第68話 奈落の主

「エリ、眼が効いたみたい!」


「分かった!」


 リコの声に、長弓を構えたエリカが頷いた。


「ヨーコ、次のは?」


「あと10秒待って・・」


 薙刀を担ぐように構えたヨーコが応える。


「サナ、私と合わせて、さっきの降らすよ!」


「あいあいさぁ」


 リコがサナエの肩に手を置いて魔力を高めていく。サナエが片手棍を掲げるように持ち上げて長い呪文の詠唱に入った。しっかりと詠唱しながら集中することで、わずかだが威力が増すのだ。今は、そのわずかな威力が欲しい。


「先生?」


 エリカが俺を見た。


「あと3分」


 それで武技が回復する。


「エリ、行くよ!」


 ヨーコが合図の声をあげた。


「うん!」


 エリカが長弓を引き絞ると、わずかに息を止めて眼下に見える化け物の眼を狙って矢を放った。螺旋射という貫通力に特化した武技らしい。異様な風鳴りがして敵に気付かれやすいのが難点なんだとか。


 崖下に見える化け物は、巻き貝のような甲羅の下から、白っぽい触手を無数に生え伸ばしてくる。その時、眼玉らしい物が崖上を見上げるのだ。すぐに甲羅の下に隠れてしまうが・・。


 エリカの螺旋矢が逃さずに目玉を射貫いていた。

 痙攣を起こしたように震え、崖上に届きかけていた触手が引っ込もうとする。

 そこへ、


「せいっ!」


 ヨーコの武技が打ち放たれた。

 先ほどの瞬光旋とは別物の、十文字に斬撃を交差して飛ばす技だった。範囲は狭まるが、切断だけでなく衝撃が奥へと貫通していくのが特徴だ。甲羅に引っ込んだ化け物相手には抜群の効果をあげている。これが直撃すると、崖下の化け物はろくに触手も伸ばせずに気絶したように静かになるのだった。僅かな時間だが・・・。


「いいよっ!」


 エリカが合わせ技を準備しているリコとサナエを振り返った。


「ホォ~リィ~~・・・ラァァァンス!」


 どこか気の抜ける掛け声と共に、サナエが棘鉄球をぶら下げた棍棒を振り下ろした。

 その隣で、リコが恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、サナエに声や仕草を合わせてホーリーランスを模写している。リコは、眼で見た相手の魔法を模写する能力を手に入れていた。威力は落ちるらしいが便利な能力だ。

 

 待つほども無く、真っ白に輝く巨大な槍が迷宮の天井を突き破るようにして出現し、崖下の化け物めがけて落ちて行った。


 気絶して動きを止めていたところだ。

 光る槍は甲羅を直撃した。

 しかし、儚い破砕音を立てて光槍が砕け散ってしまった。化け物の甲羅が硬すぎて貫通できないのだ。


「リコ?」


「・・少し削っただけ。中に届いてないわ」


 眼を凝らしながらリコが言った。


「そんなぁ」


 サナエがどしどしと鉄球で足元を叩いて悔しがる。


「耳を塞ぎ、衝撃に備えてくれ」


 消音の魔法が使えないからな・・と言い置いて、俺は崖っ縁まで進み出た。

 

 やっと武技が回復した。


「ゾエ、踵を固定しろっ!」


『お任せを』


 頭に響く声と共に、甲冑の踵から槍穂のように棘が伸びて地面に打ち込まれる。


 細剣技:Rheinmetall 120 mm L/44 脳裏に浮かぶ武技名を見つめるように意識を集中しながら、細剣を眼前に立て、楯をやや前に構えて腰を落とす。


 そのまま、静かに剣先を眼下の化け物に向けた。


 *** M830HEAT-MP-T ***


 凝らした意識の先で、武技に紐付いた選択肢を思い浮かべる。


 やや間をおいて、



 ガチンッ・・



 重たい金属音が脳裏に響いた。

 

 直後に、轟音が轟き渡った。伸ばした細剣から炎煙が噴出して視界を埋め尽くし、周囲で灼かれた土が巻き上がって衝撃波となって噴き荒れる。

 崖下で腹腔を抉るような爆発音が鳴り響いた。


(次・・)



 ガチンッ・・



 脳裏に伝わる金属音と同時に打ち込む。


 再び轟音が鳴り響いて激しい衝撃が腕を、肩を弾き、踏みしめる両脚を軋ませる。


(次っ!)



 ガチンッ・・



 全てに魔力を振り絞った上での総付与をしてある。

 付与効果が半減したとしても殺傷力の後押しをしているはずだ。わずかな亀裂でも良い。あの分厚い甲羅に風穴を開けられれば、後は少女達で仕留められる。



 ガチンッ・・



 どこからか聞こえる重たい金属音が心地良い。

 俺は、爆煙が晴れない崖下めがけて打ち放った。


(次・・)


 この武技は1時間に5回しか打てない。

 次が最後の1発だ。



 ガチンッ・・



「ゾエ、最後だ。耐えろ!」


『はい!』


 鬼鎧からの返事に合わせて、最後の一撃を打ち放った。


 噴出した火炎が大気を焦がして鼻を突く。視界を噴き荒れる陽炎の中で、俺は細剣を眼前に直立させた。楯を腰へ引きつけて突撃の構えをとる。


 黒い鬼鎧の鬼面がチリチリ・・と灼けた音を立てていた。


「降下準備っ!」


 俺は崖下を睨んだまま、背後で見ているだろう少女達に声を掛けた。


「は・・はいっ!」


 ヨーコが、エリカが慌てて駆け寄り、リコとサナエが甲冑音を鳴らして大急ぎで走って来た。


「下まで100メートル程度だ。行けるな?」


「はい!」


 全員の返事が綺麗に揃った。


「・・続け!」


 俺は崖から身を躍らせた。楯を前に、細剣を引いて構えながらの降下だ。

 

(む・・)


 爆煙が薄れる向こう側に、化け物の巨体が迫って見えてきた。

 

(・・よしっ!)


 俺は胸内で喝采をあげた。

 分厚い甲羅が粉々に砕け、濃い青色の体液を撒き散らして、ブヨブヨと淡く光るように透ける肉塊が岩底に飛び散っていた。


 俺は細剣の構えを解き、落下しながら大きく胸一杯に息を吸い込んだ。


(これで魔力を使い果たしてやるっ!)


 ほぼ真上から、黒龍譲りの死呪の炎息ブレスを吐き出した。

 息だけを吐いていたつもりが、途中から声になっていたらしい。


 崖上で覗き見ていたラオンとリザノートには、



 オォォォォォォーーー



 恐ろしい鬼の咆哮のように聞こえていた。


 紅蓮に染まって灼熱の地獄釜と化した岩底で、化け物が肉体を蒸発させながら触手を滅茶苦茶に伸ばして暴れ狂っていた。もう身を守る甲羅は無く、ブヨブヨと柔らかい体は剥き出しのまま熱に灼かれて炭化してゆく。みるみる白煙をあげて萎んでいっていた。


 そして、少女達がそれぞれの武器を構えて襲いかかった。


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