第198話 人形乱入


 キルミス人形ドールとでも呼ぶべきか、金属質な光沢をした体に、子供の顔を載せたような悪趣味な合成体が襲ってきた。


 同じく合成体の魔王と戦っている最中の事である。


 ヨーコとリコが前衛役を入れ替わって務め、サナエの回復に支えられながら、エリカの弓とアウラゴーラ達の魔法が痛撃を加える。合成魔王9体の内、3体を仕留め終わったところでの乱入だ。


「来るとは思ってたけど・・」


 手当を終えたヨーコが前に出た。


「サナ」


「はいよぉ~」


 サナエが青白く輝く聖法陣を描き始めた。たちまち、宙に花でも咲いたように、幾重にも聖法陣が描き出されていく。


「金剛」


 リコがヨーコの背に触れながら強化の魔法を付与した。

 素早く移動して、エリカの正面に立ち、方形楯を前に突き出すようにして構えると大きく息を吸った。


「断幕」


 リコの宣言に続き、


「セイクリッドォォォ~~~~・・・・コンフュゥゥ~~ジョォォォォン!」


 サナエの掛け声が響き渡る。


 途端、宙空を埋め尽くさんばかりの聖法陣が回転しながら派手派手しい光を放ち始めた。

 色とりどりの光が飛び交う中に、目も眩むような閃光も混じる。


 合成魔王も、キルミス人形ドールも、いきなりの異変に戸惑ったように動きを止めた。

 

 一方、リコ達の居る場所には、激しい光は届かない。断幕の魔技によって、効果が遮断されているのだ。

 

「効いたねぇ~」


 サナエがにんまりと相好を崩した。

 仕掛けたのは、相手を混乱状態に陥れる聖法だった。合成魔王達は耐えきれなかったらしく、互いを敵と認識して攻撃を始めていた。


「ナイス、サナ・・っと!」


 ヨーコが薙刀を手に宙空を斬り払った。

 激しい金属音と共に、キルミス人形ドールの手から伸びた針とヨーコの薙刀がぶつかり合っていた。

 立て続けに、針が放たれ、それをヨーコが打ち払って斬りかかる。

 無数の火花が散り、焦げた金属の香りが立ちこめていく。


「良いよ」


 エリカがリコの背に声をかけた。


「ヨーコ!」


 声をあげながら、リコが方形楯を手に前に出た。


 呼吸を合わせて、ヨーコが飛び退く。


「雷縛」


 方形楯を突き出すようにして、リコが魔技を放った。

 キルミス人形の全身が紫雷に覆われ、わずかに動きを止める。

 時間にして1秒にも満たない間でしか無いが・・。



 カンッ・・



 短い貫通音を残して、キルミス人形ドールの胸部に拳大の穴が開いていた。

 人ならば心臓があるだろう辺りだ。


「外れ、動くよ!」


 リコが警戒の声をあげながら方形楯を手に後退する。その楯の表面に、立て続けに鋭い長針が命中して火花を散らす。


 なおも追って距離を詰めようとするキルミス人形ドールを、ヨーコの薙刀が横殴りに斬り払って、強引に押しとどめた。


「胸じゃないのか・・」


「頭かな?」


「そうかもね」


 リコとエリカが頷き合い、次の機会を窺って待機する。

 その間、ヨーコが体を張ってキルミス人形ドールの攻撃を打ち払い、多少の傷など物ともせずに真っ向から斬り合っていた。傷だらけのヨーコを、サナエが回復魔法で補助する。


 やや離れて、アウラゴーラ率いる魔人団が、混乱して同士討ちを始めた合成魔王達の相手をしていた。


「・・もう一体、来た」


 リコが上方を見ながら、みんなに報せた。

 新たなキルミス人形ドールが縦穴の上方から降下してきていた。


「何日でも、やったるよぉ~」


 サナエが闘志満々に片手棍を振りかざす。


 一に体力、二に体力、三も四も体力・・。


 何事も体力ありきなのだ。その点、4人の少女達は徹底して鍛え抜かれている。底なしの継戦能力を誇っていた。


「上に船が来てる。空に浮かんだ船・・飛空船って言うの? あれからキルミス人形ドールが降りてくるわ」


 リコが言った。


「そういえば、キルミスが・・船を作るとか言ってたね」


 エリカがリコに向かって頷いて見せる。手元で、狩弓が羽音のような低周波の振動音を鳴らしている。黒々とした瘴気のようなモヤが纏わり付くようにしてエリカの手元で踊っていた。


「ヨーコ」


「せいっ!」


 鋭い掛け声と共に、返した柄でキルミス人形ドールの下腹部辺りを打ちつけ、ヨーコが脇へと退く。


 直後に、大きな貫通穴を残して、キルミス人形ドールの顔面中央が消え失せた。


「なにこれ・・」


 胸と頭部に大穴を開けたまま、キルミス人形ドールが変わらぬ動きを見せて襲ってきた。


 エリカを狙った攻撃を、冷静に方形楯で受けらし、長剣で牽制をしつつ、後をヨーコに任せて周囲へ視線を巡らせる。


「リモコン・・だっけ? 何かで操られている・・これ、本当の人形よ」


 リコが眉間に皺を刻みながら言った。


「最初から操ってた?」


 エリカが首を傾げる。


「エリの矢で頭を抜かれてから切り替わった感じ・・魔素の糸が見えたわ」


「・・人形劇」


 エリカが頷いた。その冷徹に底光りする双眸を上方へと向ける。


「上の船も、本物じゃないかもしれない。船が一隻とは言って無かったし・・」


「そうだね・・あっちは魔王を片付けたみたい」


 エリカが魔人達を見た。


「うん、やっぱり沌主って強いね。戦い慣れしてるし・・まだ少し届かないかな」


「追加の人形は?」


「今のところは無いわ」


 リコが上方だけでなく、周囲を広く見渡しながら言った。


「再生はできないし、頭部に穴が開いてからは弱くなってる。これで終わりという事はないでしょうけど」


「まだ数が揃ってないのかな?」


「・・・足元っ!」


 リコが声をあげつつ、長剣を突き出した。寸前で回避しようとしたエリカの足首を、宙空から突き出された緑色の太い腕が掴んでいた。直後に赤黒く光る繊毛が伸びてエリカの足へ突き立ち、皮膚を破って中へと潜り込む。一瞬にして、意識を刈り取られてエリカが昏倒させられる。


「ごめん!」


 謝罪を口にし、リコがエリカの足ごと緑腕を叩き斬った。激痛で意識を戻したエリカを、リコの方形楯が殴り飛ばす。


「サナ!」


「はいよ~」


 サナエが暴流のように聖光を吹き上がらせてエリカを抱きとめる。


「毒、腐食液、呪怨だったよぉ~ 全部、新種だったぁ~」


 サナエがエリカに流し込まれた異物を分析してしらせる。わずかの間に、エリカの足が元通りに復元されていた。


「エリ?」


「覚えたよ」


「よし・・」


 派手に火花を散らせ、鉤爪を楯の表面に滑らせながら、


「こいつ任せるよ」


 伸ばされた緑腕を長剣で斬り払うなり、リコは雷をまとって雷光のように疾り、ヨーコの後背を守る位置へ立つ。


「任された」


 エリカが短刀を両手に瞬間移動して消えた。


「ミザリーナスの緑腕・・久しいな」


 呟いたのは、アウラゴーラだった。


 ちらと眼を向けたリコだったが、何も言わずヨーコの背に寄る。


「あいつは、エリとサナエが狩る。時間稼ぐよ」


「エリ・・キレちゃった?」


 ヨーコが声を潜めた。


「うん・・同情するわ」


 リコがそっと息をつく。エリカは、普段とても冷静で物静かなのだが・・。


「アウラゴーラさん、お人形を1体お願いできます?」


「引き受けよう」


 女魔人が笑みを浮かべて頷いた。

 キルミス人形ドールが1体追加で降下を始めたのだった。

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