第65話 次なる階層主
「爬虫類ばっかりですね」
エリカが小声で報告した。斥候として周辺の偵察に出ていたのだ。瞬間移動で戻って来たとろだった。
「兎っぽいのも・・トカゲ皮してたけど」
リコが補則する。
「ハチュウルイ?」
知らない単語に、俺は二人の顔を見た。
「ああ・・トカゲとか、蛇とか、ああいう感じの生き物をまるっと爬虫類って呼ぶんです」
ヨーコが説明してくれる。
「なるほど・・」
拾った茶色い石を手に俺は頷いた。この少女達の中では常識的な言葉なのだろう。魔物を分類する大まかな括りの一つ・・ということか。
この階層は鉱石の類いが多く、石壁からも緑碧の結晶が散りばめられた岩が突き出ている。少女達も思い思いに、綺麗な岩を切り取って収納していた。俺は少女達が呼ぶところのハチュウルイが体に生やしていた褐色をした岩状の突起、角や鱗などを集めていた。
「ラオちゃん、大丈夫ぅ?」
サナエが獣人の少年に声をかけている。ラオンという小柄な獣人の少年が疲れを滲ませながらも頷いて返事を返していた。体の傷や疲労はサナエやリコの魔法で回復できる。ただ、精神的な疲労は自分で乗り越えるしかない。リザノートが甲斐甲斐しく世話をやいていたが、それが無かったらとっくに狂っていただろう。
特に、途中にあった腐鬼人の階層は辛かったに違いない。
腐臭と汚物に塗れ、怨念と呪詛を吐きちらす死霊魂が飛び交い、音や臭いに敏感な獣人にとっては地獄だったろう。
二人には鎖帷子を着せ兜を被らせてあった。最低限、頭だけは守らないと即死しかねない。
「・・駄目ですよぉ~」
ぽつんと呟いたサナエが岩肌を蹴って大きく跳んだ。のんびりとした声音とは裏腹に、軽々と10メートル近くも舞い上がり長大な鉤爪を生やした両手で宙空を斬り裂く。
着地したサナエに遅れて、首を斬られた大型のヤモリのようなトカゲが3匹、立て続けに落下して地響きを立てた。
「あっ・・ごめんねぇ」
飛び散ったトカゲの血が酸毒を含んでいたらしく、飛沫を浴びたラモンとリザノートが肌を焼かれて苦鳴を呑み込むように身を震わせていた。しかし、すぐにサナエの治癒光を浴びて表情を和ませる。
礼を言う二人に適当な返事を返しつつ、サナエは天井を見回した。
「岩と同じ色に化けてますねぇ」
「仕留めておこう」
「え・・あ、先生」
振り向いたサナエの前で、俺は風刃の魔法を放った。
威力を絞って精度をあげた風の刃を4枚。正確に舞わせてトカゲの首を切断した。トカゲの首を断ち斬ると同時に風刃を消す。
トカゲ達は、しばらく首を斬られたことすら気付かずに天井に貼り付いて擬態を続けていたが、大量の出血と共に絶命して落ちて来た。
それへ、口から黒龍の火炎を吐いて蒸発させる。
「うはぁ・・こんがりを通り越して、炭になっちゃいましたぁ」
サナエが、龍手を打ち合わせるようにして、ガチャガチャと賑やかな拍手をしている。
そこへ、エリカが近付いて来た。
「毒香が効きました。リコが見た範囲に生きた魔物は居ないようです」
「よし、奥にあった石版へ向かおう」
「はい!」
エリカが駆け戻り、ヨーコ、エリカ、リコで先行する。
「行くぞ」
俺はラモンとリザノートに声をかけた。
龍手をにぎにぎとさせつつサナエが前を、最後尾を俺が歩く。
歩きながら神眼・双を起こして二人を鑑定してみた。
ラオンはいくつか耐性が顕現し、生命量の総枠も拡がっていた。爪技という武技をいくつか覚えているようだが、練度はあまり上がっていない。リザノートの方は幻惑、魅了といった精神干渉の魔法に加えて、蠱惑肌香や耽溺柔肌といった、いかにも・・といった技能が多い。治癒魔法と体力を回復させる魔技を持っていて、魔力量が続く限りは大丈夫そうだ。
(・・致死性の攻撃以外は大丈夫かもな)
地下牢で奴隷として繋がれていた中で仲間意識が芽生えているのか、二人は実の姉弟のように互いを信頼し合っているようだった。
本人達は自覚が無いのだろうが、俺達に同行することで様々な耐性が芽生え、その練度が上がり続けている。疲労軽減という魔技も、この迷宮内で覚えていた。ただ、少女達のように自分を鑑定できないので、どんな武技や魔法を覚えたのか自覚できていないのだ。
「二人とも・・」
俺は黙って鑑定をしたことを伝えた上で、二人の魔技や魔法、武技について伝えた。
「歩きながらだ」
早速試そうとするラオンに"試し"は移動しながらやるよう注意する。
実際、魔技などは自覚できれば使用は簡単だ。変に頑張らなくても使えるようになる。後は伸びしろを意識して使い熟せば良い。そうすれば、やがてより効果が高まるものへと変化していく。
そして、同じ熟練度に達しても、工夫をすることで別の魔法かと思うくらいに多様な使い方が存在する。それを発見するのは楽しかった。
(でも・・やっぱり、あいつらが異常なんだな)
召喚された少女達のように多様な魔法や武技、魔技を覚えるわけでは無いらしい。耐性の覚えも悪い。
(それにしても・・・よくついて来られるな)
わずかな時間しか共に行動していないが、ラオンにしてもリザノートにしても死に物狂いで頑張っているのが分かる。泣き言一つ、恨み言一つ言わずに懸命についてくる。
毒霧を吸い、腐毒のついた牙で噛まれ、酸血を浴び・・何度も死にかけて恐怖を味わいながら、それでも立ち上がって歩いてついてくる。
強いのだと思う。
普通という基準は分からないが、この二人はとても強い。
だが、どう頑張っても、4人の少女達には遠く及ばない。ラオンとリザノートが成長する何倍もの速さで先へ先へと成長していく。天賦の才と言えば簡単だが、これが召喚された者達との差違なのだろう。
(俺はどうなんだ?)
俺は転生者だ。そう言われている。神殿で読んだ書物では、転生者の優位性はその記憶にあるのだと本には書かれていた。戦うための強さ、成長度合いなどに特異性は無いのだと・・。もしかすると、近日中に追い越される時が来るのだろうか?
「うん、うまく使えたな」
喜色を浮かべて振り返ったラオンに頷いて見せた。
自覚できた疲労軽減の魔技を使用したのだ。リザノートの方は疲労回復の魔技だ。より効果が高かったのだろう。驚いた顔で自身の体を撫で回すようにしていた。
「先生ぇ、リッちゃん達が準備してますぅ」
サナエに促されて見ると、階層の最奥にある石碑を前に、リコ達が重甲冑に身を包んで各人の武器を手に待っていた。4人とも揃いで購入した鋼の重甲冑だが、鈍色の地味な色合いとは裏腹に上質な造りで、強化の魔法もしっかり付与されている。火炎避けの白いマントを背に、兜の面頬は鳥のクチバシのような造りで統一されていた。
ここへ来るまで、一度も見せなかった重装備だ。
表情を明るくしていたラオンとリザノートが少女達の様子に緊張した顔色で手を繋ぎ合った。
隣で、サナエも同じ重装備を身につけ兜を被った。手にするのは、愛用らしい棘鉄球のぶら下がった片手棍と、使い込まれた円楯だ。
「鬼装・・」
俺も黒い鬼鎧を身に纏った。リアンナから貰った小楯は、今では方形の騎士楯に形状変化している。南海で貰い受けた細剣を手に握ると、整列して注目している面々を見回した。
「魔法の罠は感知できませんでした。この小部屋ごと、どこかへ転移する仕掛けのようです」
エリカが報告した。
「リコ?」
「いくつか小部屋は見えますけど・・どれが転移先なのか分かりません」
「ばらけて転移することもあるかも」
ヨーコが言った。
確かに、そういう可能性もあるだろう。その場合は、リコが位置を特定し、エリカが拾って回ることになる。
「リッちゃん」
エリカがリコの視界を借りて小部屋の位置を記憶し始めた。
「何が待っているのか知らないが・・時間を与えずに仕留めれば良い」
長引かせると思わぬ反撃を受けて、ラオンやリザノートに危害が及ぶ。
「はいっ!」
少女達が揃った声を返した。
「よし、面落とせっ!」
俺の号令に、全員が跳ね上げていた面頬を閉じた。重い金属音が鳴り響く。
「ラオ君、リザちゃん、先生に掴まって」
サナエに言われて、2人がおずおずと俺の鬼鎧の腰辺りを掴む。
「覚えました」
エリカがしっかりした声音で言った。無数にある小部屋の位置を覚えたと言っているのだ。
「じゃあ行こうか」
「はいっ!」
唱和と同時に、少女達が石碑へ手を置いた。続いて俺も石碑に触れた。
エリカが言ったように、石碑のある小部屋全体が魔力に包まれて、視界が歪んで見える。直後、全員の姿が小部屋から消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます