第64話 行くも戻るも・・。

「本当に縮んだねぇ」


 サナエが床に転がった片刃の剣を拾いながら感心している。

 手首の辺りまで護る籠手がついた片刃の長剣だった。魔人が斃れて崩れ去るのと同時に、小さくなって床に転がったのだ。


「はい、どうぞぉ」


 サナエがラオンに剣を渡していた。


「あ・・ありがとう・・ございます」


 すっかり大人しくなった少年が床に膝をついて頭を下げた。


「剣に傷入ってても、私は知らないからぁ」


 棘鉄球のぶら下がった棍棒を肩に担ぎ持ち、サナエが手を振りながら他の3人が待っている場所まで歩き去った。


「・・良かったですね」


 女魔人が少年の背をそっと擦った。


「うん・・リザもありがとう。なんか、夢みたいだ」


 少年が呆けたような顔で長剣を抱えながら、すぐに涙を流して嗚咽を始めた。


「・・色々辛かったですね・・でも、あなたはやり遂げたんです」


 女魔人が優しく声をかけながら震える少年の背を撫で続けていた。



「先生、まだ無理でした」


 ヨーコが血魂石を持って来た。

 4人で何とか壊そうと頑張ったのだが、傷一つ付けられなかったのだ。


「お願いします」


「よし・・」


 俺は血魂石を石床へ置かせ、細剣の鞘を払った。

 そのまま真っ直ぐに突いて、血魂石を串刺しにする。


「・・あっさりだぁ」


 サナエが呆れた声を出した。


「あっ!? まただっ!」


 リコが声をあげた。砕けて砂状に崩れる血魂石から無数の光る玉が浮かび上がったのだ。


「泥棒の魔人だったもんねぇ」


 階層主ということだから、ここを通過する冒険者、探索者から武技や魔技を奪っていたとしても不思議では無いが・・・。サナエが言うように、泥棒だったことも影響しているのだろうか。


 やはり、天与の素質という点で少女達は恵まれているのだろう。浮かび上がった光の玉の多くは少女達に群がるようにして吸い込まれて行った。いくつかは、隅で泣いているラオンとリザノートにもぶつかって行ったようだった。


(俺のは・・)


****


 固有特性:魔防特性Ⅰ(001/999)


****


 一つだけである。

 

 しかし、


(やっとか・・)


 耐性はあったものの、魔法そのものを防ぐような術も技も持っていなかった。とりあえず、浴びて耐えることを繰り返していたのだったが・・。

 この魔防特性の練度をあげておけば、耐性と合わさって、少々の攻撃では傷も受けなくなるだろう。

 なによりも嬉しい特性を得ることができた。


「階段出ました!」


 ヨーコが指さす先に、先ほどまで無かった下層へ続く石段が出現していた。


「時間が経つと、ここも元のように治るのか?」


 俺は離れて様子を見ているリザノート達に声をかけた。


「はい・・階層主の部屋は回復が早いと聴きました」


 リザノートが振り返って部屋の戸口を見た。すでに大扉が復活している。

 また破壊すれば外に出られそうだが・・。


「降りよう」


 俺は取得した魔技や武技の確認をしている少女達に声をかけて、階段下を覗き込んだ。下は昼間のように明るかった。


 今度は俺を先頭に下へと降りて行った。


(・・へぇ)


 地下とは思えない光景が広がっていた。

 広々とした草原、煌々と降り注ぐ眩い光・・。木立も疎らに生えている。

 

「野営の痕がありますね」


 リコが"眼"で見ながら言った。

 

「いっぱいある?」


「う~ん・・案外少ないかも。全部で8箇所かな・・小さな焚き火跡とかだよ?」


「人か魔物は?」


「見当たりません」


 リコが首を振った。

 木立の間に、遺跡のような物が二つあるらしい。


「リザノート?」


「・・片方が、私達の待ち伏せる別階層へ飛びます」


 転移した先が、旅宿の並んだ小さな町のようになっているらしい。


「というか、リザノートはどうして侯爵に捕まってたの?」


 エリカが訊いた。


「町を訪れた男達の中に、とても強い者がおりました。元々、私の種は戦いには不向きです。精神干渉による誘惑を耐えきられ、そのまま大勢が斃されました。その時に、私は虜囚として連れて行かれたのです」


「ふうん・・魔人をお持ち帰り? 豪快な奴ね」


 リコが変な感心の仕方をしている。


「面白がった侯爵に買われ・・あとはご覧になったとおりです」


「さすが迷宮都市ってわけね。魔人が身近っていうか・・あんまり抵抗感が無いみたい」


「じゃあ、その町に行っても、リザノートさんの仲間はいないんですか?」


「分かりません。初めての事だったので・・行って確認してみないと」


 本当なら迷宮産の魔人は、迷宮の外には出られないはずなのだ。それが無理矢理だったにせよ外へ連れて行かれた。


「じゃあさ、行って誰も居なかったら、ここに戻っておいでよ。1人で宿屋とか退屈でしょ?」


「えっ!?」


「さっき、魔法か武技か、覚えたでしょ? オラン君も」


「え、ええ・・」


「・・うん」


 リザノートとラオンが正直に頷いた。


「まあ、鑑定眼で見えちゃってるから言ってるんだけど・・」


 リコが悪戯っぽく笑った。


「ラオン君は、あの魔人みたく、時間が経てば傷とか治る魔技を覚えたし、リザノートさんは中級だけど治癒の魔法を覚えたよね? 元々、混乱と魅了の魔技は持ってたし、2人なら上まで帰れるんじゃない?」


「・・なんとかなると思います。ただ・・上の」


「ああ、さっきのが蘇ってるのか」


「同じ者ではありませんが、同等の者が階層主として蘇っているはずです。私ではあれほどの魔人は・・」


「う~ん、先生?」


 リコ達の視線が向けられた。どうやら、ラオンという少年に同情してしまったらしい。


「下まで来れば良い」


 地下迷宮も無限に続くわけじゃないだろう。いつかは最下層に到着するはずだ。それから上がれば良いのだ。


「いやぁ・・それ途中で死んじゃうんじゃ?」


 ヨーコが不安顔で言った。


「足手まといを死なせないようにするのも良い訓練になる」


 神経の配り方、周囲への警戒心、魔法による攻防にも気遣いが必要になるし、2人を護る事が適度な足かせとなって訓練には丁度良いかもしれない。


「などと仰っておりますが・・?」


 ヨーコがエリカを見た。エリカが苦笑気味に首を振った。

 結局、行くも戻るも、オランとリザノートが自分で決めなければいけない。


「ふむぅ・・これは回復魔法の熟練度が上がりますねぇ。私の棍棒の出番が無くなるかもぉ」


 サナエが腕組みをしながら無念そうに唸った。

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