第199話 キルミス・シンキング
「やれやれ・・本当に困った子達だねぇ」
ふて腐れたように呟いたのは、キルミスである。
あの手この手で仕掛けているのだが、
ヤガールでの戦闘は、もうじき終了しそうだった。
合成した魔王も、キルミス型の兵隊人形も、実に簡単げに斃されてしまう。ヤガールでは、縛鎖の呪法で繋がれていたミザリーナスという鬼神が討ち滅ぼされた。
「どうしよっかなぁ・・」
少女達を捕らえるか、殺すか・・。キルミス自身が出張れば、どちらも可能だ。
まだまだ力の差は大きい。
「でもねぇ・・」
確実に、あの花妖精がやって来るだろう。
あの花妖精は危険だ。
キルミスがフル装備で戦って、どうなるか・・。
あるいは、ぎりぎりのところで斃せるのかもしれないが・・。
「・・力の底が見えないんだよねぇ」
あの花妖精については、知らない事、解らない事の方が多い。ずっと、レイジとカンスエルの2人を追いかけていたのだ。予定通りなら、今頃、あの2人を中心にして世界を騒がせて遊んでいたところだったのに、急に出て来て、あっさりとレイジやカンスエルを討ち斃してしまった。
おまけに、キルミスの言う事を聴いてくれない。
それどころか、キルミスの世界にまで押しかけて、同胞を大量虐殺して行った。
「いや・・本物の魔王だよね、あいつ」
キルミスは、深々と息を吸ってから盛大に嘆息した。
おそらく、どんな技術を駆使しても、あの花妖精を単独で殺せるような生物は創り出せない。なんとか肉体を破壊することはできるだろうが、花妖精の異様な再生力によって、無かった事にされてしまう。
魔王鏖殺の因子を与える際に花妖精の肉体の完全分析を試みたのだが、いったい何種類の生命を取り込んだのか、何をどうすれば死に至のかすら見当がつかない状態だった。あの状態にまで成る過程で、元々の自我を保ち続けたなどと・・ちょっと信じがたい。キルミスが合成体でやっているように、後から作り物の自我を封入するしか方法が無いはずだ。
元々、こちらの世界はキルミスの領域では無かった。ただ、本来、キルミスが担当していた世界は、遊びが過ぎて早々に崩壊させてしまったため、遊び場が無くなってしまったのだ。それで、ちょろちょろと侵入して遊んでいた。
だが、あの花妖精がキルミスの世界で大量虐殺のついでに色々な施設を喰い散らかしたおかげで、キルミスの世界そのものが存続の危機に陥っている。
現在、キルミスの同胞達は、この世界、カルファルドを新天地として移住を計画していた。そのために、世界そのものを住みやすいように整えないといけないのだ。時間の猶予は残り少ない。
「数で押そうとしても、無理っぽいよねぇ・・」
花妖精は、あんな危ない奴なのに、やたらと有能な兵士に恵まれている。合成魔王やら人形部隊をいくら投入しても苦も無く殲滅されてしまうだろう。
さらに厄介なのは、キルミス達と同等の知識まで得てしまったことだ。
あの花妖精がその気になれば、今、キルミスがやっているような合成体の生成など簡単にできてしまう。魔王の城だと称して造った浮遊城だが、同じ物をあの花妖精も造れるのだ。
「悔しいけど、ミズラーナの仕掛けに頼るしかないか」
カルファルドを広大な遊び場として設計、開発していた天才的な技術者が緊急時用に設置した装置がある。魔技や魔法を使えなくする、武技を使えなくする・・そういった応急処置用の道具ではなく、気候から地形、大気の成分や量、重力調整、地表に届く太陽光の種類や量など、思い通りに操作が可能らしい。
ただ、装置を使用できるのは、ミズラーナ当人か、監督官以上の地位にある者だけだ。
「食べられちゃったしねぇ」
よりによって、監督官達のコロニーを喰い散らかしたのだ、あの花妖精は・・。
ミズラーナという希代の英才は、禁忌に触れる研究をしたとかで投獄されてしまい、そのまま獄中で死亡した。
後は・・。
「ミズラーナの遺児達を集めて訊いてみるかなぁ」
キルミスが作るような合成体とは根本から違うが、ミズラーナも幾つかの作品を遺していた。この世界、カルファルドのルールキーパーとして生み出されたらしいので、カルファルドにおいては、かなりの高位生命体ばかりだ。何らかの知識を与えてあるか、資料を秘匿している可能性がある。
いずれも、なかなかの実力者だろうし、捉えて聞き出すのは苦労しそうだが・・。
カルファルドが今の状態では、キルミス達は連続して3時間程しか活動できない。その後、最低でも5時間の休眠行動が必要となってしまう。
不自由極まり無いのだ。
「まあ、自由にうごけても、シン君みたいな危ないのが野放しじゃあ、怖くて外出できないし・・」
キルミスは半透明なボードに表示されているリストに眼を向けた。
ミズラーナの作品群、それ以外の高位生命体・・。
「あ・・このミザリーナスって、お嬢ちゃんに刻まれて死んじゃった奴だ」
空間を自在にすり抜けて、悪疫をもたらす呼気と体液を武器する古代種の生き残りだったのだが、先日、その生涯に幕が降ろされた。命が果てるまで、短刀で滅多刺しにされ続けたらしい。ああいう最期は迎えたく無いものだ。
「このリストに載ってても、まだ生きているかどうか怪しいよな」
ふて腐れ気味に、頬杖をついてリストを眺めながら、
「あ・・」
キルミスは小さく声をあげた。
リスト中に、炎をエネルギーとする粘体についての記載があった。
「・・こいつも?」
銀毛の魔獣にも覚えがある。
「どんだけ戦力蓄えてんだよ、あいつ・・」
キルミスは、がっくりと頭を落としながら嘆息した。
花の妖精1人を相手にするだけでも大変なのに、異様に実戦慣れした4人娘に、ミズラーナの遺した神獣と魔獣・・。
圧倒的な戦力を保有している。
「半端な合成体じゃ、どうしようもないなぁ」
対抗できるのは、稀少物質を使用した殺戮兵器の大量投下だろう。ただし、移住の事を考慮すると、土壌や大気を汚染することはできない。多少、地形が変わるくらいは問題ないのだが・・。
元々、計画性のある性格では無いし、必要な稀少物質の貯蔵などしていない。
「・・めんどくさいなぁ」
キルミスとしては、さっさとかたをつけて、もっと楽しい事に頭を使いたい。
キルミスの世界では、生命維持の時間数が多い者が高い地位を与えられる。上の世代を花妖精が喰い散らかしたために、いつの間にか地位が上がって、任務を消化しなければいけない立場になってしまった。しかも、滅び行く世界から同胞を移住させるという重大任務だ。
自由気ままに遊んでいたキルミスにとっては、なんとも重苦しい責任を背負わされ気が重い。
「やっぱり、援軍待った方が良いかなぁ」
移住者を護衛している連中は、様々な世界での戦闘経験が豊富な精鋭達だ。
「う~ん、勝てる絵が浮かばなぁ~い」
精鋭部隊とか、瞬殺され喰われて終わりそうだ。
「あぁ・・」
マグマの中での戦闘が終わった。
縦穴の方も片付けられてしまった。
綺麗さっぱりと全滅である。
キルミスに唆されるまま人界に攻め入ったはずの沌主アウラゴーラが、どういうわけか花妖精に味方する様子だ。
ますます、花妖精の戦力が膨らんでいく。
「もう、カルファルドを壊すつもりでやるしかないかぁ」
使えば何処にどんな影響を及ぼすか分からない兵器がある。生き物という生き物を根こそぎ死滅させる、ミズラーナの遺物の中でも最凶の兵器だ。
ミズラーナの作品達を使役して花妖精を仕留められれば良し。失敗に終われば・・。
「うん、使っちゃおう」
駄目だったら逃げよう。
「そうしよう!」
ようやく方策が定まって、キルミスは明るい顔で頷いた。
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