第203話 鎧袖一触


 機人兵を追って黒い球が奔る。


 どこへ逃れようとしても追ってくる。機人兵が魔法で打ち払おうとするが、素通りして来る。魔防壁もすり抜ける。どういう物なのか、黒い球はフワフワと漂うようで、機人兵に負けない速度で執拗に追尾して行き、機人兵の体に貼り付いて染みとなる。


 20万という数の機人兵が、瞬く間に黒色に染め上げられていった。


「先生ぇ、あれ、何ですかぁ?」


 サナエの問いかけに、


「魔法が効かない相手を、魔法で殺すための強制付与だな。陰陽の舞燐・・・あの人形は魔防型だったらしい」


 俺と少女達は、およそ100キロの距離から戦況をうかがっていた。

 ちなみに、岩塊を放り投げて空中要塞を粉砕したのはヨーコとサナエである。


 カリーナのレイン司祭がアマンダ神官長が秘蔵していた神機という物を用いて、キルミスの仕掛けを無効化してくれている。その間に、ゾールとオリヌシがアマンダ達をバックアップに連れて、植物を死滅させるという魔導器の破壊に向かっている。


 合成体が護衛に付いているようだが、


(あの2人の事だ。問題無いだろう)


 設置された場所は、すでにリリアンが夢で見ている。


「しかし・・リリアンの夢の件、あるな・・これは」


 俺は戦場となった大空を見渡しながら言った。


「人間です?」


「天空人と・・人間・・魔人の混成軍だな」


 ラキン皇国が総力を傾けての出兵したタイミングで、他の天空人の国々が叛旗を翻した。人間の国々は元から、こちらを討伐しようと頑張っている。そして、南の魔族領からは女帝リアンナの留守を突いて越境、一気に北上して来ていた。


 どのみち、この戦場に到着することはできないが・・。


「人類滅亡ぉ?」


 サナエが唸った。


「いくつか国が残ってるじゃん。大丈夫でしょ」


 ヨーコが笑う。


「でも、先生・・これって行軍が揃いすぎてて・・それに早過ぎます」


 リコが訝しげに眉をひそめる。


「転移の類だろう。手引き者が居るな」


「キルミスでしょうか?」


「そうかもしれないし、別の誰かかもしれない」


 今は分からないし、これ以上の憶測に意味は無い。じきに、向こうから挨拶があるだろう。


 それよりも・・。



「たぁ~まやぁ~~」


 サナエが片手棍を振りかざして楽しそうに声をあげた。


 黒色に塗り替えられたキルミスの兵が白光の玉を受けて微粒子に分解されて消滅していく。その瞬間に、淡い光の明滅が起こるのだった。


「なんか、綺麗・・」


 ヨーコが感心したように呟く。


 20万もの光の明滅が、蒼穹を埋め尽くす眩い光となっていた。

 少女達が思わず感嘆の声をあげたのも無理は無い。


 光の中、


「・・久しぶりだな」


 俺は接近してくる孤影を見つめていた。


 合成体キメラ・・キルミスに弄くられた龍人だったもの・・かつて、ヤタランスと名乗った南海の守護者の成れの果てが見覚えのある槍を手に同じ高度へと舞い上がって来た。


「・・一騎討ちです?」


 エリカが訊いてくる。


「ただたおす。それだけだ」


 俺は小さく首を振って答えた。

 少女達が無言で首肯し、それぞれの武器を構えた。


 直後、前に出た俺の細剣が合成体キメラの頭部から胸部にかけてを連続して貫いていた。繰り出された槍は、騎士楯で防ぎ止めている。力の差があり過ぎて、勝負にならないのだ。

 ほぼ同時に、合成体キメラのあちこちから茨のような触手が伸びて来たが、すぐに萎れ粉状に崩れて散っていった。



「・・す・・まん」


 小さな呟きを遺して、合成体キメラも崩れ去っていく。

 それを黙って見届けてから、


「行くぞ」


 少女達に声を掛けて、成層圏付近に居るキルミスめがけて飛翔を開始した。


「先生」


「ん?」


「邪魔が入りそう」


 促されるまま、空の彼方へ眼を凝らすと、甲冑を着た天空人の集団が迫って来ている様子が見えた。


「・・2、3千か?」


「後続がいます」


 リコが告げた。


 留まって、先に天空人達を蹴散らそうかと考えた時、



「あれは、ラキンが引き受けよう」


 不意の声と共に、ラキン皇国の皇太后が近衛を引き連れて姿を現した。

 白々と輝く両翼を拡げて、全員が揃った白銀色の甲冑姿である。皇太后はいつもの余裕のある顔では無く、やや血の気の引いた強張った顔をしている。


 理由は、遙かな上空に浮かんでいる紅白の甲冑の主だろう。

 過去に何があったのか知らないが、あの南境の女帝を、ラキン皇太后が身震いするほど恐れているのが分かる。


「任せる」


 すれ違うようにして声をかけ、そのまま速度を増してキルミスを目指す。

 少女達4人が追って来た。

 

「リアンナさん、キルミスを生かしておいてくれたみたい」


 ヨーコが上方へ眼を凝らす。

 

 見慣れない鈍色の衣服を着たキルミスを正面に、白と赤の色彩が鮮やかな甲冑姿のリアンナが大鎌を手に立っていた。


 どちらも、シン達が上昇してくるのを知っている様子で、こちらへ意識を向けている。


「来ましたか。少しかかりましたね」


 開口一番、リアンナが声を掛けてきた。


「手間取りました」


 俺は素直に謝った。


「魔人は処理しておきましょう」


 リアンナが、まだ遠方ながら進軍してきている南領の魔人へ眼を向けながら言った。


「分かりました。レイン司祭様は大丈夫ですか?」


 ここをめがけて北上する魔人の大軍は、まず最初にカリーナ神殿を襲ったはずだが・・。


「アマンダが一緒です。問題ありません」


 リアンナが薄く笑ったようだった。


「そうですか・・」


 あの5歳児が戦っている絵が浮かばないのだが、リアンナ女史が言うのだから大丈夫なのだろう。


「終わったら、町に寄りなさい」


 そう言うなり、リアンナの姿が消えていった。

 

「今の・・転移です?」


 エリカが訊いてくる。


「さあな・・魔素の動きは感じられなかった」


 俺は首を傾げた。



「ねぇ、いい加減、ボクの相手をお願いしたいんだけど?」


 憮然とした顔で、キルミスが声を掛けてきた。

 リアンナが消えるまで、口を差し挟まずに、じっと我慢していたらしい。



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