第201話 泡沫の夢
「うわぁ、壮観だねぇ」
キルミスが大はしゃぎで手を叩いた。
黒翼の機人兵が、大空を埋め尽くさんばかりに展開している。原体からの増殖が開始されて半月ほど。もう5万体は超えているだろう。
某花妖精さえ居なければ、この黒翼の機人兵だけでも無敵の軍隊だ。
その後方、キルミスは岩塊のような空中要塞に陣取っていた。
すでに、植物を枯らす粒子の散布装置は設置を完了した。稼働に必要な魔素が充足され次第、稼働を開始する仕組みだ。おそらく、もう一両日中のことだろう。
ミズラーナの作品達の取り込み工作は失敗に終わったが、その子孫達の中には賛同者が居た。早速連れてきて、空中要塞にて肉体を改造している最中である。そちらの作業も、24時間以内に完了するだろう。
人間、妖精、天空人、魔人・・国家を形成している者達も、花妖精討伐派と傍観派、花妖精擁護派の3派に別れているが、まあ、今となってはどうでも良い。せいぜい、混乱していがみ合い、戦争でもして数を減らし合ってくれれば最高だ。
キルミスの思い描いている人形劇の盤上にはもう登場させる価値を感じない。
どのみち植物が死滅して以降、原住民が滅亡するのは時間の問題となる。
ミズラーナというのは真の天才だった。
遺作の数々はキルミスをワクワクさせてくれる秀逸な物ばかりだ。
あれほどの鬼才を獄死させるなど愚かなことをしたものだ。
ミシューラの技術水準がカルファルドを大きく上回っているとはいえ、何をどうやれば、ミズラーナが遺したような品々を生み出せるのかキルミスには想像もつかない。かつては、キルミス自身も技術者を目指したことのある身なのだが・・。
空中要塞正面に展開している黒翼の機人兵も、ミズラーナの作品だった。
原体を目覚めさせることによって、次から次に増殖し続けて、世界中の生きとし生けるものを殺戮して回る終末兵器だ。兵士として個体の強さは、製造物としては最上級だろう。
いくつもの映像が並んだ室内を小躍りするように歩きながら、
「さあ、こっちは準備良いよぉ、シン君」
キルミスは満面の笑顔で映像の一つを前に足を止めた。
白く冷気の立ちのぼる筒状の容器の中で、調整の終わった合成体が意識の覚醒を終えたところだった。
西大陸で参戦を申し出てきた勇者を自称する狼人と蝶の妖精、東大陸からは花妖精の因子を身に宿した老人、これに南海で捕獲した龍人を掛け合わせて合成した魔王である。
キルミスの造れるものとしては、これが精一杯だろう。
「やっぱり、龍人の外見が強く出たね」
鱗の隙間から獣毛が生え伸びたようなおかしな事になっていて、龍人っぽい獣人という表現が似合いの巨漢兵士ができあがっていた。
何かを期待して作ったものでは無い、ミズラーナの作品にばかり頼るのも癪だったので、何か作ってやろうと考えただけだった。
「まあ・・・どっかの国ぐらいは滅ぼせるかな」
珍妙な合成体については忘れることにして、キルミスは他の映像を見て回った。
「・・おや?」
足を止めた映像には、真っ赤な色が鮮やかな飛空艦が映っていた。
槍の穂先のような形状をした優美な艦だ。
詳しい大きさは分からないが、かなりの巨艦だろう。
「まさか、シン君?」
こんな短期間で造れるはずが無いが・・。
「いや・・天空人か」
彼の地には、かつての大戦時に使用された艦艇や兵器類がいくつか秘匿所蔵されている。キルミスが知っている時点で、秘匿情報でも何でも無いが、あまり一般的には知られていない事だ。
ただ、あれほど立派な船だとは知らなかった。
「なんか、格好良いじゃん・・あっちの方が」
憮然とした顔で呟きつつ、キルミスは周辺探知図へと眼を向けた。
宙空に浮かぶように描き出された図面に、あの赤い艦艇の位置が点滅して表示されている。
「まっ、うちの機人兵が墜としちゃうだろうけど・・」
そう言いながら、赤い船が映っている映像へ眼を戻そうとして、ふと動きを止めて探知図を見直した。
やや離れた位置に、別の光点が明滅していた。
地上では無く、雲の高さに存在している。
「こっちも、大きいな・・」
赤い艦艇ほどでは無いが、相当な巨艦が近づいて来ている。赤艦は西方から、もう一隻は南方から向かってきていた。
「まあ、どっちにしても・・」
このカルファルドで最強クラスの沌主に匹敵する機人兵が5万体を超えて揃いつつあるのだ。空中戦艦が来ようが、天空人が飛んで来ようが恐れる必要は無い。すべて返り討ちにできる。
唯一の不安材料として考えられるのが、例の花妖精だが・・。
「どこに行ったのかな?」
姿を眩ませたきり、所在が掴めずにいた。
レンステッズから館が移動し、少女達も、巨漢の狂戦士も、全員が姿を消している。
あるとすれば、こちらの戦力が整う前、機人兵の増殖数が少ない間だろうと思っていたのに、5万体を超えた今となっても現れる気配が無い。
「・・何かあるのかな?」
不安めいた思いはあるが、もうこれ以上の戦力増強は望めない状態だ。
「ん・・?」
不意に警報音が鳴って、並んでいる映像の一つが赤く点滅し始めた。
カリーナ神殿の本殿を監視している探知機からの映像だ。
「魔導器? なんだろ、これ?」
真っ白な巻き貝のような形状の構造物が、神殿直上に浮かび上がっていた。
下にある本殿建屋と同じくらいの大きさがある物体が、白銀の光る粒子を振りまきながら上昇しているところだった。
「船・・じゃないよな?」
少なくともミシューラの者が造り出すような形状では無い。船だとすれば、不合理極まりない形状だ。まんま、海で見かけるような巻き貝である。
白銀の光粒子を振りまきながら上空へ昇って何をしようというのか?
「・・分からないな」
キルミスは嘆息混じりに首を傾げた。
*********************
・・・同時刻
ミシューラからの移民船が亜空の彼方で塵となっていた。
全滅である。
生存者は居ない。
護衛の艦艇は粉々に打ち砕かれ、兵士は喰い殺され、脱出艇は何処までも追い詰められて粉砕された。
わずか30分後には、カルファルドに到着できるという、まさに目前まで辿り着いておきながらの惨劇だった。
巨大な移民船873隻、護衛艦艇3500隻以上が、約5分間ほどの短時間で全滅して消えた。
何者に襲撃されたのか、どうやって襲撃されたのかすら認識できないままに、一方的に攻撃を加えられての消滅である。
言うまでも無い。
やったのは、シンである。
喰ったのは・・と言い直した方が相応しい光景だったが・・。
キルミスが空中要塞で準備を整えている間に、亜空間へ入り込んで行ってミシューラの移民船団を喰い散らかして来たのだ。
「どうでした?」
亜空から戻って来た俺を出迎えて、少女達が駆け寄ってきた。
「完遂した」
俺は左手をかざして見せながら言った。
「完食・・ですよね?」
エリカの問いかけに、
「まあな」
俺は首肯しつつ、控えているゾールに目顔で頷いて見せた。
即座に、凶相の男が低頭して姿を消す。
方々への連絡に向かったのだ。
天空人のラキン皇太后の元へ・・。
南境のリアンナ女史の元へ・・。
カリーナ神殿のアマンダ神官長の元へ・・。
北辺の沌主アウラゴーラの元へ・・。
西大陸のカサンリーン国王の元へ・・。
古代樹の森の賢者の元へ・・。
転移と瞬間移動を駆使して文字通りに跳び回っての伝令だった。
「ヤタランスだったか・・あいつは残念だった」
俺は、かつて少女達と過ごした南海の孤島を眺めながら呟いた。
乗騎の海竜は殺され、龍人ヤタランスは連れ去られた後だった。おそらくは、もう生きてはいまい。死体を持ち去ったということは、例の趣味の悪い合成体にでも使うつもりだろう。
「さて・・」
俺は、4人の少女達を見回した。
リコ、サナエ、ヨーコ、エリカ・・全員が静かに背を正して真っ直ぐな視線を向けてくる。
「キルミスを討つ」
「はいっ!」
4人が声を合わせて返事をした。
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