解して液体のように流れ出していた。その中へ飛び降りる事になったのだ。
おかげで、みんなの甲冑一式がボロボロである。
階層主を相手にしている間は無傷だったのに、ボロボロになったのだ。
そう、敵には触れさせもしなかった甲冑が、どういうわけか、足元から溶解して見るも無惨な惨状に成り果てたのだ。
「まだ熱いですね、先生」
少女達は全員が、リコが縫ったというTシャツにショートパンツというあられも無い姿だった。何しろ甲冑は元より、下に着ていた厚地の綿服まで燃えたのだ。階層主を仕留めた時に魔法が自由に使えるようになったおかげで焼け死なずに済んだが・・。
「・・すまん」
さすがに反省していた。
いつもなら、娼婦のように肌身を晒した格好をするなと叱っているところだが・・。
「さすがに庇えません」
ヨーコが、これも手作りだという団扇を片手に熱そうに顔を煽いでいる。
地獄の釜のようだった岩底はようやく溶岩が冷えて、黒ずんできていたが熱が抜けた訳では無い。
俺自身、暑さにウンザリしていた。
冷熱耐性9で、これほどきついのだ。ぐだぐだ言っている少女達を責めるわけにはいかないだろう。
おまけに、どうやら4人がお揃いで買っていた首飾りまでが溶けてしまったらしく、それが少女達には大問題らしい。何かの願掛けでもしていたのかもしれない。
(あの炎息は気をつけないといけないな)
俺はラオンとリザノートの方を見た。
どういうわけか、あの2人は俺の視線を感じると硬直して顔色を失うのだった。
(・・やりにくいな)
俺は立ち上がって、少し離れた所にある大きな石碑を見に行った。
階層主の血魂石を砕いた時に出現した石碑だ。
別の階への階段はすでに現れていたが、こちらの石碑は血魂石を砕くまで無かったものだ。すでにエリカやリコが調べていたが、特殊な仕掛けは無さそうだと言っていた。
(ざっと調べたら、ここを出るか)
魔力量の回復待ちをしていたが、いつまでも長居はできないだろう。
(ゾエ・・)
『御館様?』
(これ・・何か分かるか?)
『この身で包んでみても、よろしいですか?』
(ああ、良いよ)
『では、お目汚しを・・』
そう断って、無限収納から染み出てきた黒々とした粘体が、石碑を包み込んでいった。
すぐに、
『戻ります』
ゾエが収納へと滑り込んでいった。
(どうだ?)
『魔導器です』
(前に見たやつか?)
『類似の物です。階層主の討伐者・・すなわち、御館様の魔力を注ぎ込むことで何らかの効果が発現します』
(ふうん・・)
体は回復している。
試しても問題無いだろう。
「はいっ、ちょっと待って!」
慌てた声をあげたのはリコだった。
「どうした?」
「いや、どうした? じゃないです!何をやるんです?」
リコが詰め寄ってくる。
「ん? ああ、これが魔導器らしいから、魔力を注いでみようかと・・」
「ちょ、ちょっと待って下さい。準備しますから!」
「準備・・ああ、そうだったな」
少女達が大慌てで収納から厚地の服を取り出し、予備の鎖帷子を着込み始めた。
バタバタと急いで身支度をする少女達を眺めながら、俺は頭を掻いていた。これも、後から怒られそうだ。
(一応、着ておこうか)
『畏まりました』
黒い鬼鎧が俺の体を包み込んだ。
「良いか?」
少女達を見回すと、揃いの軽鎧で身を包んで整列していた。
「魔導器なんですか?」
エリカが石碑を見上げながら訊いてきた。
「みたいなんだが・・まあ、危険は無いだろう」
俺は石碑に手を当てて、魔力を注ぎ込んでいった。
(なんか・・少し感じられるようになったな)
魔導器の中に吸われる自分の魔力が以前より明瞭に感じ取れるようになっていた。複雑な経路を辿って水のように流れていく魔力が、石碑の中にある幾つもの珠を経由して魔法の円陣のような形を描いて周回する。
(魔法の陣・・こういうものだったのか)
記号の連なりのようだと漠然と考えていたが、構成する文字の一つ一つに意味があり、描かれる角度、位置に全て理屈が存在していた。
(これは・・回転? あ・・これが魔法を取り出す仕組みか)
そう気付いた時、魔導器から何かが飛びだして周囲で見守っていた少女達に入っていった。少し離れて怖々見守っているラモンとリザノートにも・・。
(今のは・・冷熱の?)
耐性では無く、冷熱を操る魔法が全員に宿ったらしかった。
何が飛び出したのかまで明確に感じ取れていた。
そして、もう魔導器の中に何も残っていないことも・・。
(俺だけ覚えないということは・・俺には素質が無いということだ)
風刃などを覚えたのだ。魔法の素質が無いとは思わないのだが・・。
少女達が自分を鑑定し、すぐに歓声をあげて早速試している。その声を聴きながら、俺はなおも石碑に流れる魔力を見つめていた。
治癒の魔法を覚えられず、雷や炎の魔法も覚えない。
召喚された人間で無ければこんなものかと思っていたが、魔人のリザノートはともかく、世間で魔法才が無いと言われる獣人のラオンですら覚えていく。
さすがに認めなければいけない。
(俺は魔法の素質が低い・・たぶん、世の平均より劣る)
まともな攻撃魔法は、風刃だけだ。
今は良い。新しい武技を覚え、この辺の魔物が相手なら高威力を出せている。
(しかし・・)
いずれ行き詰まるだろう。そんな漠然とした焦りがあった。
魔法の才能が無いのは仕方が無い。
だが、それを補う何かが無ければ・・何かを得なければ、俺にこの先は無いんじゃないか?こんな程度で終わってしまうんじゃないか?たかだが、甲羅が硬いだけの魔物に手を焼くような貧弱な自分で終わってしまうのか?
(何か・・何かできないのか)
魔法しか効かない相手が出たらどうする?付与で多少は攻撃が効くか?
(このままでは、いつか俺は・・)
魔導器の内を巡る魔力を見つめながら、鬼面の下に苦悩を隠して俺はそっと魔導器から手を放した。
それを合図に、石碑が砂状になって崩れ去っていった。
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