第202話 女帝参戦


「船じゃ無いっ!?」


 キルミスが声をあげた。


 南方から向かってくる巨大な質量体は、飛空艦だと思い込んでいたのだが、拡大投影されたのは、きりもみ状に回転しながら飛来する巨大な岩塊だった。


「なにそれ?」


 まったくをもって意味が分からない。


 すでに、距離は50キロを切っている。機人兵が群がるようにして向かっているが、巨岩の圧倒的な質量と速度を前に魔技や魔法は表面を削る程度の効果しかなく、しきられそうな状況だった。


「魔法じゃない・・?」


 分析機アナライザーが、飛来しているの岩塊からは魔素の検出が無く、浮動器のような装置も無いことを伝えていた。


 だが、どうやって? なにが、あれほどの巨岩を飛ばしている?


 キルミスが造った空中要塞の数十倍はあるだろう大きさなのだ。あんなものが、一体、どうやって空を飛んでくるというのか。それも、恐ろしいほどに高速で回転しながら・・である。


 このまま空中要塞に衝突させるわけにはいかない。


「なんか、むかつくな・・」


 キルミスが始めたゲームのはずなのに、いつの間にか相手側にペースを握られてしまっている。


「・・要塞を動かそうか」


 どうやら機人兵では、止められそうも無い。

 一直線に飛来して来るようなので、予想される到達場所から移動してしまえば良いと考えたのだ。


 空中要塞は、それほど精密な機動性が無い。

 要塞とは呼んでいるが、内実は空飛ぶ工房である。

 せいぜい、上昇や下降、水平方向への緩やかな移動といった程度だ。その操作も、キルミスの思念によって魔導器に移動方向を指示しているだけの単純な作りだった。


「魔法戦主体の機人兵ってのが誤算か・・まあ、どっちにしても、あんなに大きいのが飛んで来たら無理だよな」


 するすると徐々に加速しながら移動開始した要塞の中で、キルミスは飛来する巨岩の映像を横目に、接近してくる赤い飛空艦を見つめた。

 どうも、キルミスのる技術とは異なる雰囲気が感じられる。


「でも、大丈夫かな」


 機人兵の魔法攻撃が赤い飛空艦の外装甲を破壊できている。まだ、表面だけのようだが、外装甲を貫通するのは時間の問題だろう。見かけは派手で立派だが、問題無さそうだ。

 

 分析機アナライザーによると、何やら魔素の濃縮が開始されている。赤い飛空艦が、魔導を利用した砲撃か何かの準備をしているのだろう。


「効かないけどねぇ」


 キルミスが、にんまりと笑った。


 要塞そのものの耐魔法防御力が高いし、機人兵は魔素による攻撃を総て無効化する。遠距離からの魔法攻撃の類は完封できる。



 ・・やはり、問題は正体不明の巨岩か。



 探知図へと眼を戻して、


「・・・・は?」


 キルミスの眼と口が大きく開いた。


「なにそれ・・・?」


 巨岩の飛来コースが変わっていた。


 直撃コースである。


「・・いやいやいや・・は? えぇ?」


 まさかの、二個目が迫りつつあった。同じく南方からである。

 先に飛来している巨岩よりも倍近い速度で迫って来ている。


「これ・・・駄目だ」


 半ば呆然と呟いて、キルミスは覚醒したばかりの合成魔王に対して、すぐに出撃するよう念を送った。

 こんな要塞にこだわっていたら、巨岩を相手に機人兵をすり潰されてしまう。


「魔導器は・・あと3分!」


 画面に表示された情報を見るなり、にわかに表情を明るくした。

 植物を死滅させる粒子の散布が始まるのだ。


 ここまできたら要塞のようなハリボテは不要だ。かえって、敵側の標的になってしまう。

 機人兵を引き連れて、各地を転戦して回る方が良いだろう。


「オリジナード、行くよ」


 思念を飛ばしながら声にも出し、キルミスは手首に巻いた瞬間移動の魔導器を作動させた。


 一瞬で、要塞から遠く離れた成層圏すれすれにまで移動して出現した。


「・・・ぁ」


 キルミスが小さく声をあげた。


 そこに、白に紅色の模様が入った甲冑を着たダークエルフが佇立していた。兜を脱いで右手に持ち、左手には刃渡りの長い大鎌を握っている。


 機人兵が遙かな下方から上昇してきているが、まだまだ追いつくには時間がある。



「初めまして・・かな? 確か、南境の女帝さんだよね?」



「キルミス・・享楽が過ぎましたね」


 低い女の声が耳元でささやいたように聞こえてくる。



「・・どうしてかな? ボクは君に会おうと捜してたのに会えなかったんだよね? いったい、どこに居たんだい?」



「南に」


 ダークエルフの声が聞こえた時、下方で重々しい衝突音が鳴り響いた。


 立て続けに2回・・。


 空中要塞に、南方から飛来した巨岩がぶつかったのだろう。



「ここで、ボクとやるかい? 女帝さん・・強いのは知っているけど、ボクもなかなかだよ?」



「お前は、シンが殺します。わたしは、お前が持ち出した人形の処分に来ました」



「ふうん・・やっぱり、シン君の知り合いか。でも、どうやって? 機人兵には魔法は効かないよ? 噂じゃ、女帝さんは魔法使いなんでしょ?」



「魔防型か・・」


 軽く鼻を鳴らし、ダークエルフの切れの長い双眸が下方へと向けられる。

 キルミスがオリジナードと命名した機人兵の原体が近づいて来ていた。



「自壊を命じます」


 ダークエルフが呟いた。



「・・ぇ?」


 キルミスが聞き返した時、機人兵の原体が手足を突っ張らせて硬直し、内側からぜるようにして爆散し、飛び散った破片が溶解しながら煙を曳いて落下していった。



「へ?・・な、なに?・・何なの、今の?」



「20万ほどか」


 後続で上昇してくる機人兵達をざっと見回し、ダークエルフが兜をかぶった。原体が仕留められた以上、もう増殖することは無い。



「ちょ、ちょっと・・」



「聖女レイン・・ミズラーナの血を引く娘よ。血も薄まって弱くなっているけれど・・」


 唐突に話しかけられて、キルミスがきょとんと眼を見開いた。



「神殿上でレインが散布している粒子は、お前が仕掛けた魔導器の粒子を総て無効化します」


 あれは、ミズラーナの血を引く者にしか使えない道具だと言う。



「・・なんなんだ? あんたは・・いったい」


 植物を死滅させる粒子を無効化されたと言われても理解が追いつかない。



「お前は、あの子の大切な者達に手を出したそうね」



「・・あの子?」



「シンは怒っていたわ。楽には死ねないわよ?」


 南境の女帝が兜の下でわらったらしかった。



「自分の心配をしたらどうなんだい? 機人兵が集まってきているんだよ?」



ちりちりに・・」


 左手の大鎌を頭上で大きく旋回させると、拳ほどの光球が無数に浮かび上がった。



「魔法は効かないって言ったよね?」


 キルミスが眉を潜める。魔法は効かない。そのはずなのだが・・。


 それには応えず、南境の女帝が大鎌を右手に持ち替えて大きく旋回させた。

 今度は、真っ黒な球が周囲を埋め尽くさんばかりに大量に出現した。



「生き延びて御覧なさい」


 静かな宣言と共に、大鎌が上から下へと振り下ろされた。


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