第200話 武器商人


「お金ですか?」


 ヨーコの問いかけに、俺は小さく首肯した。


 目の前に、一千万龍貨を積み上げてあった。大国の国庫数百年分の財貨に相当する額である。


 手には、一通の紹介状を持っていた。かつて、町を出立する時に、リアンナ女史が書いてくれた書状である。


 真っ白な紙には何も書かれていないが・・。


 少女達の視線が集まる中、俺は紹介状を眩い龍貨の山へ置いた。


「購いたい物がある」


 山吹色に輝く小山を前に、俺は人にでも話し掛けるかのように言葉を発した。


 途端、紹介状が大きく拡がっていき、生きているかのように龍貨の山を包み込んだ。

 みるみる龍貨のかさが減っていき、やがて総ての龍貨が紹介状の中へと吸い込まれて消えてしまった。


 拡がっていた紹介状が元の大きさへと縮まり、



 ・・ポンッ



 と、間の抜けた音を立てて破裂した。



 ひらひらと白い紙吹雪が舞い散る中、


「やあ、初めまして、薔薇の君。ボクはモートレーノ。見ての通りの兎さ」


 黒い執事服を着た白兎が二足で立ってお辞儀をして見せた。



「・・リアンナさんに紹介を受けた。シンだ」



「うんうん・・って言うか、ボクを招けるのって、彼女くらいだからね」


 執事服の兎が身を反り気味に胸を張った。



「武器を売っていると聴いた」



「うんうん、武器も売ってるよ」



「武器以外には何かあるのか?」



「空飛ぶ船とか、すべての生き物を殺処分する古代兵器とか・・シン君はどんな物が欲しいのかな?」


 何処からともなく出現した小さな帳面を左手に、右手で胸ポケットから片眼鏡を引っ張り出して右眼につける。いや、手とは言っているが、兎の前脚そのままの形状なのだが・・。



「世界の生き物を死滅させる武器、兵器の総てを買い取りたい」



「ふうん、物騒な物を欲しがるね~」



「龍貨はまだある」


 天空人や魔人が貯め込んでいた龍貨を根こそぎ奪ってきたのだ。



「あはは、これで十分。こんな量の龍貨なんて見たことないよ。でも・・そうだね、どうして必要なのか訊いて良いかな?」



「それを使おうとする奴が居る。こちらが所持しておくことで、使用を防げるかもしれない」



「・・なるほど、なるほど、ミシューラの来訪者だね」


 執事服の兎が訳知り顔で頷いた。



「キルミスという奴だ」



「キルミス・・その名前は覚えてるよ。長生きしてるんだね」



「もう十分に生きただろう」



「そうかもね。好き放題に遊んでいたんだから、そろそろ幕引きかな」



「俺に関係無い場所で遊んでいるなら放っておく。俺を的にして遊びたいなら相手になろう。だが・・あいつは、この世界の生き物を死滅させて、ミシューラの住人を移住させようとしている」


 黙って見ているつもりは無い。



「なるほど、なるほど、それでアレを買って行ったんだね」



「遅れたか」


 どうやら、キルミスの方が動きが早い。



「土や空気を汚さずに、世界から生き物を死滅させる兵器というオーダーだったね。ずいぶんと急いでいたみたい」



「対抗できる品はあるか?」



「うんうん、物としては無いよ。でも、キルミスが買って行った品が、どんな物だったかを教えてあげることはできるね」



「どういった物なんだ?」



「植物を絶滅させる薬を散布するだけの玩具さ」



「草や木を枯れさせると生き物が死滅するのか?」


 分からない話だ。

 ちらと、エリカを振り返ると、色々と語り出しそうな表情で大きく頷いている。



「そういう可能性があるというだけ」



「よく分からないな」



「後で知識を調べてみてよ。そして、キルミスは玩具の兵隊も買っていったよ?」



「兵士を? 合成体か?」



「混ぜ物無しの、一点物の兵隊さ」



「1体だけか?」



「1億」



「・・多いな」



「最大値って意味でね」


 原体が増殖するらしい。



「1億より増える事は無いんだな?」



「うんうん、無いね」



「特徴は?」



「魔素を使った攻撃は効かない。でも、魔素を使った攻撃をする。疲労せずに無限に行動できる。でも、再生能力は無い」



「他には?」



「デプロマイド・・ここで神鋼と呼んでいる素材で作られている」



「形状や大きさは?」



「天空人にそっくりな姿さ。翼は真っ黒だけどね」



「強さの程度は?」



「そこの・・」


と、執事服の兎が女魔人を前脚で指した。



「あそこの魔人さんと同じくらいだね」



「あれが、1億か。確かに、人は滅ぶかもしれないな」



「シン君は生き残るでしょう?」



「当然だ」



「だったら、キルミスは面白くないよね?」



「・・だろうな」



「植物を絶滅できる薬を散布すれば、シン君の薔薇も枯らせるんじゃないか?・・そうしたら、力を何割か削げるんじゃないか? 防護服を着れば、シン君を確実に仕留められるんじゃないか?・・・って、考えたんだろうね」



「防護服・・俺の知識にある通りの品か?」


 動きを阻害せず、肉体への反動など無いままに身体能力を約50倍に引き上げる。ただし、連続使用時間は3時間ほどしかない。普段は腕輪のような形状で手首などに巻いておき、災害発生時などには即座に全身を覆って防護服となる。



「防護服・・お嬢さん達のサイズなら在庫あるけど?」



「貰おう」



「あと、売ってあげられそうなのは・・大昔にカルファルドの天才君が製作した機甲兵かな。壊れてたのをボクが拾って改良したんだけど・・」



「タロマイトか?」



「あ、知ってるんだ。じゃあ、もしかして白マイトを見つけたの?」



「白というより、白金プラチナだな」



「うんうん、あれは同じ製作者が後から作った作品らしいね。何処に隠したんだか、探しても見つからなかったんだけど」



「タロマイトを買えるのか?」



「うんうん、黒マイトだけどね」



「買おう」



「それでも、1千万龍貨には釣り合わないね。ちょっと、ボクが儲かり過ぎだなぁ」



「他に売れる情報は無いか?」



「どんな情報が欲しいのかな?」



「ミシューラの移民船の侵入路を絞り込みたい」


 自由自在に渡って来られるわけではない。少女達を元の世界に送る事が難しいように、多くの制約、障害を乗り越えなければいけない。ただ、世界の・・カルファルドとミシューラの距離が近いのだ。キルミスがちょろちょろと出入り出来ているように、質量が小さいものであれば数分という短時間で往き来できてしまう。逆に、大質量の物体を移送しようとすれば、通り路のような場所を選ばなければ空間の狭間に陥ってしまう。数分どころか、数百年の大航海になるのだ。


 安全に通過して、こちらの世界へ侵入できる路は多くない筈だ。



「10人以上が一度に通れる場所は、一ヶ所しか無いよ? 」


 重大な情報をあっさりと教えてくれた。



「そうなのか」



「カルファルドに入って来られる場所も一つ」



「何処だ?」



「東大陸と西大陸の間に海があるよね?」



「ああ」



「あそこの南・・南海って呼ばれている海域に、無人島があるんだ。ちょうど、その島の真上・・ほんの100メートルほど上空が特異空間の発生場所になってるよ。ああ、特異空間っていうのは、空間の歪みのことね」



「・・あの島か」



「あれ? シン君、知ってるの?」



「暮らしていた事がある」


 俺は脳裏に情景を思い浮かべながら言った。



「ヤタランスって、龍人が居なかった?」



「居たな」


 強敵だった。当時は、ぎりぎりの戦いをやって何とか引き分けたのだ。



「・・あの島、変な生き物が多かったでしょ?特異空間が発生するおかげで、別世界の生き物が漂着するんだ。中には、カルファルドに存在したら駄目な奴が混じるからね、ヤタランスは特異空間を監視しながら、危ない奴を排除してるんだよ」



「あいつ、龍人だったのか」



「それでも、カルファルドの原住民だけじゃ、対処不可能な存在が侵入して来ちゃって・・厄災種なんて呼ばれてる奴もそうだよ? そういうのを退治するために、ヤタランスみたいな存在が各地に存在しているんだ。まあ、みんな自由気ままにやっちゃってんだけど。厄災と違って、無闇やたらと原住民を排除しようとする子はいないでしょ?」



「なるほど・・」



「キルミスやミシューラの移住民とかはどうでも良いけど、カルファルドはあんまり壊さないでね? ボクも、それなりに思い入れがあるんだ」



「配慮しているつもりだ。モートレーノだったな?」



「うんうん、ボクはモートレーノだよ」



「まだ依頼金に余りがあるか?」



「たっぷり、あるよぉ」



「なら、ミズラーナに伝えて欲しい。感謝していると」


 俺は執事服の白兎に告げて、くるりと踵を返すと4人の少女達のもとへ歩いて行った。

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