第67話 決戦
「ここは・・決戦の間です」
リザノートが緊張で強張ったような声を出した。
杞憂したような散り散りに転移させられることも無く、全員が横一列になって立っていた。
目の前は底の見えない断崖・・。
それぞれの目の前に、一筋の光る橋がある。各人が単独で一本橋を歩いて向こう側の断崖まで渡りきれば良いということだろう。
「一切の魔法が封じられた空間です」
魔法を使って飛び移るような事は禁じられているらしい。
「エリカ?」
「はい?・・あ」
すぐに俺の問いかけに気付いて、エリカが黒い龍翼を出した。しかし、浮かべなかった。
「駄目みたいです」
「なるほど・・」
「これ、それぞれの橋で敵が出てくるやつですよね?」
ヨーコが薙刀を抱くようにして腕組みしている。
俺や少女達はともかく、ラオンとリザノートは危ない。
かと言って、引き返そうにもどう転移して来たのか分からない。
「魔法が封じられているということは、魔技も駄目なのか?」
「魔力を消費する技は・・」
リザノートが沈痛な表情で首を振った。
「げ・・回復できないの?物理オンリー?」
リコが顔を引き攣らせる。
「むはぁ~、殴り合い来たぁ!」
サナエが片手棍棒を振り上げた。
「あんたねぇ・・」
リコが両手を腰に当てたまま嘆息した。
「同時に行く必要は無いんだな?」
俺の確認に、リザノートが頷いた。
「なら、リコ。1番手、行ってみてくれ」
「はい」
リコが兜の面頬を下ろして、円楯を左手に、右手に長剣を握って真っ直ぐに道を歩き出す。リコは攻守のバランスが良く、どちらかと言えば守りに重きをおいている。
(ふむ・・)
すぐに向こう岸にも人影が出現し、リコとは逆側から橋を渡ってくる。
「冒険者? にしては顔が蝋人形ね」
いかにも手練れといった雰囲気の黒い軽鎧を着た若い男だったが、肌の色は異様に白く血の気が無い。双眸は銀色に染まっていて眼球が見当たらなかった。
手にした武器は大きく弧を描いた内刃の短刀だ。
「エリカ、ヨーコ、サナエ・・行って良いぞ」
俺の声に、3人が頷いてそれぞれの橋を渡り始めた。
エリカの相手は、槍持ち。ヨーコの相手は騎士楯と長剣。サナエの相手は両手持ちの戦斧。
「ラオン、リザノート、行け」
俺は2人に向かって軽く顎を振って見せた。
決死の形相で立っていた2人が意を決したように橋に踏み出す。それを見て俺も橋の上に乗った。
互いの橋と橋の感覚は、25メートル前後。橋の幅は2メートル、長さは50メートルほどか。
リコと短刀の男が斬り結んだ。
(ふうん・・)
なかなかの腕だ。ただ、油断しなければ負ける要素は無い。互角に斬り結ぶのはせいぜい二、三合だろう。
(狭い足場で、単純な力比べをやらせたいのか?)
ここまで手の込んだ場所を用意しておきながら、あの程度の敵しか出て来ないのだろうか?
疑念を覚えながら神眼・双で周囲を見回していると、
(なるほど・・・そういう事か)
橋下の断崖の底から迫り来るものが見えた。
「ラオン、リザノート、走れっ!」
俺は叱咤するように大きな声を発した。
訳も分からず、2人が走り始める。行く手にはそれぞれ武器を手にした男達が立ち塞がっていたが・・。
俺は腰の革ベルトに挿していた投げ小刀を抜いて2人の行く手へ投げた。
わずかに何か見えない壁のようなものが邪魔をしたようだったが、委細構わず貫いた小刀がラオンとリザノートの相手になるはずの男たちを貫いて橋の下へと弾き落としていった。
「そのまま渡り切れっ! 止まるなっ!」
声かけて、俺も橋上を走った。
弩弓を構えた女が待ち構えていたが、駆け抜けざまに楯で顔面を粉砕して橋下へ蹴り落とした。
リコ、エリカ、ヨーコ、サナエ・・と次々に相手を打ち倒して橋を渡りきる。
俺はまっしぐらにラオンとリザノートの元へ駆けつけると、両脇に1人ずつ抱えるようにして走った。
「先生?」
「下だ」
「下?」
蝋人形のような相手はただの妨害役だ。
本命は、断崖の下から迫って来ている。
「集まって戦おう」
全員で一箇所に合流しすると断崖の縁に向かって半円状に並び、ラオンとリザノートを背に守る。
「魔法と魔技は使えないんじゃない。効果を削がれるだけだ。ある一定値以上の威力なり、効果を出せば使えないことは無い」
俺は正面を見たまま言った。
「えっ!?・・そうなんですか?」
リコが眼を見開いた。
「ああ・・さっき投げた小刀には付与・速を使ってみた。大幅に速度は落とされたが、ちゃんと付与は効果を発揮していた」
俺が言うと、リザノートも驚愕に眼を見張っていた。おそらく、彼女が知らされている情報と違うのだろう。階層の守護者ですらない、どちらかと言えば搦め手のトラップに近い存在の魔人だ。深部の情報全てを教えられてはいないのだろう。
そう思って付与を試してみたのだった。
「先生の投げた物だからなぁ・・当てになるようなならないようなぁ」
「まあ、サナの魔力は回復用にとっておこうか」
ヨーコがサナエの肩を叩きつつ前に出た。
長柄の武器を使うので、左右に味方がいると扱い難いのだ。
やや横に距離をとって、俺も前に出た。
2人が前に、後ろに3人。さらに後ろにラオンとリザノートという布陣になった。
「げぇ・・蛸じゃん?」
リコが声を漏らした。
「イカじゃないのぉ?」
「クラゲでしょ?」
少女達が口々に姦しく騒ぎだした。いつもなら叱りつけるところだったが、目の前の光景を見ると無理も無い気がする。
断崖の下から大量の白っぽい触手のような物が無数に生え伸びてきたのだ。
(吸盤は無い・・管蟲? それにしては太いけど)
下に何がいるのか知らないが、イソギンチャクのような感じだ。
「武技、試します」
ヨーコが声を掛けてきた。
「よし」
魔力を使わない技の効果を試すと言うのだろう。
直後に、ヨーコの体から熱のようなものが噴き上がった。
瞬間、ヨーコが手にした薙刀が巨大化したかのような錯覚を覚えたほど、殺気を載せた巨大な斬撃が横一文字に触手を薙ぎ払っていた。
断崖下から生え伸びて埋め尽くさんばかりだった生白い触手が切断面も鮮やかに、ばらばらと切られて崖下へと落ちていった。
「きゃあぁ、ヨーコ、格好いいよぉ」
後ろで、サナエが歓声をあげて片手棍を振り回している。
「瞬光旋という薙刀の武技です。でも・・やっぱり威力が落ちるみたい」
ヨーコが冷静な声で報告した。
「感覚的には何割程度だ?」
「たぶん・・半分以下です」
「そうか。だが、逆に言えば5割近い威力は出せるということだな」
「ですね!」
ヨーコが薙刀に軽く素振りをくれて構え直した。
切られた触手が再生しながら生え伸び始めていた。
(再生の阻害も半減ということかな?)
俺は、細剣技:7.62*51mm で右から左へと連撃を打ち込みながら再生の度合いを測っていた。もうすぐ時間がくる。先の階層で金色の巨龍を相手に使い果たした武技が再使用可能になるのだった。
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