第63話 中ボス戦

「さすがに、しぶとくなって来たね」


 魔法で殲滅というわけにはいかなくなってきた。

 魔物の大きさは大小まちまちだったが、鋼並の甲皮を持つ魔獣や剣で斬れない死霊、モヤのような気体状の魔物など種類も様々だった。

 

 リコの殲滅魔法をかいくぐって肉迫してくる魔物も出てくるようになった。

 まあ、近付いてきたところで、ヨーコやエリカに斬られるか、サナエの棘鉄球で粉砕されていたが・・。


「エリ、何階だっけ?」


 床を滑るようにして迫って来ていた影の魔物を両断しながら、ヨーコが隣で長弓を構えたエリカに声をかけた。


「248階かな」


 答えながら、エリカが長弓につがえた矢を放つ。


「何だか時間の感覚が無いけど、何時くらいなんだろう?」


 疲労困憊して昏睡している獣人の少年に回復魔法をかけながら、サナエが魔人の女を助け起こしている。


「2日目の午前3時だな」


 俺は隊列の中央に立ったまま戦いぶりを眺めていた。


「あらら・・明け方なんだぁ」


「扉あるよ!」


 リコが声をあげた。


「おっきい扉」


「扉? ボス?」


 横合いから迫って来ていた大蛇を棍棒についた棘鉄球で殴り飛ばし、サナエが女魔人に少年を任せて呪文の詠唱を開始した。

 2秒ほどで、全員に継続治癒の魔法がかかり、体力が復活していく。

 

「魔防と矢護りは私がやっとく」


 リコがサナエに声を掛けながら、剣と盾を持った両手を胸前で交差させるようにして二つの魔法を同時に詠唱する。


「扉調べる。ヨーコお願い」


「うん」


 エリカが先行して大扉に接近し、その背をヨーコが護る。

 

「罠は無い・・・魔法で施錠されてて・・魔法陣に、なにかの条件式が埋設されているみたい」


 慎重に調べていたエリカが小声で報告した。


「先生?」


 ヨーコが振り返る。


「とりあえず押してみて・・駄目なら、その条件を探すしか無いな」


 俺は踏み込みざまに、左手に持った盾で大扉を殴りつけた。

 一撃で、大扉が内へひん曲がって千切れ飛んで行った。薄暗い部屋のどこかで、重たい衝突音が何度か鳴り響き、大扉がどこかに転がった音が聞こえてきた。


 サナエの回復魔法で意識を取り戻していた獣人の少年が、真っ青に青ざめて身を震わせている。その背を魔人の女が同じく青ざめた顔で支えていた。


「居ます!」


 エリカが警戒の声を発し、ヨーコが一歩前に出て庇う位置に立った。

 

 部屋の奥に、大きな椅子があり、身の丈が5メートルほどの大きな人影が座っていた。ねじくれた双角を頭から生やした長い黒髪をした男だった。全身を灰褐色の獣毛が覆い、撓むように曲がった両脚は牛のような蹄のついた足をしていた。

 顔はかろうじて人の男のように見える。ただ、突き出るように伸びた鼻面は犬科のそれを想わせた。


「ねぇ・・あの武器」


 サナエが指さすまでも無く、巨人の右腕には籠手が嵌められ、片刃で青みがかった剣身が長々と伸びていた。


「・・おっきいけど・・あれなの?」


「使う者に合わせて最適な大きさに変化すると・・そう聴かされたことがあります」


 少年が恐怖に声を震わせながら言った。


「ふうん・・じゃあ、この犬だか牛だか分かんないのが泥棒さん?」


「分かりません・・でも、こんな化け物じゃない・・はずです」


「まあ、良いかぁ。あの剣を持って帰れば良いんだしぃ」


 サナエがリコを見た。

 リコが小さく頷いてサナエの前に立つ。


「階層の守護者・・無理に扉を破ると、とてつもなく強さを増すと聴きます。お気を付け下さい」


 女魔人が言った。


「もう遅いよぉ」


 サナエが棘鉄球付きの棍棒を振って、聖術による光防壁を作り上げていた。

 これで、あの巨人が呪われた魔法を使ってきても、ある程度は防ぎ止めることができる。


「ラオンとリザノートは俺が護ろう」


 俺は少女達に声を掛けた。


「あいつは、魔人デラーク・・・階層主だそうだ」


 その声に、4人が視線を交わして頷き合うと、兜の面頬を閉ざして前に出た。

 

「エリ、行くよ」


 ヨーコが短く声を掛けて大きく正面へ踏み出す。

 



 ゴアァァァァァァァーーーー



 大気が震えて石室が揺すられるほどの咆哮をあげて、魔人が玉座を蹴ってヨーコめがけて襲いかかった。


 直後、


 ドッキュィィィーーーン・・・


 異様な衝撃音と共に、魔人の頭が真後ろへ弾け飛んだ。

 飛びかかろうとした姿勢で強引に仰け反らされ、尻餅をつくようにして魔人が床へ転がっていた。


 ヨーコの後ろで、床に片膝をついたエリカが長弓を手に美しい残心を残していた。

 元々はゾールの短弓術を見よう見真似で覚えた弓術だったがかなり様になってきた。


 魔人が床に腕をついて身を起こそうとしている。その腕をヨーコの薙刀が刈り払った。魔人はもう一度、ひっくり返ることになった。


「撃つよっ!」


 リコの掛け声に、ヨーコが素早く後退してエリカを護る位置に立った。

 直後、轟音と共に雷が魔人を直撃した。

 

「私もいっちゃうよぉ」


 サナエが棍棒を頭上にかざして振り下ろした。

 無数の光の槍がのたうつ魔人めがけて降り注き、その巨体に突き立っていく。



 ガアァァァァァァーーーー



 魔人が咆哮をあげて身を震わせた。禍々しい黒い染みのようなものが巨体を覆い尽くし、刺さっていた光槍が崩れて消え、雷で灼けた上半身の傷が塞がっていく。


 狙い撃ったエリカの矢を弾き、今度は油断無く左右へ上体を振りながら踏み込んできた。全身を黒い霧のようなものに包んだままだ。


 風鳴りを残して振り下ろされた長大な剣をヨーコが薙刀を操って脇へ弾き逸らし、なおも横殴りに斬ろうとする魔人の腕を返した石突きで殴りつける。籠手で護られていない肘を殴られた魔人が嫌がるように身を引いて、逆の腕に持っていた短剣で斬りつけてきた。

 それを、ヨーコの薙刀が打ち払い、魔人の短剣に身をさらすように踏み込みながら太い指を斬り飛ばしていた。



 ゴアァァァァァーーー



 苦鳴をあげた魔人が一度長剣で斬り払おうとする、その剣身を腰を落としたヨーコが真っ向から受け止めた。わずかに押されたものの、しっかりと受け止めてみせた。

 魔人が両眼を金色に光らせ、獣面を歪めて牙を剥きながら渾身の力でヨーコを圧し潰そうと両脚を踏みしめる。


 そこへ、


「炎渦獄」


 リコの魔法が襲いかかった。

 

 魔人が立っている床に火炎が円を描いた直後、紅蓮の劫火が床から噴き上がって天井まで灼いた。


「サナ!」


「はいよぉ」


 両手に棍棒を握ったサナエが真っ直ぐに振りかぶって、火だるまになった魔人めがけて振り下ろす。真っ白に輝いた巨大な鉄球が空中に出現して魔人を殴り伏せていた。

 身の丈が5メートル近い巨体が物凄い勢いで床へ叩き伏せられ、地響きをあげて弾む。


「呪縛矢っ!」


 天井近くに出現したエリカが長弓につがえた矢を放った。

 再び、魔人が苦鳴をあげて激しく巨体を暴れさせた。剣を持っている腕が、肘の所で1本の黒矢によって床に縫い刺しにされていた。か細い矢のようだが、魔人がどう暴れても床から引き抜けず、貫かれた傷口から白煙があがっている。


「せいやぁっ!」


 気合い声をあげて、ヨーコが魔人の巨大な頭部めがけて薙刀を振り下ろした。

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