第66話 階層主の悲哀

(金の龍・・)


 そう見て取った瞬後、俺は細剣を手に疾走していた。

 誰と転移したのか、みんなで転移したのかなど確認は後回しだ。


 敵がいる。

 なら、まずは敵を斃さなければ・・。


 元々は八つ首なのかもしれない。切り取られたように、あるべき場所に首が無い。目の前の黄金色をした龍には四つしか首が残っていないようだった。


(付与・聖・・光・・蝕・・毒・・魔・・闇・・速っ!)


 一瞬の間に手持ちの付与をすべて重ね掛けし、ようやく首をもたげた金龍めがけ真っ向から突進した。


「閃光っ!」


 金龍の正面に眩い光彩が爆ぜ、一瞬にして視界が真っ白に塗りつぶされる。

 直後、俺の細剣が金龍の胴体を深々と貫き徹した。


「風刃っ!」


 金龍に突き入れた細剣の切っ先を中心に風刃Ⅹを連続して放つ。


 さらに、両脚で床を踏みしめ腰を落とすと 細剣技:12.7*99mm を発動した。

 そのまま打ち尽くすまで貫き続け、打ち切ったところで、思いっきり体を振って左手の楯で金龍を殴りつけた。


 今の俺が短時間で行える最大の攻撃を全て叩き込んだ形だ。


 肩までの高さだけでも20メートル近い黄金の巨龍が玉でも弾むようにして床に打ち転がされ、そのまま地を滑って遠い壁まで吹っ飛んで激しい震動音をあげて動かなくなった。

 

 俺はちらと背後を振り返った。


(・・ラオン・・リザノートか)


 この空間に一緒に転移したのは、2人だけだったらしい。

 ヨーコの懸念が当たってしまった。


(他の部屋は、もっと強敵が待ち構えているのか?)


 そんな懸念が脳裏を過ぎったが、今は心配しても仕方が無い。少女達を信じるしかあるまい。


「・・行くぞ」


 広大な部屋の隅で動かなくなった金龍へ一声かけて、俺は床を蹴って走った。


 楯を前に、細剣を腰だめに引きつけ、一筋の漆黒の槍のように走り抜けて金龍の腹めがけて、総付与のかかった刺突を叩き込む。


 巨大な下腹部、脚、踵、足裏・・


 右へ周回し、左へ回り込み、足を止めずに連続した刺突を打ち込み続けるのだ。


 すぐに死なないことなど想定内だ。

 再生する肉体など当たり前だ。

 物理攻撃が酷く効き難い相手かもしれない。

 幾つもの命を内包した奴かもしれない。

 死んで蘇生を繰り返す魔物など幾らでもいる。

 

(だが・・)


 どんな魔物も、いつかは死ぬ!


 俺の最大の攻撃力は、攻撃の継続力だ。

 この威力の刺突など何時間でも何日でも精密に打ち続けられる。

 敵が死ねば熱い力が流れ込む。それを感じるまで、何万時間でも刺突を繰り出すのだ。

 敵に何もさせない。

 魔技も武技も許さない。

 魔法を使う間など半秒すらも与えない。

 初撃を防げなかった時点で敵の敗北を決定付ける。


 巨大な腕が千切れて飛び、龍頭が粉々になり、翼が原形を失い・・。


 龍だったものは、金鱗を失い青白く光る体液を流しながら動けないままに、執拗に際限なく破壊され続けていく。


 その様子を獣人の少年と魔人の女が真っ青になりながら見つめていた。

 

 鬼だった。

 それは正しく鬼と呼ぶに相応しい姿だった。

 死を告げるはずの巨大な黄金龍が、何もできないままに一方的に死を突き付けられ、もがくことすら許さずに、ただの肉塊と化してしまっている。

 真っ黒い鬼の鎧は、いつしか金龍の青白い体液に染まって淡く白い光を放っていた。


 直後・・。


 知らず互いの手を引きつけるように抱き合っていた獣人の少年と魔人の女が、いきなりの轟音に殴られたかのようにひっくり返って床に転がった。


 ラオンは転がりながらも眼を見開いていた。

 眼をつむれば殺されると教えられた。倒れたら、すぐに立てとも・・。

 どこか平衡感覚を失ったような揺らぐ体を起こした時、再び、先ほどの轟音が衝撃波となって噴き荒れた。

 ラオンとリザノートの体が衝撃で浮き上がり、2人して抱き合ったまま石床の上を跳ね転がっていた。


 さらに、もう一度・・。


 立とうとした足が縺れて床に倒れ込んでいた。

 

「シン様がっ」


 耳元でリザノートが叫んでいた。耳鳴りが酷くて、そうしないと互いの声が聞こえないのだった。


 ラオンは、霞む目で黒い鬼鎧を探した。


(あ・・)


 鬼が、青白く鎧を光らせながら睥睨するように巨龍の死骸を見下ろしていた。

 攻撃を止めているということは、勝負がついたということだ。

 

(さっきのは・・なに?)


 あの爆音は何だったのか。衝撃だけでラオン達は吹っ飛んだのだ。

 

「あっ、ラオ君、リザちゃん・・元気そうねぇ」


 どこか和やかなサナエの声がして、見上げた上方から手と手を取り合った4人の少女達が降ってきた。


「やっぱり・・先生が当たり引いてたんだ」


 リコが面頬を跳ね上げながら着地した。横に、ヨーコ、エリカ、サナエと着地して重たい甲冑音を響かせる。


「仕組みは知らないけど、たぶん、全部やらないと駄目だったと思うよ」


 エリカが兜を脱いで手に抱え持ち、軽く頭を振って髪を解放した。


「ああ、そういうやつかぁ・・そうかもねぇ」


 サナエが納得顔で頷いた。


「先生ぇーーー」


 ヨーコが声をあげて、"鬼"に向かって手を振っている。

 それに気付いて、"鬼"が小さく手を振り返したようだった。


「何階だっけ?」


「う~ん、500までは数えたんだけどぉ・・」


「気にしちゃ負けなのよ」


 リコが肩を竦める。


「なによ、それぇ」


「まだ一番下じゃ無いんでしょ?」


「トカゲの階層のボスは金色の龍でしたぁ・・って、次は何だろうねぇ?」


「さあ?・・あ、先生が玉を割るみたいよ」


 エリカが指さした先で、黒い鬼が細剣を構えていた。


 直後、



 ギィアァァァァァァーーーーー



 お馴染みとなった血魂石の絶叫が鳴り響いた。


「金の龍さんも、魔人なのぉ?」


 サナエがリザノートを振り返った。


「種としては違うのですが、階層主となった時点で血魂石が体の中に生じるのです」


 リザノートが迷宮で生を受けた時から記憶として刷り込まれている情報らしい。


「ふうん・・」


 変な決まり事があるんだねぇ・・と感心しながら、サナエがふと気付いたように周囲を見回した。


「あららぁ・・」


 視界が歪み始めていた。


「転移?」


「またぁ?」


「みんな、手を繋ごう」


 エリカの声で慌てて全員が手を取り合った。


「先生は?」


「・・私達全員より、あっちのが安全そう」


 リコがぽつりと呟いた。

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